白より出づる
※ご都合血鬼術「猫」



鎹烏に呼び出されて向かった先は、胡蝶しのぶ様が擁する蝶屋敷である。
鬼殺隊の柱である胡蝶様が、平隊士に過ぎない私にどんな用があるのだろう。気付かないうちに何か粗相をしてしまったのだろうかと心配になりながら到着すれば、待っていましたよと笑顔で迎えてくれたので拍子抜けした。
胡蝶様が御自分の診察室に私を招き入れ、椅子に腰を掛ければ私にも近くの椅子に座るように促す。私が椅子に座ったのを確認してから胡蝶様がゆっくりと口を開く。

「あなたに1つ、任務をお願いしたいんです」
「私に、ですか?」
「はい。あなたが適任だと思ったので呼んだのですよ。頼まれてくれますか?」
「勿論です!」

胡蝶様直々の指名による任務。それは一体なんだろうかと、期待と不安が綯い交ぜになりながらも胡蝶様の行動を注視していると、何時からそこにいたのだろうか、胡蝶様は御自分の足元から一匹の猫をひょいと抱き上げた。そしてそのまま私に「どうぞ」と差し出すものだから、訳がわからないまま受け取れば、猫は大人しく私に抱っこされた。全体の毛並みが白く、もう成猫といっても差し支えないであろうその猫は、目つきがとても悪い。まん丸い目の感じがどことなく不死川様を連想させた。

「えーっと?」
「その猫の面倒を、2、3日程みて欲しいんです。面倒をみている間は他の任務に出なくていいので」
「はぁ、わかりました」

私にしか出来ないと言われたので、もっと重大な任務ではないかと気構えていたところに、猫のお世話をと言われれば誰だって拍子抜けするだろう。何故猫の面倒をみるのに私が適任だと思われたのかわからないが、胡蝶様がそう思われるのならば期待に応えなければと火がついた。
これは蟲柱である胡蝶しのぶ様より直々に仰せつかった任務なのだ。気持ちを切り替えて猫に関する情報収集に努めた。


「この猫ちゃんの名前は何でしょうか?」
「猫の名前はまだないので、好きに名前をつけて呼んであげてください」

成猫なのに名前がまだ無いとは。もしかして蝶屋敷の誰かが拾ってきた元捨て猫なのだろうか。うーむと考え、ふと雌か雄によって名前が変わるなと気がついたので猫の両脇を抱えて猫ちゃんの下半身を目の高さにまで上げてみる。
わぁ真ん丸いふぐりが2つ付いている。雄なんだ。初めて見る猫のふぐりはなんて蠱惑的なのだろう。思わず見取れてしまう。

まじまじとふぐりを見ていると、宙に浮いていた猫の後ろ足が私の眉間ににぽすっと当たった。爪を立てられなくて良かった。猫ちゃんでも自分の股間を見られるのは羞恥心があるのかしら。ごめんねと言いながら膝の上に降ろせば、胡蝶様が前屈みになり体を震わせていた。
「胡蝶様、どうされましたか?どこか具合でも悪いのですか?」
私の言葉にもう堪えきれないといわんばかりにプッと吹き出して笑うものだから呆気にとられてしまった。胡蝶様がこんなに笑うのは初めて見た気がする。猫ちゃんのふぐりをまじまじと見る行為が変態に思われたのかしらと少し恥ずかしくなってきた。
一頻り笑い落ち着いたであろう胡蝶様は、瞳にうっすらと浮かぶ涙をさっと拭い、こちらを向き直した。

「ぷっ...ふふ、ごめんなさいね。これはその猫のお世話の道具です。ご飯皿とかが入っています。それとこの包みは......まぁ、そのうちわかりますから、このまま開けずに持っていてください。面白いので」
「はぁ...」

最後の言葉に引っかかりを覚えたが、きっとこれには平隊士の私には及ばぬ深い考えがあるのだろうと思い直した。
猫ちゃんの名前をシロちゃん(毛の色が白なので)と名付け、2つの風呂敷包みを持てばシロちゃんと一緒に蝶屋敷を出た。
「とりあえず私の家に行こうか。ちょっと遠いから抱っこさせてね」
そう言えばシロちゃんは私に抱っこされたまま大人しくしていた。


