春の切れ端(現パロ)
私の隣の席には、好きな人が座っている。

クラス替えのない高校で、2年に進級した初日に行われた席替えはくじ引きにより決まった。仲の良かった友人と離れてしまった事に気落ちしながら自分の荷物を纏めて移動すれば、隣にやってきた人物を見て落ち込んだ気持ちが吹き飛んだのだから、我ながら現金である。
「隣は名字か、よろしくな」
肩に掛けたショルダーバッグを下ろしながらこちらを見てその人は言う。

「こ、こちらこそ。宜しくね、不死川君」
「ん」

隣の席になったのは、不死川実弥君である。1年の頃よりひっそりと彼に想いを寄せていた私にとっては、4月の時点で今年の幸運を使い果たしちゃったんじゃないのかな?と心配になるほど嬉しい出来事であった。
だが、出会った当初から彼に対して好意を抱いていたかといえば、そうではない。むしろマイナススタートだった。

入学式を終え、ドキドキしながら教室に入った時に真っ先に目に入ったのは彼の銀の髪。そして顔に走る古傷に、とんでもないヤンキーと一緒のクラスになってしまったと泣きたくなった。クラス替えがない高校なので、3年間嫌でも同じ教室になる。どうか目をつけられたりしませんようにと祈るような気持ちで席についたのが懐かしい。
彼を不良だと思ったのは、やはり私だけではなかったようで、高校生活2日目にして彼は同じクラスの、やはり素行があまりよろしくなさそうな風体をしている人達に話しかけられた。

「なぁ、不死川。この後の授業サボってゲーセン行かねぇ?」
「は?」
「先輩達からお前誘ってこいって言われてるんだよ」
「お前のこと良いって言ってる女の先輩も来るらしいぜ」

モテる男はいいよなー。ほら行こうぜ。
賑やかになる教室の一角。だがそれは次の瞬間に、不死川君が机をダンッと叩いたことで静かになった。静かになったのは一角だけでなく教室全体もだ。
「授業サボるだァ?テメェら親に金払って貰って高校来てるくせに、よくそんな事が言えんなァ。俺は授業サボるなんて事は絶対にしねェ。連みてぇなら他を当たれ」
地を這うような凄みを効かせた声と、ギロリと睨む鋭い目つきに気圧されて、素行がよろしくなさそうなクラスメイトは気まずそうにそそくさと去っていった。
この一件を切欠に、私を含むクラスメイトの不死川君を見る目が激変した。

不死川君は部活を剣道部に決め、部活がある日は欠かさずに鍛錬に勤しんでいるようだ。同じクラスの粂野くんも剣道部に所属し、この2人はあっという間に仲良くなった。
授業態度も真面目で、分からない事は授業後や放課後に先生に尋ねに行っているらしい。最初は先生も構えていたようだが、自分の授業を受ける不死川君の真面目な姿勢に感激し、また授業中に不良っぽいクラスメイトが騒ごうとすると舌打ち1つで黙らせるものだから、先生受けは頗る良かった。
顔の古傷も、昔に弟を守ろうとして負った怪我だと粂野くんにより知れ渡れば、彼の人気は鰻登りであった。特に女子生徒に対して。

かくいう私も、そんなギャップにやられた1人である。だが、私はそこまで身の程知らずではないつもりだ。ひっそりと想いを寄せ、大人になった時に高校の卒業アルバムを見返して淡く甘酸っぱい青春の気持ちを蘇らせてくれるだけの人だと認識している。
そんな謙虚さが通じたのか、甘酸っぱい青春の思い出として、神様は一時ではあるが彼の隣の席を私に指名してくれた。ありがとう神様仏様お祖父ちゃんお祖母ちゃん。
こうしてこの席替え以来、私はウキウキとした気持ちで高校生活を楽しんでいた。


2週間程経ったある日、登校して席につけばいつまで経っても埋まることのない隣の席に不信感を得た。授業をサボるなんて事は絶対にしない彼だ。何があったのだろうか。
その答えはHRで担任により告げられた。
「えー、不死川は風邪で休みだ」
風邪かぁ。彼が休むくらいだから、相当酷いのだろう。早く治るといいな。そんな思いを胸に、眺めが良くなった教室に寂しさを抱え3日経った。
このまま週末を迎えるのかと思った金曜日に不死川君は登校し、席に着くなり粂野君が心配そうに話しかけていた。

「大丈夫か?煉獄や宇髄達も心配してたぞ」
「あー、弟の質の悪い風邪が移っちまったみてぇだ」

なるほど。確かに酷い風邪だったのだろう。その証拠に彼の声は少し掠れている。
でも元気になって良かったなぁ。粂野君との会話を盗み聞きしながらそう思った。
隣に想い人がいる幸福感を久し振りに感じて1日を過ごし、本日最後の授業が終わったためルーズリーフをトントンと整理しながらバインダーに挟み込んでいく。バチンとバインダーが留まる音と共に、名字と隣から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
まさかと思いつつそっと横を見ると、不死川君が少しバツの悪そうな顔をしてこちらを見ているではないか。彼と話すのは、席替えの時以来初めての事である。驚く私に不死川君は続ける。

「わりィんだけどよォ、俺が休んでた間のノートを見せてくれると助かるんだが。いいかァ?」
「え、あ、うん。あんまりキレイに取れてないんだけど、私ので本当にいいのかな?」

不死川君ってやっぱり真面目だなぁと思いつつ、ドキドキしながら答える私の声は、震えて裏返っていないだろうか。
「ああ。すげぇ助かる」
ホッとしたように笑う顔はこんなに可愛いのかと、緩んでしまう唇をギュッと締めていると粂野君がやってきた。

「実弥、部活行こうぜ」
「あー、先行っててくれェ。ノート写しちまうからよォ」
「あ、その、良かったらこれ、持って帰っていいよ。3日分だから、量あるし」
「いいのかァ?」
「うん!」
「マジで助かる。ありがとなァ」

再度微笑むその顔を見て、徐々に熱を帯びはじめた顔を見られたくないという羞恥心が湧き出てきた。じゃあ、これ。とルーズリーフを纏めているバインダーごと不死川君に差し出して、一緒に帰ろうとチラチラこちらの様子を伺っている友人達の元へと駆け寄った。教室を出てすぐに「やったね」と笑う友人達は、私の淡い恋心を知っている。

良い週末を迎えられそうと笑い返す私に、週明け、不死川君からノートのお礼にコンビニで何か奢るから一緒に帰ろうと誘われるとは、この時の私は知る由もなかった。


(話す切欠が出来て良かったなぁ、実弥。これが怪我の巧妙ってやつか?)
(...宇髄には絶対に言うなよ。アイツに知られたらとことん揶揄われるに決まってる)
(はいはい)



20210519
20210624修正


prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -