願うことなど、何もなかった(現パロ)
「あともう少しでうちらの番だよ」
「もうすぐね!ドキドキしちゃうわぁ」

蜜璃ちゃんと顔を見合わせてくすくすと笑う。
私達が今並んでいるのは、縁結びで有名な恋占いの石と呼ばれる場所。お互いに片想い中の相手がいるので、修学旅行でこの辺りに行くと決まった時から、二人で行こうねと密かに計画を立てていたのだ。
修学旅行のハイシーズンのせいか、恋占いの石には思っていたよりも人が並んでいるのには驚いた。自由行動という限られた時間の中で間に合うかヒヤヒヤしたが、このペースなら集合時間になんとか間に合うかもしれない。
この恋占いの石は、二つの石の間を目を閉じた状態で、片方からもう片方の石へと歩く。一人で歩くも良し、誰かの声掛けで誘導してもらうのも良し。とにかく、辿り着けば恋の願いが叶うとされている。私達はお互いの恋の成就のため、誘導し合う事で話がついている。
ようやく巡ってきた蜜璃ちゃんの番。私は必死に声を掛け続け、その甲斐あってか蜜璃ちゃんは見事成功した。

「次は名前ちゃんの番ね。頑張って!」
「うん、蜜璃ちゃんお願いね」
「任せて!」

よしやるぞ!と意気込んだ直後、背後から「オイ」と声を掛けられた。
「不死川……」
そこにいたのは、まさに私が想いを寄せている相手だった。不死川の後には粂野君もおり、私達四人はこの修学旅行において同じ班なのだ。

「そろそろ行かねぇと集合時間に間に合わねぇんじゃねぇの」
「え、もうそんな時間?」

慌ててスマホで時間を確認する。集合時間までは残り10分。ここから指定された土産物屋までは7、8分は掛かる。人混み等も勘案すれば、確かにそろそろ向かわなければ危ない時間だ。でも、それでも。

「すぐに終わるからさ、これだけやってもいい?」
「はァ?んな時間あると思ってんのかよ」

何言ってんだと、不死川の眉間に皺が寄る。

「班の誰か一人でも遅刻したら、連帯責任で反省文書かされるっての、忘れたわけじゃねぇだろうなァ」
「忘れたわけじゃないけどさ……」
「まぁまぁ。すぐに終わるみたいだし、やらせてあげればいいじゃん。で、終わったら皆で走れば余裕でしょ」

屈託ない笑顔で粂野君が執り成してくれようとするが、不死川の眉間の皺は変わらない。強行出来なくもないが、悩んだ末に諦めることにした。確かに私一人のせいで遅刻して、班の皆に迷惑掛けたら申し訳ない。それに、意中の相手を前にして、縁結びの行為をするのがなんだか恥ずかしかった。やるなら好きな人に見られたくない。

「名前ちゃん、私がもっと早くに辿り着いてればよかったわね。ごめんなさい……」
「蜜璃ちゃんは悪くないよ!とっても混んでたし、こればっかりは仕方ないよ」

申し訳なさそうな顔で謝られたが、蜜璃ちゃんは悪くない。本当に仕方がないことなのだ。己にもそう言い聞かせるように答えるが、後ろ髪を引かれながらその場を後にした。

泣く泣く恋占いの石を諦めた判断は正解だったようで、ギリギリ時間内に着くことが出来た。お陰で反省文は免れたので、それだけが救いだ。
集合場所である大きいお土産物屋さんの2階では、湯呑の絵付け体験が出来るようになっている。素焼きされた湯呑に、筆に青い絵の具をつけて好きな絵柄を描き込み、後日完成した湯呑を学校に送ってくれる手筈になっているらしい。
集合し、点呼を終えた班から机に座り、材料が配られていく。蜜璃ちゃんとあーでもない、こーでもないと四苦八苦しながら柄を描き込んでいくのは新鮮で楽しかった。
この体験を終えたらバスでホテルまで移動するのだが、絵付け体験の時間内であれば、早く終わった者は一階のお土産屋に限り見て回ってもいいと言われている。何か面白い物があるかなと、私と蜜璃ちゃんは一階へと移動した。