自宅である長屋付近まで来た時に「もう少しで着くからね」と声を掛けたら「にゃ〜」とシロちゃんが鳴いた。人間の言葉がわかるみたいである。シロちゃんは賢いね〜と頭をヨシヨシすれば、気持ち良さそうに目を細めて喉をゴロゴロ鳴らした。うーん。可愛い。2、3日といわずにずっと一緒にいたらダメなのかしら。でもなぁ、夜は任務でいないし昼間は寝ているし、場合によっては2、3週間任務で家に帰れない時があるから無理か。せめて今だけでも堪能しておこう。
住んでいる長屋に着き、自分の家の扉に手を掛けようとしたら後から呼び止められた。その声には聞き覚えがある。相手は同じ長屋に住んでいる男性だ。

「こんにちは。この時間に外にいるのは珍しいね」
「...こんにちは。ちょっと用事があったものですから。ではこれで」
ぺこりとお辞儀をし、扉を開けて足早に家の中へ入ろうとした。だが、服の袖を掴まれたためそれは叶わなかった。

「待ってよ。あの話、考えてくれたかなぁ?」
「何度も申し上げていますが、今お付き合いしている方がいるのでお応えすることはできません」
「こっちも何度も言うけどさ、本当に付き合ってるの?だって相手の男性が君の家に来たのを見たことがないよ。いつも相手の家に行ってるの?もしかしたら、それって付き合ってるんじゃなくて遊ばれているだけじゃないのかな」
「...失礼します」

掴まれた袖を力付くで振り払い、素早く体を扉にくぐり込ませてピシャリと扉を閉めた。少ししてから「僕なら君のことだけを愛すよ。だから考えでおいてね」と言い残して去っていった。
遠ざかる足音を聞き、ハァーーと溜め息をついてその場に座り込んだ。

私は鬼殺隊の風柱である不死川様とお付き合いしている。何度か任務でご一緒した事があったのだが、そこで何がどうなって気に入って頂けたのかはわからないが何度目かの任務を終えた後、「俺と付き合え」と言われた。尤も、その時はまさか男女の交際を意味するとは思わず「はい!どちらに行きましょう?」なんて笑顔で答えて怒鳴られたのだが。

柱は忙しい。故に不死川様より鎹烏に呼び出された時にのみ風柱邸に足を運び体を重ねていた。だが好きだとは言われたことがない。もしかしたら私以外に何人も呼ぶ相手がいるのかもしれない。付き合うというのは男女の体の交わりのみを指して言われたのかもしれない。だが、それでも。
「わかってるよ...それでも、遊ばれているだけだとしても、不死川様の事が好きなんだから仕方ないじゃない...」
目に浮かんだ涙をぐいと手で拭えば、シロちゃんが私の脚に頭をゴツゴツと寄せてきた。どうやら励ましてくれているようだ。今この時にシロちゃんがいてくれて良かった。そう思いシロちゃんの体をギュッと抱き締めたのだった。


一夜が明けて朝になった。
渡された風呂敷包みの1つに入っていたシロちゃん用のご飯皿に、朝餉となる猫まんまをよそってあげる。昨日、シロちゃんのご飯はどうしましょうと聞けば、胡蝶様から「猫まんまでもあげればいいんですよ。この猫は貴女が作ったものなら何でも喜んで食べますよ」なんて言われていたので半信半疑で作ったのだが、ぺろりと綺麗に平らげてくれる。食事を終えれば毛繕いを丹念に行い、私の膝上やら横にきて寛ぐ。
「あ、そういえばお米少ないんだった。買いに行かなきゃ」
私1人ならまだ持つのだが、このシロちゃんはなかなかによく食べるので残りの量では足りないのだ。

「シロちゃんも一緒に行く?」
「ニャー」

玄関の扉の前に立つ私に、シロちゃんはとてとてと向かってきたのでそのまま連れだって外に出れば、長屋から僅かに離れた場所で昨日の男性に呼び止められた。シロちゃんがこれでもかという位に牙を向き威嚇しているが、所詮は小動物と男性は見向きもしない。

「...何でしょうか」
「実は其処で冨吉爺さんが倒れてしまって。悪いんだが俺一人では動かせないから力を貸してくれないかな?」
「え、本当ですか?」

冨吉爺さんとは同じ長屋に住むご老人である。引っ越しの挨拶をした時に、離れて暮らす孫娘を思い出すよ。何かあったら遠慮なく言いなね。と優しく声を掛けてくれた人だ。それが本当なら一大事だと思い男性の後について行けば、路地裏に入り昼間なのに人気がない場所へとどんどん進む。
思えば、なんで力が無いとされる女性の私(実際には鬼殺隊士であり呼吸も使えるのだから、そうではないのだが)に助けを求めるのかと、真っ先に疑うべきであった。だが親しい老人の窮地に失念していたのである。
流石に何かおかしいのではと疑いはじめた瞬間に、その男性はくるりとこちらを向き瞬時に抱き締めてきた。

