フィットネスジム キメツへようこそ 後(現パロ)
ジムに通い始めて既に2週間が経過した。正直に言って楽しい。今まで所定の回数をこなすのがやっとだったものが、日を追う事にそこまで負担にならずに終わらせる事が出来て筋力がついてきたのだと実感した。もう少ししたらウェイトを1つ追加してみるのも良いかもしれない。
心なしか体も軽くなった気がするし朝着替える時に姿見の前に立てば、お腹にくびれが出来ているのを発見して嬉しくなった。何より一番嬉しかったのが酷かった肩凝りが軽くなったことだ。

こうなるともっと頑張ろうと思えるので、何だかんだで平日は予定がある時以外は来ている。最近ではスタジオレッスンを受けるため、土曜日に同僚と2人で行ったりもした。平日でもレッスンはやっているのだが、私達が受けたいヨガのレッスンは夜にはやっていなかったためだ。



こうして頻繁に通っていれば、自然と勤めているインストラクターさん達の名前と顔も把握してしまった。
プールは鱗滝錆兎さんと鱗滝真菰さん(夫婦かと思ったが、なんとこの2人は兄妹らしい)、そして冨岡さん。

スタジオレッスンプログラムでは、ヨガやピラティス、ダンス、エアロの担当に胡蝶さんと甘露寺さん。甘露寺さんは受付だけなのかと思っていたので、ヨガの講師として現れた時は驚いたし、その体の柔軟性を見て再度驚かされた。
ボディパンプ担当は不死川君と煉獄さん。
ボディコンバッド担当は宇髄さん。
太極拳が悲鳴嶼さんの担当だ。
伊黒さんと胡蝶さんが栄養相談の担当。
そしてトレーナーとして時透さんという大学生の子がアルバイトでいる。


スタジオレッスンは授業の時間割のように種目が決まっており、基本的に受け持ちのレッスンが無ければインストラクターさん達はトレーニングルームにいるらしい。
ただし、鱗滝さん達は専任なのでプールから離れることはないようだ。
それぞれ曜日は決まっているが、別途料金を払えばインストラクターを指名して個人レッスンを受ける事が出来る。受付の隣にあったガラス張りの部屋がその為の部屋らしい。
更衣室で他の女性客達が話をしているのを聞いたことがあるが、インストラクターの個人レッスンでは宇髄さん、煉獄さん、不死川君はかなりの人気らしく、指名をしても実際についてもらえるのは2ヶ月先だそうだ。
中でも煉獄さんは1番人気で、女性は然る事ながら、男性人気も高いらしい。持ち前の面倒見の良さとその熱さから、一部の男性会員からは「兄貴」と呼ばれ慕われており、それを煉獄さんは「俺は君達の兄ではないのだが!?」と返したと聞き笑ってしまった。

このような感じで、フィットネスジムキメツは楽しく、私の生活の一部になりつつあった。

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「こんばんはー、今日も宜しくお願いします」
同僚と2人で名前を言えばジムカウンターにいた煉獄さんがファイルを差し出してくれた。

「うむ!2人共この2週間よく頑張っているな!」
「ありがとうございます。なんだかハマってきちゃって」
「体を動かすってこんなにも楽しかったんですね」
「おっ、今日も来たのか」

スタジオプログラムを終わらせてきたのか、首にタオルに巻いた宇髄さんがTシャツの胸元をパタパタさせながらやって来た。その隣には不死川君がいる。2人共今日の下半身はハーフパンツにレギンスという服装のため、脚の筋肉がありありとわかり少し色っぽいな、なんて思ってしまった。

宇髄さんとはその持ち前の人懐っこさに加え、頻繁に来ているためすっかり顔見知りになり、いつの間にか会話の口調も砕けたものになっている。

「お前らこの前の土曜日も来てたろ。ほぼ毎日ここに来て大丈夫なのか?」
「私も名前も暇なんでーす。それに、2ヶ月後に控えたライブの為に痩せて体力つけたいんですよ。ねー?」
「うん、そうだね」
「へェ、誰のライブに行くんですか」

