運命が私に降る 後(現パロ)
土曜日の午前中。
先週に続いて私は、今日も甥っ子と近所の公園に来ている。先週と違うのは緊張のため私に落ち着きがないことだ。

服装はどうしようかと直前まで悩みに悩んだ。気になる人に会うかもしれないのだがら、少しでも可愛くお洒落をしたい。でも子供と遊ぶのにそんな気合いを入れてるなんて、とドン引きされるような格好も避けたい。うんうん唸り、公園コーデで画像を検索したり姉の意見も聞き、結局は下はデニム、上はカットソーにグレーのパーカーでスニーカーになった。正直先週とほぼ変わらない。
せめてものお洒落をと思い髪の毛は編み込みをして纏めてみた。変ではないはずだ。
「よし、行くぞ!」
自分に活を入れ、足取りも軽く家を出た。


姉の家を訪れれば姉の夫に感謝され、お弁当作っといたからね。とニヤニヤしながら荷物を渡された。今日もお姉ちゃんと遊べるー!と喜ぶ甥っ子の手を握り姉夫婦に見送られて家を出た。
まだ9時前のせいか、公園に着くと人は片手で数えられる程しかいない。
砂場などの遊具に人影はなく、不死川家は来ていないとわかる。

先週はこの時間にはいたから、今日は来ないのかな。落胆した気持ちを隠しつつ、甥っ子と砂場で遊び始める。
砂型を使いカニを量産したりアイスクリームを作ったりと、昔を思い出してつい私も熱中してしまった。

気がつけば家族連れがちらほら来ており、時間は10時前を指していた。
「お茶飲もっか」
水分補給をし終えた後、鞄の中へと水筒を戻していれば自分と鞄に影が差した。
空を見上げると不死川さんがこちらを見て立っており、隣には就也君もいた。

「こんにちは。また会いましたね」
「こんにちはー!」
「あ、しゅーやくん!こんにちはー!」

甥っ子は就也君の手を取って砂場まで戻ると、今まで作った砂のアイスクリームなどを見せていた。

「こ、こんにちは!」
「今日もお姉さんはお仕事なんですか?」

慌てて立ち上がり挨拶をすれば、返された質問にギクリとした。
「今日は違うんです。たまには夫婦2人でご飯に行きたいと言っていたので預かりました」
アナタに会いたくて姉と結託しました、なんて下心が言葉の端から漏れないかドキドキしながら答えた。

「そうなんですか。優しいですね」
「いえ!彼氏もいませんし予定がガラ空きなのでこれくらいは。不死川さんは今日も弟さんと一緒なんですね」

違うんです。本当は優しくないんです。邪な気持ちで引き受けたのに優しいなんて言われ、罪悪感がじんわりと心に滲む。誤魔化すように口から出るままに言葉を発したが、彼氏いないとか余計な事を言わない方が良かったかなと反省した。

「まぁ、そうですね。最近母の仕事が忙しいようなので休日くらいは休ませてやりたいなと思いまして」
「不死川さんこそ優しいじゃないですか!」

そう言えば、少し照れくさそうにして「子供達の所に行きましょう」と歩いていったので慌てて追いかけた。不死川さんの手には大きめのバッグが握られており、もしかしてと声を掛ければやはりお弁当を持参してきたそうだ。
今日も長く一緒にいられる事実に、身も心も軽くなったような気がした。


「待って...おねえちゃん、もう...ちょっと、ハァ...ムリ...」
息も絶え絶えにギブアップ宣言をする。
いつの間にか鬼ごっこへと遊びが変わり、4人で走り回っていたのだが、デスクワークが主な私は早々に力尽きた。
「大丈夫ですか?子供達は俺が見ておくので、木陰で少し休んでいてください」
心配そうに声を掛けてくれる不死川さんにお礼を言い、ありがたく休ませてもらうことにした。

