運命が私に降る 前(現パロ)
「就也、なんで泣いてんだァ」

終わった。
その男性を見た瞬間、血の気が引くとはこういう事なのかと思うほど背筋が冷たくなっていくのがわかった。

銀髪の派手な髪色。
紫色の鋭い瞳。
長身で体格が良いだけでも威圧感があるのに、強面に走る複数の傷跡がそれを助長している。

死ぬとはいかないまでも、病院送りにはなりそうだ。なんでこんな事になってしまったのか。事の発端である3日前のことを思い出す。

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「名前お願い!助けて!」

姉のSOSを受け取ったのは仕事から帰宅して一息ついた頃である。

「今度の土曜日、私が急な出勤になっちゃってさ。旦那は元々仕事だったし、息子の預け先がどうしても見つからなくて困ってるの!」

一時保育もシッターも無理だったようで、勿論お金は払うからお願いー!と切羽詰まった姉に頼まれたら断れるわけがない。元々予定のない私はOKと快諾した。

姉夫婦と私が住んでいる所はそこそこ近い。姉夫婦に子供が産まれ、子育てしやすい環境へとこちらに引っ越してきたのが3ヶ月前のこと。私が元々住んでいたこの場所の近くに越して以来、年中の甥っ子可愛さに度々訪れていたので子守は慣れている、筈である。


土曜日の早朝、姉の出勤前に自宅を訪れたら甥っ子に熱烈な歓迎を受けた。

「きょうは、名前おねえちゃんがあそんでくれるんでしょ!」
「そうだよー。一緒にいっぱい遊ぼうね」
「こうえんいきたい!でっかいおやまつくるの!」
「いいね。楽しそう」と返せば、お弁当作ったから良ければ公園でお昼食べて、と姉からお弁当を渡された。お稲荷さんやポテト、タコさんウィンナーなど子供が好きそうな物が盛り沢山入っており懐かしい気持ちになった。
沢山作っちゃったから、余ったらあんたの夕食用に持ち帰って。帰宅する前に連絡するからと言い残して姉は急いで出勤していった。


帽子よし、日焼け止めよし、砂遊び道具よし、飲み物お弁当よし!と忘れ物がないかしっかり確認してから、甥っ子と手を繋いで家を出た。
自宅を出てから10分ほど歩けば、甥っ子と何度か訪れている公園へと着く。姉の自宅からほど近いこの公園は、砂場や大きい滑り台など沢山の遊具の他、広い芝生や木々が植えられており自然豊かだ。今日は天気も良いため、芝生でレジャーシートを広げて寛ぐ家族がポツポツといた。


「おすなー!」
甥っ子が砂場に駆けていくと、そこには甥っ子と同い年くらいの子が一人で遊んでいた。見たところお家の人は近くににいないようだ。周囲に人がいるとはいえ、こんなに小さい子なのに目を離しちゃってて大丈夫なのかな、と心配になった。

「こんにちは!」
「...こんにちは」
「こんにちは。1人?お家の人は?」

挨拶をし、気になった私がその子に話しかければ、砂場のすぐ後にある御手洗いをそっと指差した。
尿意には逆らえないよね。納得して少し離れた場所に移り、砂遊びバッグを広げて甥っ子と懸命に土を盛っていく。
ふと気がつくと、先程の子が甥っ子の砂場遊び道具を手に取って立っているではないか。

「それぼくの!」
「いや!」

一つの玩具を取り合い始めてしまう。こういう場合どう対応すればいいのか分からず、オロオロしながら「仲良く使おうね!」と言うのが精一杯だった。
と、その時先に砂場にいた子が取り合いに勝ち、玩具を取られた甥っ子は「ウワーン」と涙をポロポロ流して泣き始める。それにつられてもう一人の子も泣き始めてしまった。
「な、泣かないで」
どうしようどうしよう、世の中のお母さん達はこういう時どうしているのかと、私も泣きそうになっていたら背後から声がした。

「就也、どうしたんだァ」

ご家族の方ですか!?と天の助けがきたかのように思われ、嬉々として振り返れば、鋭い瞳に銀髪で体格が良く、顔に大きな傷が走る強面の男性が立っていた。




こっっっわ!!
ぜったいに堅気の人間じゃない!
玩具の取り合いして泣いちゃったんです。なんて言って信じてもらえるのかな。うちの子に何してんだって恐喝されたらどうしよう。という考えが脳内を駆け巡り、なんと切り出せば良いのかわからず口がぱくぱくと金魚のように開くだけだった。

