2021/06/01

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「あのね、内緒よ。私ね...」

頬に朱を差し恥じらいを含んだ微笑みをうかべながら、こっそりと耳打ちされたお話は私の胸をも時めかせる内容であった。


甘露寺様とは任務でご一緒になった事が縁で親しくしていただくようになった。任務開始の際、隊士が一同に会した時に私の姿を見るなりその大きな瞳をキラキラと輝かせ「まぁ!今日は女の子もいるのね。一緒に頑張りましょう!」と両手をそっと優しく握られた時に感じた温もりは、甘露寺様の心の温かさでもあったのだと思う。鬼殺隊士の女性は男性に比べると圧倒的に少ないため、こんな私にも気にかけてくださったのだろう。
その日は、甘露寺様の活躍のお陰で隊士に死者を出す事もなく朝を迎えることができた。任務を終えた後、私の元に来られて「良ければ今日、私のお家でお茶でもどうかしら。一緒にパンケーキを食べましょう」と声を掛けてくださった時はそれはもう驚いた。


その日の午後、柱の邸に行くなんて初めての事に緊張しながら訪ねた私を甘露寺様は優しく出迎えてくださった。

「急に誘ってごめんなさいね。でも私達って必ず次があるわけではないでしょう?だから思い切って誘っちゃったの」

そう悪戯っぽく微笑む甘露寺様を見て、胸がつきりと痛んだ。
巣蜜を掛けたパンケーキなるものを初めて食べた時は、ふわふわと口の中で弾む食感と甘さにこの世にこんな食べ物があるのかと驚嘆したのを覚えている。私のその反応に気を良くされたのか、まだまだあるから一杯食べてねと嬉しそうに次々とお皿を差し出されたが、流石に全てお腹の中に入ることはなかった。

有り難い事に、その後も何度かお茶に誘って頂く機会があった。三度目の時には「甘露寺様なんて堅苦しく呼ばないで。蜜璃って呼んで頂戴」と言われたが恐れ多くて出来ないと伝えれば、少し寂しそうな顔をされた。そんな顔をさせてしまった事に申し訳なくなり、心の準備ができたら下のお名前で呼ばせてくださいと伝えれば「楽しみに待っているわ」とふわりと微笑んでくださった。
次に会える保証なんてないとお互い知っているのにその約束は交わされた。


そうして更に回数を重ねた時に、鬼殺隊に志願した切っ掛けが話題となった。私はよくある理由が入隊の切っ掛けである。それに対して甘露寺様の口から紡がれた言葉は全くの予想外であった。

「添い遂げる殿方を見つけるためよ」

その言葉にとても驚いたが同時に甘露寺様らしいなと、なぜか思った。不純な動機と捉える人もいるかもしれないが、結果として呼吸を生み出され柱にまで登りつめられたのだから、この方は凄い。

「気になる殿方はいるのですか?」

胸の高鳴りをそのままにそう尋ねれば、甘露寺様は頬を染めて御自分の胸の内をそっと私に耳打ちされたのだ。それを聞いて春の陽気のように優しく人の心を暖めてくれるこの人が、幸せになりますようにとただただ願った。
私と甘露寺様に「次」はなくてもいいから、甘露寺様とその御方の「次」は永遠に続きますようにと。



それから暫くして、鬼殺隊の悲願でもあった宿敵・鬼舞辻無惨を倒す事が叶った。
数多の犠牲を払って。

最終決戦を辛くも生き延びた私は、甘露寺様の、次いで伊黒様の訃報を聞いて呆然とした。鬼舞辻を倒せた事は勿論この上なく嬉しい。だが、やっと訪れた平和な夜にあの暖かい笑顔を見ることが出来ないのだと思うと、涙がぽろぽろと溢れ出てきた。そんな私を見て、可哀想に怪我が痛むのねと、隠の人が懸命に治療をしてくれた。体の痛み看てくれる人がいても、この胸の痛みは誰に訴えればいいのだろう。誰が癒やしてくれるというのか。
だが、人伝に伊黒様と甘露寺様は二人抱き合うようにして亡くなられていたと聞いた。きっと、最期の最後に想いが通じ合ったのだろう。そう思えば胸の痛みが少し和らいだ気がした。


甘露寺様のご遺体は生家の方が引き取りに見えられ、生家で管理されるお墓に弔われることとなった。伊黒様は戻る家が無いとの事で多くの鬼殺隊士達が眠る墓地の一角に。せめて死後は二人のお墓が並べばいいのにと思ったが、それが叶わぬ事に落胆した。
だがせめてもとの想いで、伊黒様のお墓に甘露寺様の刀の鍔を一緒にしてもらえないでしょうかと懇願した所、他の人達からも賛同を得られたのでそれだけは叶う形となった。


雪が溶け、桜が綻ぶ春が訪れた。
近々開かれる柱合会議を経て、鬼殺隊が解散されるとの噂を聞いたので、お二人に報告しようと墓前に赴くことにした。
花を添えて手を合わせ、心の中で語り掛ければ、私の中の甘露寺様がにこりと微笑む。

「私も、添い遂げる殿方を見つける事が出来るでしょうか。蜜璃さんのように」

それに返事をするかのように、風に揺れた木々がわさわさと音をたて、木々の隙間を縫うように優しい陽の光が伊黒様のお墓をキラキラと照らしたのだった。



「あのね、内緒よ。私ね、伊黒さんが好きなの」



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