鬼役の就也君が追いかければ不死川さんは身のこなしも軽く逃げ、そうかと思えば程よいタイミングで触られて鬼に交代する。
そして子供達を追いかけ回す姿に余裕が感じられる。平日は仕事で疲れているだろうに、週末は子供の面倒を見る。理想的な父親像ではないだろうか。もし不死川さんと結婚できたら毎週末はこの様に過ごすのだろうか。いいなぁとその光景をずっと見つめながらぼんやりと考え込んでいた。

「おなかすいたー!」
鬼ごっこに飽きて空腹を感じはじめたのだろう。ごはん!と言いながら子供達が此方に駆けてくる。

「1人だけ休んじゃっててすみませんでした」
「いえ、いいんですよ。俺もいい運動になりました」

不死川さんは走り回ったため暑くなった身体を冷ますように、シャツを掴んでパタパタと風を送っていた。イケメンは何をしても様になる。目の保養になるなと不埒な思いをかき消してご飯の準備をした。


今日の姉作のお弁当は時間に余裕があったためか、凝ったキャラ弁だった。白米にはカットした海苔やハム、チーズで可愛いキャラクターが描かれていた。
タコさんウィンナーやうずらの卵にまでゴマで目をつける細かさだ。甥っ子と共に「ママすごいねー」と喜び合った。
一方、不死川家のお弁当も唐揚げ、ほうれん草入りの玉子焼、ミニハンバーグ、ブロッコリーにミニトマト、そぼろ入りのおにぎりなど、彩りもよく手が込んでいるのが一目でわかる。パッと見て市販品だとわかるのはキャラクターを象ったポテトくらいだ。料理が得意なお母様なのだろうか。

「美味しそうですね!不死川さんのお弁当はお母様が作ったんですか?
「いえ、俺が作りました」
「え!」
「にいちゃん、りょうりじょうずなんだよ」
「昨日の夕飯や、家に残ってるやつらのお昼用に多めに作ったやつを入れているだけなので。そんなに大したことではないですよ」

これを全て不死川さんが手作りしたのか。私よりも料理スキルが上じゃなかろうかと驚いた。驚愕のあまり次の言葉をつげずにいれば、照れくさそうに言い訳めいた説明をした。それにしたってすごい。

「にいちゃんのごはんはね、ピーマンないからすき」
ぼくピーマンきらい〜と不満そうにいう就也君を見て不死川さんは「そォかい」と言ってニヤリと含み笑いをする。
不思議そうに見る私に気がついたのか、不死川さんはちょいちょいと手招きをして顔をこちらに近付けてきた。
「ハンバーグの中にみじん切りしたピーマンが入ってるんですよ」
とコソリと耳打ちしくる。 
近い!こんなにも接近したのは初めてなので心臓がバクバクと動く。不死川さんにも聞こえているんじゃないかと思えるほどだ。近距離から囁かれる良い声に頭がクラクラとする。それは策士ですね。と努めて平静さを装いながら答えるのが精一杯だった。

お互いのお弁当の中身を交換しつつ楽しいご飯タイムは終わった。お腹も満たされた子供達は、再度滑り台で遊ぶため階段を目指して走っていった。
近くで遊ぶ様を見守りながら不死川さんと会話を交わす。その中で不死川さんが数学教師ということ、普段は学校の近くにアパートを借りて住んでいるが、多忙な母に代わり家事や弟妹達の面倒を見るため実家について顔を出すことがよくあると知った。また、不死川さんの実家と私の住んでいるアパートがそう遠くないこともわかった。

先週とは違い、お互いの事を僅かに踏み込んだ内容が出来た事に内心喜ぶ。あとは彼女がいるかどうかだ。いかに自然に聞けるかが重要である。どう切り出そうかと思案していれば、甥っ子が目を擦りながらこちらにやってきた。
「おねぇちゃん...ねむい」
時間を見れば1時を回ったところだ。
「え、ごめんね、気づかなかったよ。お家に帰ってねんねしよっか」
慌てて荷物を纏めて担ぐと甥っ子が抱っこと両手を差し出してきた。言われるがままに抱っこをするが、重い...
甥っ子の体重に加え、持参してきた荷物の重さの分もある。ここから家までは歩いて10分。頑張れば行けなくはないかもしれない、と自身を励ましながら不死川家に別れの挨拶をした。

