→欲しい言葉をあげるから
同僚に不死川君と付き合う事になったと報告すれば、私がジムに誘ったお陰ね。感謝しなさいよと笑いながら祝福してくれた。
全くその通りだ。同僚があのチラシを持ってきてくれなければ、不死川君と再会することもなかったのだから感謝しかない。
そのお陰で毎日がとても楽しい。
「今日はレッスンが入ってないからトレーニングルームにいるかも」と、毎月配布されるレッスン表を確認するようになった。逆に不死川君が担当するレッスンが気になり、同僚とこっそり覗いた事もある。ボディパンプとはなんぞやと思っていたが、その光景を見て自分にはまだまだ無理だと愕然とした。まだボディコンバットの方が取っつきやすそうだ。
休みがカレンダー通りの私とシフト制の不死川君では2人の休みはなかなか合わない。それでも少しの時間を合わせては、一緒に帰宅したりお互いの家を行き来するようになった。
ジム内で目が合えば、僅かに上がる不死川君の口角に心臓がバクバクする。これは運動をしているせいだけではないだろう。
インストラクターと会員の恋愛なんていいのかなと気掛かりはあった。だが「元同級生って繋がりもあるしいいだろ。そもそも客との恋愛は禁止されてねぇしな」と、さして気にしていない様子に、そんなものなのかと思う。戸惑いは僅かに残るものの、やはり嬉しさの方が勝る。

こうして不死川君と付き合い始めてから、毎日がとても楽しく充実感に溢れている。
だが、1つの不安が芽生え始めた。


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「アンタの彼氏、やっぱりモテるねぇ」

ホラと同僚が指差す方を向けば、ジムカウンター越しに会話をする不死川君と女性会員の姿が。女性は胸を強調するかのようにカウンターに寄りかかり、頻りに何か話し掛けている。会話内容が気になるが、こことは距離があるため聞き取れない。だがその様子から不死川君狙いなのは一目瞭然だ。
量販店で買った上下セットのジャージのボトムスに、白シャツという味気ない私に対して、彼女の服装はレギンスにスポーツブラというなかなか扇情的な格好をしている。当初はああいった服を買うことも視野に入れていたが、少し太った体型で着こなす自信がないと諦めたものだ。

ーーやっぱり不死川君はモテるんだよなぁ。

ここ最近芽生えたのは不安感。
女性会員はなかなかに美人が多い。ジムに来る必要がないのでは?と思うほどスレンダーな人もいる。日常的にそういった人達と接して、不死川君が目移りしないか心配なのだ。
あそこまでとはいかないにしても、私ももう少し可愛い服に変えてみようかな。同僚のショートパンツにレギンスという格好も可愛い。何よりも私でもチャレンジしやすい。今日の帰りに駅前のスポーツ店で見るかネットで探してみようかな。そう思いながら更衣室に戻り、ロッカーを開ければスマホがチカチカと光っていた。
不死川君からのメッセージで、早めに上がれる事になったから一緒に帰らないかという内容だった。それに喜んで返事をすれば、先程までのモヤモヤとした気持ちはあっという間に無くなったのだから現金である。私の上機嫌さに同僚もすぐに察したようで、仲が良くて何よりと笑う。



「急に悪かったな。なんか用とかあったんじゃねぇか?」
「ううん。大した用事じゃないから」

慣れつつある不死川君の車に乗り込めば、用事って何だと聞かれる。

「トレーニングウェアを新調しようかなって思ってて」
「ならあそこに行くかァ」

ここからそう遠くない場所にある大型のスポーツショップを提案された。俺も欲しいものあるんだと言う不死川君に頷き、軽めの夕ご飯を食べてから2人で向かうことになった。


「プロテイン見てくるから、先に服を見ててくれ」

やっぱりプロテインを飲むのは常識なのかな。女性でも更衣室で作って飲んでいる人を見たことがある。そう考えれば筋トレってどこまでもお金を掛けられる沼のような存在だ。
天井に吊るされた案内板を頼りに歩けばすぐに目的地に到着し、カラフルな女性用ウェアが迎えてくれる。
こういうマゼンタのシャツも可愛いよねぇ。メッシュ地のシャツも涼しそうでいいな。ううむと悩みながら進めば、スポーツブラとレギンスセットのゾーンに入った。その中の1つを手に取り、マジマジと見つめる。
やっぱりこれは私にはちょっと無理かもしれないなぁ。二の腕と脇肉が引き締まっていないとこれは厳しいかも。いやでもなぁ、そうすると何時になるのかしらと考えを巡らせていれば、不死川君が戻ってきた。カゴの中には大袋のプロテインが2つも入っている。

「それ、着んのかァ?」
「あ、うーん…似合う?」

なんて冗談っぽく聞いたのだが、予想に反して不死川君は眉を寄せて真剣に考え込み始めた。

「似合う…けどよォ、本気か?筋肉の動きを確認しながらトレーニングしたいってなら、その格好もまぁわかるけど…」
「けど?」
「自分の彼女がこれを着てジムにいるってのはちょっとなァ。俺としては他の奴に彼女の体のラインとか見せたくはねぇんだが…」

どうしても着たいっていうなら…でもなぁと真剣に悩んでいる姿を見て満たされた気持ちになるのだから、私はやっぱり現金だ。不死川君の口から『彼女』の言葉が出た事も大きい。

「そうだね。私にはちょっと着こなせないから、これは止めておくよ」
「そうか」

あからさまにホッとした様子で言うものだから、嬉しくないわけがない。その後、同僚が着ているこれとかはどうかなと、レギンスとショートパンツのセットを見せれば、これくらいならまぁ。と僅かに納得していない気配を見せつつも頷く。その様子に頬が緩む。結局、そのセットとシャツを何着か購入して店を出た。



「しっかし、急にどうしたんだァ?今までのトレーニングウェアとは全然系統が違うじゃねぇか」

帰りの車中で不死川君は不思議そうに聞いてくる。なんて答えようか迷ったものの、結局正直に話してみることにした。

「不死川君狙いの人が、ああいうウェアを着てたから…不死川君もああいうのがやっぱりいいのかなぁ、なんて思いまして」
「んだよ、そんな事かよォ」
「私にとってはそんな事じゃないんですー」

彼氏がモテるから心配が尽きないんだからとむくれて言えば、不死川君は嬉しそうに声を出して笑う。

「そーかいそーかィ。嫉妬してくれたんだなァ」

よしよしと、運転しつつも器用に左手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でつける。乱暴そうだが、優しくもあるその動きは、言外に心配するなと言ってくれているようだ。

「嬉しそうですね」
「そりゃあ、彼女が嫉妬してくれんなら嬉しくもなるだろォ。まぁ、気持ちも分からなくはねぇけどよ」

不死川君も嫉妬した事があるかのような口振りに、疑問の声が出た。

「営業に名前狙いの奴がいるって言われてたよなァ。ソイツはどうなんだ。接触とかあんのかよ」

以前に後輩が言っていた事を、不死川君は覚えていたらしい。それどころか彼の中では要注意人物と捉えていたようだ。
確かにご飯でも行かないかと誘われた。この人の事だったのかと納得しつつ、不死川君と付き合い始めた直後だったため、実はつい最近彼氏が出来たんです。と伝えれば、残念そうにしながらもアッサリと身を引いてくれた。その事を話せば不死川君はハァと溜め息をつく。

「あっぶねェ…やっぱあの時告っといて正解だったわァ。なんか嫌な予感がしたんだよなァ」
「そうだったの?」
「そうですー。彼女がモテると心配が尽きないんだよなァ」

私のセリフを笑いながら真似て返したかと思えば、すぐに真顔になる。

「あんま心配かけねぇようにすっから、名前も気にすんな。俺が好きなのは名前だけだからよ」

先程とは違い今度は優しく撫でられるそれを受け、うんと小さく頷いた。


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真新しいウェアに身を包み、ジムのトレーニングルームで汗を流す。通気性がよく肌馴染みも良い。何よりも可愛いウェアにテンションがあがる。最初からこれを買っておけば良かったくらいだ。
タオルで汗を拭き取っていると、女性の声が聞こえてきた。

「不死川さーん、今度一緒に買い物行きましょうよぉ。トレーニングウェアとかプロテイン一緒に選んで欲しいです」

声のする方を見れば、件のあの女性だ。アンタも大変ねと同僚から同情するような声色で言われた。

「うん…でも不死川君の事、信じてるから」

信じてる。半ば自分に言い聞かせるようにその言葉を口にする。だってこの前はあんなに可愛い嫉妬をしてくれたじゃないか。大丈夫大丈夫と心の中で唱えていると、不死川君の声が耳に入った。

「すみません。俺彼女がいるんですよ。あんまり悲しませたくないんで、プライベートで会う事は出来ません」

その言葉にトレーニングルームが騒然とする。

「この前まで彼女いないって言ってたのに!」
「相手は誰?会員?」
「やだー、私本気で狙ってたのにぃ」
「結婚してないならまだ奪えるんじゃない!?」

不穏な言葉も聞こえてくる中、思わず不死川君を見れば目が合う。そしてやはり彼の口角は、おそらく私でしかわからぬ程僅かに上がる。心臓がバクバクするなんてものではない。拭ったはずの汗が、またつぅと赤くなった頬を伝った。


20210729


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