「ちょ、止めてください!離して!」
「いいじゃないか。僕の方が君のことを好きだよ。幸せにできる。きっとあっちの方も満足させられるよ...」

その言葉に全身の毛がぞわりと逆立つ。毛が逆立ったのは私だけではなかったようで、後を追ってきていたシロちゃんも興奮のあまり尻尾を爆発させて男性の脚にがぶりと噛みついた。
「いってぇ!!」
痛みのあまり、私を抱き締める腕が緩んだのでその隙に逃れ出れば、男性はシロちゃんを足で蹴り上げた。あっと思ったが、そこは流石に猫というべきかくるりと身を翻し、綺麗に着地をして再び男性に向かい威嚇する。と、耳がピクリと動いたかと思えばそのままシロちゃんは元来た道へと走り去ってしまった。
「とんでもねぇ猫だったな」
とんでもないのは貴男ですよ。とは口に出さず、これからどうしようか悩んだ。悩んだ末に導き出した答えは、この男性に地面と仲良くなってもらおうという事だった。
相手は鬼ではなく人間である。しかも体を鍛えているようには見えないので、平隊士の私の力でも難なく倒せるであろう。
冷静になり行動すれば、やはりともいうべきか男性はいとも簡単に気絶してくれた。


ああ、あの長屋にいられなくなるな。引っ越しをしなければ。この男性が起きる前に逃げなければならないので、夜逃げならぬ昼逃げだ。あの長屋はこの男性以外は気の良い人達ばかりだったし、風柱邸に近くて良かったのになぁ。
このまま此処に放置して物盗りにでも遭えば流石に可哀想かもしれないので、もう少し人目につきやすい場所で放置しようかしら。

地面にのびる男性をぼーっと見つめつつそんな事を考えていると、誰かがこちらに向かって走ってくる足音がする。まさか仲間がいたのかと思い身構えれば、現れたのは意外なことに不死川様だった。
珍しく息を切らし、額には汗が浮かんでいる。いつもは隊服の胸元を肌けさせているものの一番下の鈕は留められているのだが、今は一つも留まっておらず裾は出しっ放しである。白い羽織も着ていないし脚絆も巻かれていない。
あまりに珍しい格好に驚いていると、不死川様も地面に寝転んでいる男性を見て目を丸くした。

「そいつ、お前がやったのか?」
「あ、はい...」
「ハァーーッ...そうだよなァ。お前だって鬼殺隊士なんだしなァ...」

大きく溜め息をついたかと思えばそう呟いて頭をガシガシと掻いた後、ドシドシと此方に近付いて私の手を取り「行くぞ」とこの場を去ろうとする。
「え、でもこの人をこのまま此処に置いてくのは...」
物盗りにでも遭ったら可哀想だと続ければ、不死川様は眉根をギュッと寄せて苛立たしげに口を開いた。
「あ?構わねェよ。俺の女に手を出そうとしたんだ。放っておけェ」

『俺の女』という言葉にどきりとしてもう何も言えなくなり、ただただ不死川様に手を引かれるままについていった。何処に行くのだろうと思っていたが、辿り着いた先は私の住む長屋であった。家の中に入れば「すぐに荷物を纏めろ」と指示をしてくる。引っ越しをしなければならないとは思っていたが、なぜ不死川様がそれを知っているのだろう。それにまだ住む先も決まっていないのだがと恐る恐る言うと
「俺の家に住めばいいだろ」
なんて発言をされるのだから驚いた。

「な、なんでですか?一緒に住むなんてそんな...」
「付き合ってんだから別にいいだろ。ったくよォ...何が遊びだ。俺が遊びで女に手を出すような奴に思われてたのがクソ腹立つわァ!!」

ビキビキと青筋を立てて腕を組む姿に、これ以上の反論は非常によろしくないと悟った。一緒に住むかどうかは一旦置いておくとして、とりあえず荷物を纏めよう。そう思い部屋の中に目を向けると、畳の上にある風呂敷が目についた。
気になったものの、結局開けずにいたもう一つの風呂敷包みが乱雑に解かれて広げられており、そこには見覚えのある「殺」の字が入った白い羽織がぽつねんと置いてある。

ーーあれ?もしかして、もしかしてだけどシロちゃんって、もしかして...

暑いわけでもないのにじわじわと汗が滲み出てくる。恐ろしくて後ろを振り向けないでいる私の背中に揶揄する声が掛かる。

「人の股間をジロジロと見るなんて、名前ちゃんはとんだ助平だったんだなァ」



20210423
20210521加筆修正


prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -