猫とあなた(現パロ)
「ネネ?」

愛猫の名を口にするも返事はない。
名を呼べばだいたいはにゃあと鳴きながら、どこからともなく白黒模様のその姿を現すのに。猫は気まぐれであると聞く。今は放っておいて欲しい時なのかしら。
幸い出勤時間にはまだ余裕がある。家を出るまでには見つけて、ゲージの中に入れておかねば。
先に戸締まりの確認をしようと、出窓へと目を移す。すると一部分だけ、レースカーテンがこんもりと膨らんでいる事に気付いた。

「ネネ、こんな所にいた…」

んだ。と続く言葉は呑み込んだ。
私の部屋は角部屋であり、他の部屋とは違いベランダ以外にも窓はある。そこは出窓であり、表の通りに面しているため、道行く人々を部屋の中からでも見掛ける事は多々ある。多々あるのだが、出窓の前に突っ立って、こちらを見つめる人なんて見たことはない。朝だからまだいいものの、これが夜なら悲鳴を上げていたかもしれない。
なにしろその人物は男性で、顔に傷がある強面の持ち主なのだから。
なぜこちらを見ているのか、まさかストーカーなのだろうか。恐怖心が掻き立てられた時、その男性が右腕をあげた。

「チッチッチッ」

人差し指を天に向け、ちょいちょいと前後に動かす仕草をしたものだから、呆気に取られた。窓越しから微かに聞こえるその声は優しい。もしかしてうちの猫に向いているのだろうか。
そっと愛猫を見やれば、男性の指の動きにつられて顔を左右上下に動かしている。尻尾もゆっくりと揺れ動き、狩りモードに入っている。
フリフリと尻尾を揺らすこと数回。素早く右前足をトンと窓ガラスにぶつけた。ガラスにタッチしたまま、視線は動く男性の指をなおも追っている。
男性はその様子を見て破顔一笑だ。満足したのか、じゃあなと告げて私達の視界から姿を消した。スーツ姿だったので、恐らく彼も仕事へと行ったのだろう。
そこで我に返った私は、慌てて猫をゲージに戻して会社へと向かった。

翌日から、彼が通るであろう時間にこっそりと出窓付近で待機するようになった。
私の知らぬ間に親交を深めていたのだろうか。ネネもその時間が近付くと、出窓でゆったりと体を伸ばし、例の男性を待っているようだ。
その男性はというと、ある時は短時間じゃれ、ある時は急いでいるのか「よっ」と短く声を掛けて通り過ぎていった。
ネネもネネで、男性の指の動きに戯れる時があれば、スンと動かず尻尾を一回パタリと動かして終わりの時もある。またある時は、撫でろといわんばかりに窓ガラスを頭突きする時もある。
愛猫の反応に苦笑いしたり、目を細めたりするその男性を、いつの間にか好ましく思っていた。同時に、彼から様々な表情を引き出す愛猫がどうしょうもなく羨ましくなった。
男性に声を掛けてみようかと思ったこともある。しかし、そんな事をしたら彼は二度とネネとは関わろうとはしないだろう。自分の勘がそう囁く。
今の私に許されているのは、彼と愛猫とのやり取りをそっと見守り、しばしの癒やしを得ることだけだ。

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「合コン?」
「そーそー!急に一人がダメになっちゃってさ。人数足りないから出てよ」

清々しいまでに数合わせとして誘われた。
合コンをはじめ飲み会の雰囲気は嫌いではない。自分とは違う職種の話を聞ける機会でもあり、出会いを抜きしてもなかなか面白い。
最も、開始数分で女性を品定めし終え、男性陣だけで内輪の話で盛り上がり、交流のこの字もなく終えた合コンもあったのだが。
あれは酷かった。終了後、幹事の女性にも平謝りされたくらいだ。
以来誘われても断る事が多くなってしまったのだが、人数が足りないと言われたら別だ。
猫のお世話もあるため、一次会で抜ける事を了承してもらい参加することにした。


久し振りの合コン。
楽しい話が出来て美味しいお酒が飲めたらいいな。素敵な出会いがあれば、それはそれで勿論言うことはないのだが、そこまで求めるのは高望みだろう。
そうは思うが、緊張と期待で胸が膨らむ。今日のお相手は、どこかの学校の教師達が相手らしい。

定時後に職場の女性陣で待ち合わせてから飲み屋へ向う。店員により半個室の掘り炬燵式のお座敷に通された。
入った順に席につき、私は入口に一番近い端の席に。ようやくそこで相手の男性陣の顔をしっかりと見る。見て思わず変な声が出そうになったが、なんとか呑み込んだ。
驚くのも無理はないだろう。毎朝うちのネネと遊んでくれている男性が、斜め前にいるのだから。