狙ったつもりは決してないのだが、気付けば煉獄さん、宇髄さん、不死川君とイケメン人気インストラクター達に囲まれていた。周囲の女性会員達からの視線が痛いのは気のせいではないはずだ。だが同僚はそれに気付かず尚も会話は続く。

「JO-GENってバンドですよ」
「ああ、今派手に人気なやつか。よくチケットとれたな」
「もー頑張っちゃいました!私はドーマ推しで、名前はアカザ推しなんです!ね?」
「う、うん。そうだね。あの、そろそろトレーニングに...」
「うむ!俺もアカザなら知っているぞ!あの鍛え上げられた筋肉は武道を心得ている者と見た!ぜひ手合わせを願いたいものだ!」
「アカザの筋肉は凄いですよね!なのに細くて正に理想の細マッチョ。あの体に抱きしめられたーい!って言ってました。名前が」
「ヘェ...名字さんは、ああいうのが好みなんですかァ?」
「あの、トレーニングに行きます!失礼しました!」

質問と共に投げ掛けられた不死川君の視線が痛いのだが、それ以上に女性会員達の視線が痛い。ヒソヒソと「トレーニングする気がないなら帰ればいいのに」という声も聞こえてしまった。諸々に耐えきれずに同僚の手を取ってストレッチコーナーへと向かう。
居心地の悪さを感じつつも、その日はトレーニング終了後に足早に帰宅したのだった。

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この週末も同僚とヨガのレッスンを受けるためジムにきた。2回目ともなれば何となく勝手がわかるようになり、余裕を持って取り組むことができた。あと1週間程で体験入会が終わるので、ヨガレッスンを受けられるのもあと1回しかない。不死川君の事がなければ喜んで正式入会をするのだけど、どうしようかなぁと頭を悩ませつつ持参した飲み物をぐびっと傾ける。

「この後どうする?トレーニングルーム行く?」
「あーごめん、私この後予定があってさ。一緒に行けないや」
「そっかぁ。私は...せっかくだからトレーニングしてから帰ろうかな」
「名前ってば本当にハマってんね。最初は止めようかななんて言ってたのに」

曖昧な笑みを返して同僚とはスタジオで別れた。先週は私もヨガをやったら帰ってしまったので、土曜日の午前中という時間帯にトレーニングルームを利用するのは初めてだ。2階へと続く階段を昇れば、採光用の窓からは自然の明かりが踊り場を照らし夜とは装いが違う。それだけで見知ったジムではなくなっているような気がして緊張してしまう。

トレーニングルームに一歩足を踏み入れれば、土曜日の午前中というせいだろうか、いつもとは客層が違う気がする。仕事帰りのサラリーマン、OLの代わりに今は年配の男女が大半を占めている。勿論若い男女も多いのだが。そして何よりも1番の違いは、かなりの混み具合という事だ。

私達がいつも通う時間帯は平日の定時後すぐという時間に加え、会社からジムまでの距離が近いお陰でそこまで混雑せずに使えている。一通りトレーニングを終えた頃に続々と会社帰りと思しき人達が入ってくるので、ここまでの混みようは初めてだ。

入念にストレッチを終えていざマシーンと思っても、順番待ちする時間の方が長い。2つほどやった所で、何だか今日はもういいかなと思えてしまった。喉の渇きを覚えたが、持参した飲み物はヨガが終わった後に飲みきってしまった。ジムの自販機は高いのであまり使いたくはなかったが、手持ち無沙汰な事もあり、念のためとポケットに入れた小銭を確認してから、トレーニングルームを出てすぐ左側の行き止まりに設置されている自販機へと向かう。

場所が場所なだけに多種多様なスポーツ飲料が8割を占めている。どうせなら此処でしか見かけないようなやつを飲んでみようかな。顎に手をあてむむっと考え込むと、隣に人が立つ気配がした。

「あ、すみません。今悩み中なので先にどうぞ」
「いいよいいよ。俺も急いでないからゆっくり選んで。こんなに種類があると悩んじゃうよね」

20代半頃だろうか、同い年位の男性がそこにいた。人の良さそうな笑みを浮かべてじっくり選びなよと優しく言ってはくれるが、後ろに人がつっかえているのかと思うと早くしなければと焦りが募る。

「ちなみに、俺のオススメはこれ」
「じゃあ、これにします」

もう何でもいいやという気持ちだ。
ガコンという音がしてから腰を折り、取り出し口に手を入れようとすると更に声を掛けられた。

「見たことない顔だけど、ジムは初めて?」
「いえ、今体験入会中でして」
「そうなんだー。目的はダイエットかな?でもそれくらい肉付きいい方が男性は好きだと思うよ」

上から下まで舐め回すようなねっとりとした視線と見当外れなその言葉に、嫌悪感を抱く。別に男性目線を意識した覚えはない。自分自身の美意識の為に通っているのに。

「今混んでるからあんまりトレーニング出来ないでしょ?だからもう切り上げてさ、良かったら俺と一緒に...」
「名字さん、今いいですか?ああ、話し中でしたか。なら終わるまで俺は此処で待ってますから最後まで、どうぞォ」

いつからそこにいたのだろうか。我々の後ろに立っていた不死川君は、掲げたクリップボードで肩をトントンとさせながら眉間に皺を寄せて威圧感を放っている。
「あー...、話は終わったんで。またね!」
逃げるように更衣室へと駆けていく彼を見送れば、残されたのは私と不死川君だ。

「大丈夫でしたか?」
「え?あ、はい」
「さっきの奴、ずっと名字さんの後を追うようにマシーン利用していたので少し気になっていて。余計なお世話かと思いましたが声を掛けさせてもらいました」
「そうだったんですか?」

全く気付かなかった。一体いつから見られていたのかと薄気味悪い気持ちになり、ぶるりと身震いをして腕をさする。

「困っていたので本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえ。なら良かったです」

ふわりと微笑むその顔を見て、突如私の意識は学生時代に巻き戻る。


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それは2年の秋だったと思う。
3年生の先輩達が夏の試合を以て引退し、新しいキャプテンの元での新体制にようやく慣れてきた頃だ。部活で体育館を使用した後はモップ掛けをするのがルールとなっており、その日も終了後に部員達は用具の後片付けとモップ掛けに分かれて行動していた。
体育館のもう半面は剣道部が使用していて、女バスとの間は天井まで届くネットで仕切られていた。半面しかないためモップ掛けもすぐに終わる。
「モップ片付けておくから、片付けの方を手伝ってくれるかな」
1年生から使用済みのモップを受け取りながらそう指示を出し、4本に増えたモップを両手で一纏めにしてから倉庫へ歩き出した。
倉庫は剣道部が今使用している面の方にある。壁とネットの隙間を掻き分けて進もうとするも、何故か後ろに引っ張られた。不思議に思い振り返れば、モップの1つの金具がネットに引っかかっているではないか。
ついてないなぁ。はぁと溜め息をつきたい気持ちになりながらもモップを床に置き、引っかかったそれを外そうとしゃがみ込んだ。だが思っていたよりも複雑に絡んでいたようで、四苦八苦していると頭上から声が降り注いだ。
「取れねぇのか?」
部員ではない、男性の声に肩がびくりと跳ねた。そっと見上げれば、同じクラスで想い人の不死川君がこちらを見ていた。
防具は全て外されていて剣道着姿で、普段頭に巻かれている手拭いは首に掛かっていた。

「あ、うん...なんか引っかかっちゃって」
「貸してみろ」

不死川君もしゃがみ込み、その厚くて大きい手からは想像もできぬほど優しくネットを解いていった。足元にネットを挟み込んで対面したこの状態は、人生で一番不死川君と近い距離にいる。今この時が止まってもいいのにと思うほどだ。

「取れたぞ」
「わぁ、不死川君ありがとう」
「いや、いい。モップ貰っていっていいか?」

ハッとして見れば、剣道部も部活を終えたのだろう。後片付けを始めていた。
「ごめん!私がちんたらしてたせいだね」
慌てて謝るも、不死川君は気にすんなと笑い掛けてくれた。

粂野君といる時以外は、あまり笑うことのない彼のその貴重な姿を、一生忘れないぞと思っていたのに、どうして今まで忘れていたのだろうか。
あの時の笑顔と今の笑顔が重なったお陰で、記憶が呼び起こされたようだ。


