愛にはならない
※ファンブック2のネタバレを含みます。未読の方はご理解の上お読みください。






夜明けの森を数人連れ立って指定の場所へと走る。自分も含め、同行者の纏う雰囲気は少しぴりついている。ムリもない。今から向かう場所には、あの風柱様がいるのだから。


私は鬼殺隊に隠として在籍している。ここでは珍しくないことだが、鬼に家族を殺され路頭に迷いそうになった私を拾い上げてくれた。悲しいかな戦闘能力がなかった私は隊士にはなれなかったものの、隠としての道を歩むこととなった。

隠である私達の仕事は、隊士の方々が鬼を滅ぼした後の雑務を行うことだ。家屋に損害が出ればその後始末を執り行う。負傷した隊士や民間人の方がいれば応急処置を施して病院なり蝶屋敷へと案内している。
今向かっている現場は風柱様により制圧された場所である。風柱様の戦闘後の現場は、とても荒れているので後始末が大変な事で有名である。そして、何より鬼より怖いと恐れられる方だ。女子供には優しいと言われる方だが、粗相でもしようものならどんな雷が落ちるかわからない。


現場に到着すれば民間人の怪我人が何名かいたが、幸い皆軽症のように見受けられる。大惨事になる前に風柱様が鬼を斬ってくださったのだろう。
先輩の隠に応急処置の道具を持ってくるように言われ、持参した荷物から指定された道具を探していると「おい、お前」と声を掛けられビクリとした。
「お前でいいや。こっちに来い」
いつの間に側にいたのだろう。風柱である不死川様がこちらを見ていた。

荷物を取ってくるように言った先輩をそっと見れば、顔を真っ青にして激しく首を縦に振っていた。こっちのことはいいから逆らうな。ということだろう。
「はい」
立ち上がり不死川様の元へと向かえば「お前、字は書けるか?書けねぇなら書ける奴連れてこい」と告げられた。



「風柱様は字が書けない」

そういった噂を聞いたことがあった。幼少期に家族を殺された者も多く、学校に行かずにここに身を寄せている者もいる。そのため字が書けぬ者、読めぬ者、算学ができぬ者もいる。鬼殺隊の環境なら、それは特段珍しいことではなかった。

「はい。書けます」
「親方様に報告書を送るから代筆しろ」
「畏まりました。準備致します」

急いで紙と筆一式を持ちより、不死川様が口述される言葉を元に筆を滑らせていく。
一通り書き終われば、紙を手に持ち不備がないか読み直しているようだ。

「ん、これでいい。親方様に送ってくれ」
「畏まりました」
「お前、字がうまいんだな」

無骨な手からは想像も出来ぬほど優しく、丁寧に報告書を折り畳めばすっと手渡してくる。受け取るために顔を下げ報告書に目線を向けていたため、その言葉を言ったときの風柱様の顔はわからない。バッと顔をあげるが、既に背中を向けて後処理をしている他の隠に何か指示を出していた。

褒められた。
あの不死川様から。

怒られたという話は何度も聞いたことがあるが、褒められたという話は聞かない。言われた言葉を思い返せばほぅと胸が暖かくなる気がした。


翌日向かった現場も不死川様の後処理であった。また報告書を代筆させて貰えないだろうか。そんな淡い期待を胸に現場に着けば、日頃の行いが良かったのか幸運にもそれが叶った。確認のため書き上げた報告書を手渡せば、不死川様は書かれた文字を見て「お前は昨日の奴か」とわかったようだった。覚えていてくださったのか。


昨日今日の不死川様とのやりとりを見ていた先輩隠達から、今後は極力風柱様の後処理に行き報告書を代筆するようにと指示された。
皆、出来うることならば不死川様と関わりたくはないのだろう。そこで報告書を書き上げる時に私が担当になればいいのだと判断したようだった。
あんた生け贄になっちゃったね。と仲の良い隠の子から憐れまれたが、私は決して嫌ではない。むしろこの状況をありがたいとさえ思った。

最初こそ緊張したものの、不死川様と並んで報告書を書き上げる時間はむしろ好きだ。いつもは纏う雰囲気も荒々しいが、報告書を作成するため、じっくり文面を思案している様子は風が凪いだような静けさがある。
胸に宿った暖かさが恋心に変わるには、そう時間が掛からなかった。

「名字、こっちこい」

報告書を何度か書き上げれば、露わになっている目元や背格好で存在を認識された。その次には名前も覚えて頂けた。
一度、なぜ私を指名してくださるのでしょうかと恐る恐る尋ねたことがある。
親方様に下手くそな字をお見せするわけにはいかないだろ。至極当然というように説明された。手習いを頑張っていて良かったと過去の自分を誉めたい気持ちになった。


自分の気持ちを伝えようと思ったことはない。

隠のその他大勢から名字名前と認識して頂けただけでも満足である。



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非番のある日、隠の服とは違う普段着に身を包んだ私は買い物に出掛けていた。それらを済ませた帰り道のこと。普段の疲れを癒すためにも甘味を食したいと思い甘味処に赴いた。
餡蜜もいい、お団子もいいな。何にしようか。そう思いながら甘味処に着けば、店先に備えられた椅子に男性が一人腰掛けていた。

よく見やれば不死川様であった。休みということでボケていたのだろうか接近するまで気が付かなかった。非番なのだろうか、いつもの隊服とは違い着流し姿だったのもわからなかった原因の一つであろう。そして何よりも、まさかあの不死川様が甘味処にいるとはという思いもあった。

「何ジロジロ見てやがる」

不躾な私の視線に気が付き、不快感をあらわにしてこちらを見やる。

「も、申し訳ありません」
「...お前、名字か?」

慌てて謝罪すれば、返された言葉に再び驚かされた。何時もは目元だけしか露わにしていないので、素顔を晒した今の私は解るまいと思っていた。
声を聞いたせいもあるだろうが、やはり柱ともなれば観察眼は凄いのだなと感じ入る。

「左様でございます。失礼を致しました」
「別にいい。...お前、甘味が好きなんか」
「はい。甘味を食べると疲れが吹き飛ぶような心持ちになりますので」

すると、お持ち帰りのお客様お待たせしましたぁと娘さんが2つの折りを持って店の奥から現れた。白い化粧箱に入ったそれは、そのまま立ち上がった不死川様の手に渡る。
多いな。あの量を一人で食べるのだろうか。いや、この量だ。柱の皆様と食べるのだろう。
そう思っていれば、そのうちの一つを手に取り、ずいと私に差し出すではないか。

「やる」

驚いていたら、もう一度「ん」という声と共にずずいと差し出された。

「いつも報告書で世話になってるからな。その礼だァ」

その言葉におずおずと受け取れば、ずしりと重く、鼻腔を蕩かすような餡の香りが漂う。中身はおはぎだろうか。私が受け取るや否や、不死川様は踵を返してさっさと行ってしまう。


突然のことに呆気に取られていたが、すぐお礼を言っていないと気が付いた。これではとんだ無作法者ではないか。

「あの...不死川様!ありがとうございます!」

遠ざかる背中に慌てて大声を掛ければ、驚いたように振り返り「おう」と返してくれた。その顔は少し微笑んでいるように見えた。

「こんなに1人で食べきれるかな...」

湿りを帯びた呟きは、誰に聞かれることもなく空に消えた。

この想いを伝えようとは思わない。

それでも、恋い慕う未来も過去も、全て報われたような思いになった。



20210405
20210407加筆修正


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