の明るい夜、だんだん酔いの冷めてきたわたしは侑士とふたりきりで、静まり返った公園にいた。ひとつだけある古びた街灯は、あたりを不気味に照らしている。
公園のなかには、ブランコ、すべり台、それとどうぶつのかたちをした乗り物があった。それらはすべて長い年月をかけてすっかりくたびれてしまっているけれど、紛れもなくたくさんの子どもたちに愛されてきたしあわせな遊具たち。

わたしたちは、それらと同調せずつんとした出で立ちの、レンガ色で塗られた真新しいベンチに腰かけている。夏になる前にみたときは、ぼろぼろにささくれたベンチだったものだ。つい先週まで「ペンキ塗りたて」の紙が貼ってあった。

(塗りたてでなくなったベンチにわたしたちは座っている。新しいものではなくなっていく。このレンガ色のベンチもきっと、いつかはささくれてしまう。そしてまた、新しいベンチがこの公園にやってくる。誰がそのベンチに座るだろう。)

変化。わたしの一番恐れていること。





わたしたちは12歳のころ、氷帝学園という学び舎で出会い、共に学び共に過ごした。テニス部だった侑士はとても人気で、至って地味なわたしとは接点もなく、しいていうなら高等部にかけて6年間同じクラスだったという小さな奇跡のみだ。
高校卒業後、わたしも侑士も別々の道を進み、それぞれの恋をしたり、それぞれの愛を育んだりしてきた。12歳のころからの6年間、1年に1度会話をするかしないか程度だったし、連絡先は卒業式のときに交換した。そういえば6年間同じクラスやったね、そうだね、これもなんかの縁かもしれんし、アドレス聞いといてええ?会いたなったら連絡する、えー絶対ない、いやいや、おまえに会いたなること結構あんねんで、あはは、期待しないで待ってる、なんて具合に。
卒業して2ヶ月、大学生活にも慣れてきたころ、侑士からメールが来た。

来週、暇な日ある?

それからというもの、腐れ縁のようにたまに連絡をとりあって、お互いの近況報告を兼ねてごはんを食べたり、成人してからはお酒を呑んだりもするようになった。彼は心を許せる数少ない友人だ。一生こんな風に過ごしていける仲間だと、安心し切っていたのに。




"かれしほしー!"
"なんであんた彼女つくんないの?"
"ほらあの高2のアイちゃん?
あと、1年のときの優ちゃん?
そのくらいしかしらないや〜"

"まじめに聞いてほしいねんけど"
"おれは、昔からずーっと
お前のことが好きやで"

"…えー?なにそれおもしろい"

"冗談やなくて
ホンマはお前の、だれだれ君のどこが好きとか、ナントカ君と行ったホテルがどうとか、聞きたなかってん"

"なあ。
ホンマに。好き。
おれと付き合うて"


侑士と飲むときは、最初の一杯生ビールを飲んだらあとは梅酒にのまれてゆく、という飲み方をしているわたしは、まだ梅酒を"のんでいる"最中だった。


"待ってそれ、今する話?"

"今やなかったらいつするん?
また2ヶ月も3ヶ月もモヤモヤせなあかんの?
もう限界や。とりあえず出よ"







月明かりの下、わたしたちは人ひとりぶんくらいの距離でベンチに腰かけている。


「ゆうしさん、あの」
「好きや、なあ、頼む、ずっと俺のとなりにおって。俺だけのおまえでいたって」
「…わたしはあんたのこと、親友だとずっと思ってたし、今さら付き合うとか、できないよ」
「俺はずーっと、おまえのことが」
「うんわかった、その気持ちはすっごくわかった、うれしいよ」
「ほんま?ならなんで付き合うてくれんの?いいよって、言うてくれへんの」
「あのね、キミはね、絡み酒なのだよ。わたしは、みんなにこんな感じなんじゃないかと、疑っているわけだよ」
「…疑うな。知れ」

ふいに痛いくらいの力で引かれたわたしの腕は侑士の左胸を押さえた。とととととと、心臓がものすごい速さで鼓動を打っている。

そのあたたかさになぜだか泣きそうになり、そして恥ずかしくなってしまった。ととととと、わたしの心臓も動き出す。


「…な、わかる?おれ今、めっちゃドキドキしてん。おまえが、こんなに近いから」


今までにないほど侑士の顔が近付いた。こんなにまじまじと見たのは初めてで、やっぱりとっても端正で、けれどそれは今にも崩れてしまいそうだった。見たくなかった、と思った。


「…あかん。めっちゃチューしたい」
「…だ、だめ」
「…あかんの?」
「……こ、今度…」


ぽかん。彼は口を開けて、わたしの瞳をじっと見た。わたしは一瞬も目を合わせていることができず、思い切りうつむく。


「なあ、いまの、ホンマにほんま?」
「…いまは、酔っぱらってるから、正常な判断ができていないだけかもしれないし、そんなこと言ってないってわたしが言ったら、そういうことになるけど」
「えー何それー、ほんならいまがええんちゃう」
「…だから、そういうのはちゃんと、ちゃんとしてよ」


じぶんでもびっくりするほどせつない声が出た。こんなに想ってもらえてることにまるで気がつけなかったことと、いつかこうなったら、と考えたことがないわけではなくて、本当はとってもうれしいということとで、胸がいっぱいだった。


「…わかった、明日の夜、あいとる?」
「…この時間なら」
「じゃあ明日、この時間に、ここに来てください。お嬢に、大事なお話があります」


彼の泣きそうで楽しそうな表情は、ああそうだ、いつも見ていた。




moonlight garden
121018


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