「見て見て!これ可愛いわよ!」
扇子の形や八ツ橋の形をしたキーホルダーなど、地元ではあまり見掛けない品物に心が踊る。途中、蜜璃ちゃんは食べ物の方も見てくるわと行ってしまったので、私は一人で他の品物を物色を続ける。
「わ、これ可愛い……」
金平糖のような小さくて可愛らしい形が幾つも集まったストラップが目に止まった。硝子で出来ているのだろうか。素材はわからないが彩りも見た目も可愛くて、手に取ってまじまじと眺める。
「それ、買うのか?」
いつの間に来たのだろう。不死川が隣に立っていた。
「うーん、迷い中。これ、結構いいお値段するしさ。他に欲しい物出てくるかもしれないし」
残念ながら欲しい物を次々と買えるほどのお小遣いは持たされていないため、現実的な問題が立ちはだかる。やっぱりムリかなと、陳列棚に戻したそれを、今度は不死川が手に取る。

「なら、買ってやるよ」
「え、なんで!?」

買ってもらう理由が思い浮かばず驚くと、不死川は決まりが悪そうな顔をする。
「さっき……俺が急かしたから出来なかったろ。詫びみたいなもんだ」
さっき、の言葉に恋占いの石での出来事を思い出す。気にしてたのか。別にいいのにと言うが、不死川はさっさと会計を済ませ、可愛らしい土産袋ごと私に押し付けた。

「やる。もう買ったし」
「……ありがとう。大事にするね」
「ん」

受け取った品物を、大事に抱えてお礼を伝える。こんな形とはいえ、好きな人から物を貰えて嬉しくないわけがない。
急に漂った気恥ずかしい空気を払拭するように、私は目についた物を見つけて不死川に提案する。

「じゃあさ、お礼に私は不死川にこれ買ってあげるよ!じゃーん!刀のキーホルダー」
「……マッジでいらねェ……」
「えー!不死川こういうの似合いそうだよ。遠慮しなくていいのに」
「本気でいらねェ!」

キレ気味になった不死川があまりにもおかしくて、私はけらけらと笑ってしまったのだった。



修学旅行の夜にやることなんて、大体決まっている。
消灯時間ギリギリまで仲の良い子がいる部屋に集まり、お菓子を食べながらワイワイとガールズトーク。

「なっちゃんてば錆兎君の事好きだったの!?」
「しー、しー!声が大きいよ!内緒だよ。絶対に内緒だからね?」

私や蜜璃ちゃんを入れて六人も女子が集まれば、自然と会話の内容は恋バナになるわけで。何組の誰それ君が格好良いだとか、あの子とあの男子は最近怪しいだとか、実は私あの人が好きなんだとか。それぞれ好き勝手にキャーキャー騒いでは盛り上がる。これがまた凄く楽しい。そこへ、後から合流することになっていた友人が興奮気味に部屋に入ってきた。

「ヤバいヤバい!見ちゃったよ!」
「何を?」
「告白現場!」

一般的に修学旅行はカップル発生率が高くなると言われている。現に修学旅行前だって急に何組かのカップルが誕生した。
このテンション上がる旅行中に告白が起きたって、なんら不思議ではない。誰と誰なのかの問いを、ワクワクしながら聞いていれば、出てきた名前に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
告白を受けていたのはなんと不死川だという。しかも相手は可愛いと評判の女の子だ。

「それで、不死川君はオッケーしたの?」
「それがさー、隠れて見ていたんだけど偶然不死川君と目が合っちゃって。気まずくてすぐに逃げてきたから、わかんないんだよねぇ」
「なんだぁ」
「まー、でもあの子なら大体の男子がオッケーするでしょ」

金槌で頭を叩かれているかのようにガンガンする。既に他の話題へと切り替わってしまった会話が、左から右へとすり抜けていく。
私の想い人が誰かを知っている蜜璃ちゃんは、落ち込む私にそっと励ましの声を掛けてくれた。
不死川はその子と付き合うのだろうか。
でもそうか。不死川とわりと仲の良い女友達というポジションにしがみつき、行動に移さず神頼みしようとしていた私と、勇気を出して行動に移す子とでは成功率が違う。
皆とワイワイ騒ぐ気持ちになれず、飲み物を買いに行くという口実で部屋を出てきてしまった。
ちゃっかりした友人からは「私の分もよろ!」とお使いまで頼まれる始末。心配した蜜璃ちゃんが一緒に行くと言ってくれたが、今は一人になりたいから断った。

気を抜いたらすっぽ抜けそうな館内スリッパで、赤い絨毯の上をぱすぱすと音を鳴らして歩く。自販機は確かロビー付近にあったはずだ。もう少し一人になる時間が欲しかったが、予想より早く着いてしまった自販機で、目的の飲み物を購入すべく小銭を投入していく。
「あれ……売り切れじゃん」
友人から頼まれた飲み物はあったが、私が飲みたい物は売り切れていた。もう口の中がそれを求めている状態なのに、この仕打ちはひどい。
「買わねぇの?」
内心溜息をついていると、背後からかかった声に肩がビクリと揺れた。
「不死川……」
いつもなら会えて嬉しいと思うのに、今は会いたくない相手だ。私の困惑を他所に、不死川が隣に並んでゲッと声を上げる。

