分け合う温度(現パロ)
「ふー、ちょっと寒いねぇ」
「ンな薄着で来るからだろ」
「だって昼間は暖かいっていうか、暑かったんだもん」

上着をかき抱くようにすれば、隣にいる男性――不死川実弥は呆れた顔をする。
厳しい寒さを終え、季節は春になったものの夜はまだ寒い。時折吹く風が寒さを助長しているせいもあるのだろう。


桜が見頃だとテレビ中継されているのを見て、すぐさま実弥に「お花見に行きたい」と連絡すれば「いつにする」と返事がきた。そうして私達がやってきたのは、近場にある花見スポットとして有名な城趾公園だ。
本丸や二の丸を囲う大きなお堀に沿って植えられた桜の木が見事に咲いている。根本にはライトアップのための光源が等間隔に設置されており、暗闇から桜を白く照らしだし、光の加減によっては赤紫がかって見える部分もあるため幻想的な雰囲気を醸し出している。
そんな地上の様子をお堀に張られた水面が映し出し、時折花筏が漂っていく。

桜の木の反対側にはたこ焼きなどの飲食系から射的やくじ引きなど様々な屋台が軒を連ねており、歩行者を誘惑してくる。屋台の塊の合間には購入した食べ物が食べられるようにと、大きな白いテントの下にテーブルと椅子が並んでいるだけの簡素な休憩所が設けられており、賑わいを見せていた。

一通り桜を愛でて写真を撮った後、桜と屋台に挟まれた通路を、人混みに流されながら実弥と並び歩いて屋台を物色する。

「たこ焼きにするか焼きそばにするか。それが問題だ」
「名前は、花より団子だなァ」
「だって屋台ってなんかテンション上がらない?」

「弟たちと同じこと言ってンぞ。精神年齢どうなってんだ」と言われるが、お祭り然り、この非日常さがテンションを上げるのだから仕方ない。これは私だけではないはずだ。

「実弥は?何にするの」
「鶏唐とお好み焼きィ」
「それ、去年も食べてたよね」
「そうだったか?...よく覚えてんなァ」

忘れるわけがない。
忘れるどころか、きっと一生覚えている。
だって去年のこの時期、この場所で実弥と付き合いだしたのだから。


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飲み会で知り合い、そこから意気投合して連絡先を交換し2人だけで食事に出掛けた。2度目の食事の時に、桜が咲き始めたけどまだお花見に行けてなくてと話せば、一緒に行きましょうと誘われた。
日中に行くのかと思いきや、生憎と2人の仕事の都合で行くのは夜になってしまった。普段の私なら少し躊躇してしまうのだけど、実弥ならいいなと思ったのは、今にして思えばその時すでに好きになっていたのだろう。

2人で屋台を見てまわり、各々が購入したものを休憩所で食す。出会って3度目の逢瀬。付き合ってはいないけれど、互いの好意をさぐり合うどこかぎこちない雰囲気が漂っていた。
実弥の前には細長いコップに入れられた鶏唐と透明なパックに入ったお好み焼きが並ぶ。剥き出しになった鶏唐からは、食欲をそそる良い匂いが私を刺激してくる。

「いい匂いですね。私もそれ頼めば良かったかもです」なんて言えば「どうぞ」と鶏唐を差し出してくれた。催促してしまったように思われただろうか。そんなつもりはなかったのに。慌てて断れば「まだお好み焼きもあるので」と気を使ってくれる。
お言葉に甘えて、まだ暖かさの残る鶏唐を頬張れば、衣の塊がさくりと音を立てた。私好みの揚げ具合だ。じゅわりと口の中に肉汁が広がり自然と「美味しい」と笑みがここぼれてしまう。そんな私を見て実弥もふっと笑うものだから、食べ物と一緒に緊張感をも飲み込んでしまったかのような気持ちになる。
「私のたこ焼きも食べてください。この後クレープも食べるつもりなので遠慮は要りませんよ」と差し出したのだった。


屋台や桜並木の通りから少し外れれば、木々を伝う電線によって吊された提灯が周囲の桜をほんのりと鉛丹色に照らしてくれる。人は疎らなためゆっくりするにはもってこいの場所だ。そこで買ってきたクレープを食べ終えれば、
「俺達、付き合いませんか」
鼻と頬、そして耳がほんのり赤くなった実弥に言われた。照明のせいだけではないだろう。私もきっと赤くなっていたと思うから。そしてそれはその場を離れても続いていた。


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そんな過去の自分達の残像が至る所に浮かび上がるのを横目に、結局去年と同じものを私達は買い休憩所へと向かう。混んではいたが、運良く2人分の座席を確保することができた。
歩いている時はまだ我慢出来たが、座って動かないでいると余計に寒さを感じる。
そんな私に気が付いたのか、実弥はおもむろにアウターを脱ぎ、脱いだものを「ほら」と差し出してくれた。着ろということなのか。

「え、いいよ。そしたら今度は実弥が寒くなるじゃん」
「お前と違って鍛えてるからそこまで寒くねェよ。いいから着ろ。女が体を冷やすんじゃねェ」
「ありがとう...」

やっぱり実弥は優しい。それは付き合いだしてからますます感じることだ。服からふわりと漂う持ち主の匂いにこそばゆくなりながら、実弥の温もりが残る厚手のフライトジャケットに袖を通せば、それまでの寒さが嘘のようになくなり暖かさが私を包みこんでくれる。
だがそれ以上に実弥の優しさに心がじわじわと暖まっていくのだ。

「すごーく暖かい。ありがとう実弥」
「ん」


食べ終えたゴミを捨てて休憩所を出れば、身も心もすっかり暖かくなった。横目でちらりと実弥を見るが本当にそこまで寒くなさそうだ。やはり筋肉量の違いなのだろうか。
私の視線に気が付いた実弥は「どうした。まだ寒いんか」と心配そうに聞いてくれる。

「手が寒いなーなんて思いまして」
私の言葉にキョトンとした顔をしたかと思えば、すぐに口の端を上げてニヤリと笑う。
「仕方ねぇから手ェ繋いでやるよ」
お前が言うから仕方なく、みたいな態度でほらよと手を差し出してくるものだから、ちょっぴり意地を張りたくなってきた。

「別に、手を繋ぎたいなんて言ってませんけど?でも実弥がどーしても繋ぎたいって言うなら?繋いであげてもいいよ」
「あっそォ。じゃあいいわァ」
「嘘です!繋ぎたいです!お願いします!」

引っ込み掛けた手に、慌てて自分の手を伸ばせば「ったく、素直じゃねぇなァ」と笑いながら繋いでくれた。冷えた私の手に、大きくて厚い手から温もりが伝わってくる。

「この後はァ?クレープ食べるんだっけか?」
「勿論!」

実弥も覚えているんじゃないか。素直じゃないなぁ。頬が緩むのをそのままに、私達は歩き出した。
桜のトンネルを通れば、昨年と同じように風に揺らいだ桜の木々が、祝福するようにはらりはらりと私達に花びらを落としてくれた。




20210411


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