「にいちゃん!」と言いながら就也と呼ばれた男の子は男性の足元に駆け寄り、その人はしゃがみこんで男の子の背中をトントンと叩いてあやした。

「なんだどうしたんだ...お前その手に持ってるのは家のやつじゃねェな。そこのお友達のやつだろォ。ちゃんと貸してって言ったんか?」
「...いってない...」
「お前だって玩具を勝手に取られたらイヤだろ?人にされてイヤなことはするなって、兄ちゃんいつも言ってるよな?」
「うん...」
「ほら、まずはお友達に返してごめんなさいだろ」
「...ごめんね」

グスグスと泣きながら就也君が玩具を返せば甥っ子も「いいよ...」とこちらも泣き止んだ顔で返事をした。そしてさっきまでの雰囲気はどこへやら「いっしょにお山つくろ」と2人で遊び始めた。

すごい。あっという間に場の状況を掌握して納めてしまった。見た目と違い優しく諭す姿に驚嘆していると、立ち上がった男性がこちらを向き頭を下げた。
「自分が目を離したため、お子さんに不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるものだからビックリしながら頭をあげるよう促した。

「いえ!私こそあの場はどう収集をつければいいのか困っていたので助かりました。それに子供の玩具の取り合いはよくある事らしいので気にしないでください」
「そう言って頂けるとこちらも助かります」

そこでようやく男性の表情が和らいだ。先程は焦っていたため気にも留めなかったが、こうして冷静になればかなり顔立ちが整っている。いわゆるイケメンだなとひっそり思った。
男性曰わく、お手洗いに行きたくなったため就也君も一緒に連れて行こうとしたが遊んでると言い張り動こうとしなかったため、砂場の目の前にお手洗いがあるから何かあったら大声をだせと念押しして用を足しに行っていたらしい。

「子供が小さいと、お手洗いに行くのも大変って本当なんですねぇ」
「え?」

確か姉も以前似たようなことを言っていた。お手洗いに自由に行けず膀胱炎になった人もいるらしい。やっぱり子育ては大変なんだなとしみじみ思いながら呟いた言葉は、男性に聞こえていたようで怪訝そうな顔をされた。

「あ、すみません。あの子は姉の子なんです。急な仕事が入ったようで私が代わりに見ているんです」
「ああ...そうだったんですね」
「なので、さっきはどう対応すればいいのかわからなくて困っていたので本当に助かりました。小さい子の扱いがお上手なんですね」
「...下に6人いるので」

7人兄弟の一番上であると判明し、色々と驚いたと同時に納得した。私とはそもそも経験値が違うのだ。
その後砂遊びを堪能した2人は遊び場を遊具へと変え、正午に近付いた頃には今日初めて会ったとは思えぬほど仲良くなっていた。

「おねえちゃん、おなかすいたー」
「じゃあお手手洗ってからお弁当食べよっか」
「就也、うちもそろそろ帰るぞ」
「ぼくもいっしょにたべたい!」

帰宅してご飯を食べるよう促すものの、就也君は首を縦に振らない。せっかく仲良くなれたお友達とまだ一緒にいたいのだろう。いっしょ!いっしょ!と半泣きになりながらお兄さんのズボンを掴んでいた。
「あの、もし良ければ一緒に食べませんか?」
姉が作ったものだが量はそこそこあるのでアレルギーなどの心配や抵抗がなければと付け足す。
「せっかくですが、そこまで甘える訳にはいかないので」
やんわりと断られ、泣く就也くんを抱っこして就也君のお兄さんは帰ってしまった。

「いっしょにたべたかったな」
遠のく背中を見ながら甥っ子がポツリと呟く。寂しそうな表情をする甥っ子の頭を撫で、ご飯食べようと芝生の方へ移動した。


甥っ子と2人でご飯を食べ始めて少しした頃、小さな男の子がこちらに向かって駆け寄ってきた。「しゅーやくんだ!」と気付いた甥っ子は靴も履かずにレジャーシートから飛びだし就也君の元へと向かう。慌てて甥っ子の靴を持って私も向かえば、就也君の後方からお兄さんが荷物を持ってこちらに向かってくる。
「すいません。やっぱり就也のやつ、どうしても一緒に食べたいって聞かなくて。イヤじゃなければ隣いいですか?弁当は作ってきたので」
申し訳なさそうに尋ねるお兄さんに、勿論ですと笑って答えればありがとうございます。と微笑み返してくれるのでドキッとした。