「大丈夫ですか?」
「な、なんとか」

不死川さんに心配を掛けぬよう笑ったつもりだったが、笑顔がひきつっているのがわかる。
「...もし、名字さんがご迷惑でなければ俺がおんぶして行きますよ」
自宅の場所が知られるとかがイヤであればムリにとは言いませんが。とこちらが断りやすいように一言添えてくれる。

どうしよう。正直かなりありがたい申し出だ。だが確かに自宅を知られるのは、姉が嫌がるかもしれないと考えた。

「すみません、正直に言いますとかなりありがたい申し出です。でも念のため姉に聞いてみてからでも良いでしょうか?」
「いいですよ。就也も少し眠そうだから俺達も帰るつもりなので、そこら辺は気にしないでください」

姉に連絡を入れると「もう少しで家に着く」「お言葉に甘えさせてもらおう」と許可が下りた。その旨を伝えると不死川さんは屈んで背中を差し出し、甥っ子に来るよう促した。寝ぼけ眼で言われるがままにおんぶをされ、あっという間に目を閉じて夢の世界に入ってしまった。
「就也君はお姉ちゃんと手を繋ごっか」
就也君に手を差し出せば、はにかみながら握り返してくれた。



姉の住まうマンション前に着けば、ちょうど外出先から帰宅した姉夫婦とかち合った。
不死川さんの顔を見て一瞬驚いていたが、すぐに甥っ子を受け取りお礼を伝えた。不死川さんはというと、そういった反応に慣れているのか気にとめる様子もなかった。
「うちの子と仲良くしてくれてありがとうございます。越してきたばかりでまだお友達もいないので、宜しければこれからも仲良くしてください」
姉が菓子折りの入った袋を差し出せば、不死川さんは恐縮したように断る。今回のお礼もありますので。と再度差し出せばこれ以上断るのは失礼にあたると判断したのかありがたく頂戴します。と受け取った。

眠そうな就也君をおんぶして小さくなっていく背中を見送ると、姉に寄っていくように誘われた。
「良さそうな人じゃない!」
自宅に招き入れられれば、お義兄さんと甥っ子は寝室へと行き、私は喜々とした姉に進展はあったか何を話したのか根ほり葉ほり聞かれた。

「でもさ、結局連絡先ところか彼女がいるかどうかも聞けなかったよ」
「来週もうちの子連れて行く?って言ってあげたいけど、来週は家族で出掛けるのよね」
「あー、終わった...」

ママ友というにはどこか違うこの関係は希薄である。ただの顔見知りというのが適切だろう。再来週私がまた公園に行ったとしても、不死川さんが来るかはわからない。就也君はいてもお母さんが連れてきているのかもしれない。

私の淡い思いはここで終わりを告げるのだ。苦い気持ちを消し去るようにお茶を飲み干した。



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最悪だ。

帰宅途中の電車に揺られている時にポツポツと降り出した雨は、改札を出た時には豪雨に変わっていた。天気予報では晴れだと言っていたのに。同じように傘を持っていない人々が駅の軒下で雨宿りをしている。この調子だとタクシーの列も長蛇なはず。
今日は金曜日で時刻も20時を過ぎており、私の疲れもピークにきている。今からタクシー待ちの行列に並ぶのも、いつ止むかわからぬ雨が上がるのをここまで待つのも面倒だ。ここから自宅のアパートまでは歩けば15分。運動不足な体でも走れば10分とかからずに着くだろう。隣にいた男性も同じように考えたのか、鞄を脇に抱えて暗闇の雨の中へと消えていった。