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「名字さん?大丈夫ですか」
ボーッと過去の思い出に耽る私に、不死川君は心配そうに顔を覗き込んできた。

「あ、すみません。大丈夫です」
「少し疲れが出ているのかもしれませんね。ここ最近連続で来ているでしょう。休むのも大事なトレーニングですからしっかり休んでください」
「そう、ですよね。なんだか体を動かしていない方が調子悪くなってきてしまって」
「はは。なら自宅でもできる簡単なトレーニングメニューを組みますか?今お時間があるなら、ですが」
「そんな事もできるんですか?ぜひお願いしたいです」

私の言葉に不死川君は嬉しそうに笑い、ではこちらへとジムカウンター横のテーブルへ案内してくれた。そうしてペットボトルに水を入れたのをウェイトとして行うものや自重トレーニングをいくつか教えてくれた。更には、土日ならだいたい3時以降から夕方の時間帯ならまだ空いている事も教えてもらえた。

「ジムに来るの...嫌になってませんか?」
一通りレクチャーを受けて、これで会話は終わりかなと思った時、不死川君がぼそりと言葉を漏らした。

「さっきの件でジム通いに嫌気が差していないかが心配です。恥ずかしい話ですが、稀にああいった事はあるので」
「そうだったんですね...」
「こちらとしても、なるべく注意して見るようにしますし、何かあったら声を掛けてもらうなりすれば直ぐに動きます。だから...名字さんには、これからもジムに来て欲しいと思っています」
「ありがとうございます。ビックリしましたけど、不死川く...さんが来てくださって、とても嬉しかったのは本当です。それに、そう言っていただけると何だか心強いです」
「そうですか...名字さんが好きなアカザ程ではないかもしれませんが、俺だって鍛えているので名字さんの事は守れるつもりですよ」
「やだっ!恥ずかしいのであの話はもう忘れてください!」

悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言われ、途端に恥ずかしくなり慌ててしまった。そんな私を見て更に不死川君は笑うものだから、さっきまで胸に燻っていた嫌なものが洗い流されていくような気持ちになったのだった。

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体験入会最終日に期待を込めて測定をしたところ体重、体脂肪率が共に減っていたので同僚と「やった!」と手を合わせて喜んだ。見た目にも変化が出たようで、会社でも「痩せた?」と声を掛けられる事が多くなった。この結果には大満足であり、それは同僚も同じ気持ちのようだ。
測定をしてくれたしのぶさんも嬉しそうである。

「お2人とも、1ヶ月とても頑張りましたね。体験入会といっても、途中で来なくなってしまう人もいるので素晴らしいです」
「ありがとうございます!さっき受付で正式入会を済ませた所なので、これからも宜しくお願いします」
「頑張ってる人を見るとこちらもやる気が出ますから、大歓迎ですよ」

にこにこと3人笑顔になり、目標体重決めてみようとか二の腕を重点的に鍛えたいと会話をしていれば、不死川君がジムカウンターにやってきた。

「ああ不死川さん、お2人共正式に入会されたみたいですよ」
「ああ、そりゃあ良かった。頑張ってましたからね」
「本当に。1ヶ月前とは動きが見違えるようですよ」

ずっと私達の頑張りを見ていてくれたのだろう。しのぶさんのその言葉に、嬉しくて同僚と2人顔を見合わせて笑った。

「まぁ、名字さんはもっと動けますよね。高校ではバスケ部でしたし」
「へ?」

突如投げつけられた不死川君の言葉により素っ頓狂な声を出してしまった私を見て、不死川君はニヤリと不適に笑う。
元バスケ部だなんて、ジムの人には言っていない筈なのだが。同僚が言ったのだろうか、それとも。

「も、もしかして...覚えてたの?いつから?」
「さぁ、いつからだろうなァ。入会おめでとさん。これからも会えるの、楽しみにしてるぜ」

どういうこと?名前ってば不死川さんと知り合いだったの?あらあら、奇遇ですねぇなんて声が遠くから聞こえてくる。
不死川君との視線が交わったまま、私の心臓はドクドクと激しく動き、顔に熱が集まっていった。
 

20210613


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