自宅は公園を出てすぐらしい。手早く作った物や昨日の残り物を詰めただけなので恥ずかしいですが。と謙遜していたが、私がいつも作ってるお弁当より豪華ですよと思ったままの感想を伝えれば、大袈裟なと
お兄さんー名前は不死川さんというらしいーは堪えきれないというようにハッと笑った。

その後、2人のお弁当の中身を交換し合ったりと、仲良くお昼ご飯を食べ終えて2人は元気に遊具へと駆けていく。そんな2人を見守り、時に一緒に遊びながら不死川さんと他愛もない会話をして過ごした頃、私の電話が着信音を告げた。
「お姉ちゃん、どうしたの」
相手は姉からだったので不死川さんに頭を軽く下げ電話に出る。

『仕事が想定より早く片付いたの。これから帰るわ』
「わかった。まだ遊びたいようなら遊ばせててもいいかな?」
『大丈夫だよ』

電話を切った私は甥っ子の側へと戻り、ママがそろそろ帰ってくるみたいだよと告げた。

「ママかえってくるの!?」
「まだ遊びたいなら遊んでても良いって言ってたよ。どうしよっか」
「おうちにかえる!ママにごほんよんでもらうんだ」

お友達と遊んでいる時とはまた違い、嬉しそうに顔を輝かせて帰ると言い始めた。
荷物を纏め、不死川さんと就也君にお別れを告げれば、就也君が寂しそうな顔をしながらバイバイと手を振っていた。
「色々とありがとうございました」
不死川さんも私に頭を下げ、甥っ子の目線までしゃがみこみ「就也と遊んでくれてありがとなァ」と頭を撫でた。
その姿を見ていたら、きっともう会うことはないんだよなぁと寂しい気持ちが湧いてきた。子供どころか結婚も彼氏もいない私が公園に来る予定なんて早々ないのだ。後ろ髪を引かれる思いで甥っ子と手を繋ぎ姉の自宅へと戻った。

公園で出会ったお友達の事を楽しそうにママに話していた甥っ子は、よほど体力を使ったのだろう。こてんと昼寝をした。

「本当に助かったわ。ありがとうね」
「ううん。また何かあったら言って。やっぱ甥っ子って可愛い」

すーすーと眠る甥っ子の顔を見れば自然と笑みがこぼれ落ちる。


「自分の子はもっと可愛いと思うかもよ」
「でもさー、相手がいないんだよね」

優しくて子供好きで家事もやってくれる男性なんて早々いないだろうしさぁーと続けてハタと止まる。
もしかしたら不死川さんは全部当てはまるのではないか。今日の姿を思い返していたら、ニヤニヤした姉がこちらを見ていた。
「アテがあるんだ?相手は誰よ」
予防線を張るように色々と前置きしつつ、今日一緒に遊んでた子のお兄さんが好みかもと告げた。

「お兄さんならいいじゃん!よその旦那ならアウトだけど」
「でもさー、ああいう人にはもう可愛い彼女とかいるんじゃないかな」

仮にいなかったとして、私のような平凡な女を好きになってくれるだろうか。久しぶりに性格もイケメンな男性を拝めただけでもラッキーだったのだと思い始めていると、見かねた姉から「来週も行ってみる?」と提案をされた。

子供が産まれてから夫と2人きりで外出したりご飯も好きに食べられてない。たまには夫と2人でゆっくりランチに行きたいのよね。と姉がこぼす。
それにもし、2週続けて弟の面倒を見てるなら彼女がいる可能性低いんじゃない?
シッター代って事でお金も払うから、一石三鳥でしょ。と自慢気に言う姉に、宜しくお願いしますと力強く答えた。


もし不死川さんに彼女がいたとしても、私は可愛い甥っ子と遊べるのだからどちらに転んでも良い。
でも、願わくば不死川さんがフリーでありますように。


続く
20210403


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