「んだよ、これ飲みたかったのに売り切れてるじゃねぇか」
「あ、うん。そうなんだよね、私もそれ飲みたかったんだけどさ」

どうやら不死川と目当ての物が一緒だったらしい。仕方がない。別のにしようと、再度自販機に向き合って選んでいると、不死川がホテルの人を捕まえて何か話し始めた。
「おい、少し歩くけど大浴場付近にも自販機コーナーがあるみてぇだ。そっちの方が自販機の数も多いからあるんじゃないかって言われた。行こうぜ」
そう言って不死川は、あのスリッパでもスタスタと先を歩いてしまう。
行こうぜって言われても……。突然の誘いに戸惑い、その場から動けずにいる私に気付いたのか、不死川はこちらを振り向いて再度「行くぞ」と声を掛けてくる。有無を言わさぬ雰囲気に、わかったと返事をして追いかける。
隣を並んで歩いてもいいのだろうか。あの子と付き合い始めたのなら、それは少し気が引ける。
でも……今だけ。今だけなら不死川の隣を歩いてもいいだろうか。明日からは諦めるようにするから。そっと不死川の隣に行けば、先程より僅かに歩調が緩まった気がした。

先程は気付かなかったが、ロビー付近のソファやベンチでは、うちの学校のカップル達が寄り添うように座っている。昼間の写真を見せあっているのだろう。頬がくっつくんじゃないかって位の距離で、一台のスマホを笑い合いながら見ている。
「いいなぁ……」
小声のつもりだったが、不死川の耳に入ったようで「は?」と視線を向けてくる。私の視線を辿ったらしく「ああ」と納得がいったような声を出した。

「……なんだ。やっぱ好きな奴いんのかよ」
「まぁ。……いるというか、いたというか……」
「なんで過去形ィ?」
「…………」

その質問に無言を貫くと、不死川も黙ってしまった。ぱすぱすと、私が出す気の抜けたスリッパの音が辺りに異様に響く。
そっちはどうなのよ。
そんな質問を投げかけたくなったが、不死川の口から「彼女が出来た」なんて言われようものなら、この修学旅行中は絶対に顔が死んでる。

「ならよォ……そいつとダメになったら、俺と付き合うかァ?」
「はぁ!?」

思わぬ提案に大声を出して立ち止まる。そんな私を他のお客さんがチラチラと見てくるが、冷静になれない。

「不死川さ、付き合うってどういう事かわかってる?こんな風に自販機に一緒に行くとか、そういうのじゃないんだよ!?」
「それぐらいわかってらァ!」
「じゃあ聞くけどさ。不死川って私のこと好きなの?」

じっと不死川の顔を見る。私は、同情とかじゃなく、お互いに好き合って付き合いたいのに。今の不死川の気持ちがわからない。
私の真剣な眼差しを受けて、不死川は視線を泳がせ、口を何度か開けしめした後、意を決したように私に向き合った。
「……好きじゃなきゃこんなこと言わねぇし、昼間の願掛けも邪魔したりなんかしねぇよ……」
少し赤らんだ頬で、決まりが悪そうに打ち明ける。邪魔してたのか、あれ。思ってもみなかった事を告げられ、口があんぐりと開いてからはたと気付く。

「ねぇ」
「あ?」
「さっきさ、告白されてたよね?それ、返事はどうしたの?」
「おまっ!なんで知って……」
「友達が見たって教えてくれた」
「あー……あいつかァ……」
「で、どうなのよ」

ここはハッキリさせなければいけないところだ。そんな事をする人間ではないだろうけど、二股なんて絶対に嫌だ。
「好きな奴いるからムリって、断った」
その一言が胸にストンと胸に沁みて落ちた。
「その好きな奴ってさ、私の事……で、いいんだよね?」
「名字しかいねーよ」
先程までの暗澹とした気持ちが、驚く勢いで払拭されていく。顔のニヤケが止まらない。なんだ、願うことなんて、最初から何もなかったんじゃないか。

「ねぇ、不死川。私の好きな人の名前、教えてあげよっか?」
「はぁ!?んなもん聞きたくもねぇわァ!」

心底嫌そうに抵抗する不死川の顔が、真っ赤に染まるまであとーー。




20210703


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