のてっぺんからだんだんと紅葉が降りてきて、街の木々も染まり出す。カーディガンは綿からウールへ、猫の毛並みはさらさらからふわふわへ。秋も深まりいよいよ冬に差しかかる頃、我が家にはこたつが登場する。十一月末のとある日曜日。この時期になるとジローが嬉々として押入れの奥からせっせと引っ張り出し、リビングはたちまちにぎやかな装いを見せる。ジローが足を入れるより先に、猫がどっかりとこたつ布団に陣取った。あっ俺が出したんだから俺が先だし!という声を耳に、仁義なき闘いへの思いを馳せる。冷え性のわたし、こたつでの居眠りが宇宙イチしあわせな居眠りだと豪語するジロー、そしてこたつを冬の棲家とする我が家の猫。ふたりといっぴきの闘いは春も半ばに差し掛かるころまで続けられるため、年の半分近い期間、このこたつはリビングに鎮座し続けることになる。

今夜のすき焼きの割したを煮詰めていると、冬の空気を身体中にまとったジローが帰ってきた。19時。いつもより30分ほどはやい帰宅だ。冬場は大体この時間に帰ってくる。日の落ちた街はますます冷え込み、部屋の灯りが帰路を急がせるのだろう。


「ただいまぁ。いい匂い〜」
「おかえり。今夜はすき焼きですよ」
「まじ!うまそ〜」


トントントントントン。ネギを刻む。なるべく細かく。わたしの実家のすき焼きの割したには刻みネギが入っていて、これがまた絶妙なバランスを保つ。まな板の独特なリズムがまた食欲を掻き立てる。

ジローが後ろから腕を回してきた。心臓の鼓動がすこし速まる。見かけによらずたくましい腕。わたしはすっぽりと収まった。こういうシチュエーションは、何年経っても慣れないものだ。


「ちょうどお風呂沸いたところ」
「ん〜、やっぱり、ここがいちばんだなぁ」
「このあいだは、こたつが宇宙一って言ってなかったっけ」
「うん、そのとおり。だからキミはね、大気圏外のそのまた外の、いちばんなんだ」
「なんじゃそりゃ」
「要するに、おれのいちばんなんだってこと〜!」
「それはそれは、光栄ですこと」
「うん、ただいま」
「はい、おかえりなさい」


目を合わせてきちんと挨拶をして、軽快であたたかなキスを交わして、満足気な笑みを浮かべながらわたしの頭を二度三度と撫でる。これはジローと暮らしだしてからずっと、まいにちの習慣。

それからのジローは、スイッチはとっくに切れた保温状態のこたつの中をのぞいて、挨拶をしてから、バスタイムだ。

ただいまぁ。今日もかわいいねぇ、眠たいの、そう。おれも眠たいよ、あとでいっしょに寝よう。
よし、それじゃ、3秒で入ってくる!腹ペコだし。

ネクタイを緩めながらニコニコとバスルームへ消えて行くジローを横目で確認し、最後の仕上げにとりかかる。(3秒では出てこないので、上がってくるころにちょうど食べられるように)

しばらくすると、ジローの鼻唄がまるで天国から聞こえているかのように、甘じょっぱい匂いの充満した部屋中へ、カーテンのすき間をすり抜け窓を越えて外へと響き渡る。なにを歌うでもないけれどそれはとてつもなくハッピーで、外にいる街の人たちの足をさらに急がせることになるだろう。

わたしはこの瞬間、誇らしく、満ち足りた気持ちになる。きっとジローは天界からの使いで、いつまでもあの姿のまま歳を取らないで、しわしわになったわたしを空まで連れて行く役目でここにいるのかもしれない。それも悪くないな。ずっと一緒に居たいな。

我が家の天使のはなうたを聞きながら、にんじんをいつものかたちにくり抜いた。




バスルーム
121101
200603 加筆修正


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