よし、と意気込み私も降りしきる雨の中へと駆け出した。
駆け出した筈だったのだが、左肩にかけられ何かによって遮られてしまう。
不思議に思い恐る恐る振り返れば、2週間近く姿を見ていなかった人が私の肩を掴んでいた。いつもの服装と違いスーツ姿で折り畳み傘を持つ不死川さんである。

「不死川さん!」
「まさかこの雨の中、濡れて帰るつもりですか?」
「駅からわりと近いので、イケるかな〜と思いまして」

あはは、と誤魔化すように笑えば、不死川さんが言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「...もし、イヤでなければ、一緒に、俺の傘に入っていきませんか。名字さんの家まで送ります」
自宅の場所が知られたくないなら、ムリにとは言いませんが。と遠慮がちな不死川さんからまたも逃げ道を作った提案をされた。
不死川さんに自宅を知られることは構わない。だが、いわゆる相合い傘になることに緊張のため迷ったものの、久しぶりに会えて嬉しい気持ちが勝りありがたくその提案に乗らせてもらうことにした。

男性用だからだろうか。少し大きめな折り畳み傘の中に入れば私の肩と不死川さんの腕が付きそうな距離に緊張し、早まったかもという気持ちが湧いてきた。

「先週はいらっしゃらなかったですね」
「え?」
「公園です」
「あ、ああ。先週は家族で出掛ける予定があったみたいです。明日は元々週末が雨予報だったので、室内遊技場に行くと言ってました」
「そうですか」

不死川さんは先週も就也君と行ったのか。理由をこじつけて、私だけでも行けば良かったな。甥っ子と私がいない公園を見て、就也君はきっと残念がっただろう。
不死川さんは?不死川さんも残念がってくれたのだろうか。聞きたい気持ちをこらえ、歩みを進める。

その後も他愛のない会話をし、気付けばアパートの前まで着き、玄関先まで送ってくれた。
「本当にありがとうございました!いつも助けて頂いて、感謝してます。本当に」
ようやく不死川さんの顔を見てお礼を伝える。ふと気付けば不死川さんの体の半分が濡れていた。
何故気付かなかったのだろう。男性用とはいえ、1人用の傘に2人が入ったのに、私が全く濡れないなんて事はあり得ないのに。
「あの、ちょっと待っててください!すぐ戻りますから!」
返事も聞かず、慌てて鍵を回し部屋の中に入り、タオルを掴み取って戻れば不死川さんは待ってくれていた。
「すみません、私のせいで不死川さんが濡れてしまいましたね。タオル使ってください」
差し出したタオルを、少し逡巡してから手に取ってくれた。

「あの」
「はい?」
「連絡先、聞いても良いですか?」

珍しく逃げ道を作らせぬような言い方にドキリとする。浮き立つ気持ちに期待してはいけないという冷静な気持ちが蓋をする。

「あ、ああ!公園遊びの予定合った方がいいですよね」
「あー...、いえ。それもあるといえばあるのですが...貴女と出掛けたいなと思いまして。その、2人で」

突然のことで驚き固まる私をチラリと見た不死川さんは、再びゆっくりと口を開いた。

「実は...前に何度か、あの公園であなたを見掛けた事があったんです。その時は甥っ子さんをお子さんだと思っていて...」

そこまで言うと目線を私の足元へと下げ、気恥ずかしそうに頬を染めるその姿に、私の全身に熱が駆け巡った。これは、期待しても良いのだろうか。不死川さんも同じ気持ちだということを。
返事をしない私に、眉を少し下げた不死川さんがゆっくりと私の顔を見た。この人でもこんな自信なさげな顔をするのか。そしてそんな顔をさせているのが自分だということに優越感のようなものを感じはじめている。
「私もっ」
存外大きくなってしまった声に自分でも驚き言葉を一旦止める。
「私も、不死川さんのことが知りたいと思っていました。連絡先だけじゃなくて...」

いつもは言葉の端から気持ちが漏れ出ぬようにと願っていたが、今は相手に伝わりますようにと願いながら口にした。



20210404


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