初めまして(現パロ)
※Twitter上の企画、kmtワンドロワンライ様にて提出した作品です。



朝練を終えて教室に入れば、いつもより賑やかな室内に気付く。クラスメイトの会話の端々を拾い集めて統合した結果、どうやらこのクラスに転校生が来るらしい。
今朝、日直が職員室に寄った際に見掛けたようだ。この学校指定ではない制服を身に纏い、担任と話していたから間違いないと、鼻息を荒くした様子で話す。
最近は主だった行事もなく、平々凡々な日々。そこに転校生のニュースともなれば、俄に活気づくのも頷ける。さらに件の転校生が女子ともなれば、尚の事だろう。
一部の男子生徒などは「可愛い子だといいなぁ」と鼻の下を伸ばし、好きなアイドル似だったら嬉しいと臆面もなく口にする。その様子を冷ややかな目で見ている女子がいるとも気付かずに。

HRになり担任が教室に入れば、一足遅れて転校生が姿を現した。視界に広がるブレザーの制服とは異なり、セーラー服を身に着けた女子。歩くたびにふわりと揺れるスカート。その歩調からは緊張の色が浮かんでいるのが見て取れる。どこからか「当たりだ」と容姿を評価する囁き声が聞こえた。
俺はというと、転校生である彼女を見た瞬間、息の仕方を忘れたかのように呼吸が乱れた。
そこにいた彼女は、自分が恋い焦がれ、探し求めていた女性だったのだから。


前世の記憶。
そんなのは眉唾物だと思っていた。信じる奴だけ信じればいい。俺は信じないけれど。
そんなスタンスが崩れたのは、中学に上がる前の事。お袋が弟の弘を身籠った時の事だ。珍しく悪阻が酷かったようで、俺の目の前でお袋が倒れた。
地面に蹲る姿が、何故か血塗れの着物を着たお袋の姿と重なり、酷く動揺した。
「鬼が」「なんで、どうして」と言葉を発し、涙を流して錯乱した後に昏倒。激しい頭痛を伴いながら、次に目を覚ました時には、前世の記憶を取り戻していた。かつて鬼殺隊の柱の一人として、憎き鬼を屠り続けた夜を。この手から零れ落ちていった幸せな日々と命を。
お袋はというと、異変に気付いた親父がすぐに駆けつけたため無事だった。私が倒れたせいで驚かせちゃったねと、すまなそうな顔をするお袋を見て、また自然と涙が流れた。
それ以来今世の幸せを噛み締めていた俺だが、同時に気付いてしまった。
前世にて最期の最期まで行く末を案じ続けた妻子の存在を。彼女も俺と同じ様に今の世を生きているのだろうか。生きているなら前世の記憶があるのだろうか。幸せに生きているのだろうか。
ずっと気にかけていた事の答えが、今、目の前に。
「俺を覚えているか」と、今すぐにでも問い質したい。衝動を諌めるため、拳を握り締めて深呼吸をする。落ち着け、落ち着けと己を制していたが、担任の言葉により再度呼吸が乱れた。
彼女の席は俺の隣だと発したからだ。
確かに隣の席は空いている。元の持ち主は一月程前に退学した。普通ならば撤去されるであろう席は、選択制の科目でこの教室を使う際の兼ね合い等もあり、そのままになっていた。
言われるがままにこちらに向かう彼女。小さな音を立てて椅子を引き、そっと隣に座る一連の流れを凝視していると、流石に視線に気付いたのだろう。彼女がこちらを向く。

「あの……初めまして。よろしくお願いしますね」

不安の色を浮かべながらも笑う彼女。その彼女が発した言葉に、胸が抉られた。
「初めまして」と彼女は言った。その言葉が意味する事を悟り、落胆した。覚えていないのか。
あれほど「来世があるならば、またお嫁にしてくださいね」と言っていたというのに。その唇で残酷な言葉を紡ぐなんて。
いや、忘れているならば仕方ない。俺だってお袋の一件がなければ思い出さなかったままだろう。
彼女が前世を忘れているのならば、俺がやることは一つ。また俺に惚れさせる。それだけだ。
例え彼女が今世を生きていたとしても、会わないままだったら他の男と幸せになるのもやむ無しと思えただろう。しかし、再び交わったのならば、今世でこそ俺の側で幸せにしたいという気持ちが芽生えるのは当然ではないか。
どうかまた、俺を好きになってくれ。ひっそりと胸に宿った願いを、彼女が知ることはまだない。



20210630


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