「ん?お姉さん大丈夫?顔色が派手に悪いみてぇだけど」

例の男性の右隣にいる男性が、笑いながら声を掛ける。そういう貴方はド派手なイケメンオーラ出してますね。

「あ、いえ…皆さんイケメン過ぎてビックリしただけです」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。俺もキレイな女性ばかりでビックリしたわ。なー?不死川」

豪快に笑い、例の男性の肩に腕を回す。
あの人の名前は「しなずがわ」というのか。脳内で反芻すると、胸にほぅと灯りが点ったような気持ちになる。
しかし「しなずがわ」さんは、うっせェとぶっきら棒に言い放ち、派手な男性の腕を邪険にする。

「あー、わりぃ。合コンだって言わずに連れてきたから、コイツちょっと不貞腐れてんだわ」
「数合わせなら俺じゃなくてもいいだろうがァ」
「いやー、お前しかいなかったから諦めてくれ。彼女いないし別にいいだろ?」
「うむ!往生際が悪いぞ不死川!折角なのだから今宵は楽しもう。」
「すまない、メニューを取って貰えるか。鮭大根があるか確認したい」

教師という職業のせいか、固い人達を想像していた。しかし皆さんなかなか個性が強そうで、楽しそうな人達ばかりだ。
自己紹介を終え、私の目の前から右に煉獄さん、不死川さん(漢字を他の子が質問してわかった!)、宇髄さん、冨岡さんだとわかった。

目の前に座る煉獄さんは大食漢であるようだ。「うまい!うまい!」と連呼してご飯を食べる姿は、見ていてとても気持ちが良く好ましい。時折私にも「これは美味いぞ!君も食べたらどうだろうか」と勧めてくれる。とても良い人だ。
それでも申し訳ない事に、私の視線は度々不死川さんにこっそりと向いてしまう。
私の隣の友人が不死川さんに話し掛けるも「はぁ」「まぁ」「そうっすね」の一言で会話が終わる。取り付く島もない。正直私だったら、心がポッキリ折れている。
そんな一見無愛想な彼だが、どうやら猫好きらしく、毎朝うちの猫と笑顔で戯れている。そしてそれを知っているのは、私だけという仄かな優越感を得る。
ネネに向けていたような笑顔を、女性にも向ければ大体の人はイチコロだろう。現に私だってあの笑顔にやられた人間なのだから。勿体ないなぁ。でも私以外には見せないで欲しいなぁ。
なんて勝手な独占欲が膨らんでいくなか、氷が溶けて薄まってしまったカクテルを胃に流し込む。

「わりぃなぁ、コイツ見た目も態度も悪ぃけど、本当はすげーいい奴なんだよ。見かけによらず甘い物とか好きでよ。あ、あんみつとか頼むか?」
「いらねーよ!つーか余計な事言うなァ!」

見兼ねたのか、宇髄さんがフォローに回る。

「ギャップってやつですね!私も甘い物好きですよ」

どうやら隣の同僚は不死川さん狙いなのか、すかさず食いつく。すると、別の同僚が思い出したかのように「そうだ」と切り出す。

「そういえば、名前もギャップのある男性に夢中なんだよね?ほら、例の」
「あー、毎朝猫と遊んでくれる男性の話ね」

しまった。
この流れは非常に良くない。同僚に毎朝うちの猫と遊んでくれる男性が気になってて、なんて話をするんじゃなかった。
なんとか会話の流れを変えようとするも、宇髄さん達は「派手に面白そうじゃねぇの。聞かせてくれよ」と乗り気だ。

「この子、猫を飼ってるんですよ。可愛い白黒模様の女の子。で、毎朝出勤途中の男性が、出窓にいる猫と遊んでくれるそうなんです。顔に傷があって見た目めちゃ怖っ!なのに猫を見る目や笑顔が優しくて、好きになっちゃったかもなんて言ってたんですよ」
「はーん、なるほどなぁ。ド派手にギャップにやられたってわけか」
「動物好きってだけで、好感度上がりますよねぇ」
「猫か!写真があれば見てみたいな!」
「あ、私ありますよ。前に名前の家で宅飲みした時に撮ったんです」

飼い主であるはずの私が蚊帳の外に置かれ、会話は進んでいく。同僚のスマホに映し出された写真が男性陣の手に代わる代わる渡っていく。
猛烈な気まずさを感じながら、そっと不死川さんに目線を向ける。
先程までは素面ですか?と思う程変わらずにいた不死川さんの顔が真っ赤に染まり、私の顔を見て口の端をヒクつかせている。

これは完全にバレたな。
でも、その姿さえも可愛い。なんて、酔った頭で呑気に思ってしまった。


20220306


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