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Starlet

「タマキ、記憶喪失なんだって」
 病室のベッドで聞かされた思いがけない言葉に、俺はわずかに瞠目する。
「え?」
「あいつ、崖から落ちたときに頭を打ったんだって。それでカナエのこと、ぜんぜんおぼえてないんだって」
 レイの言葉はどこか遠くから聞こえてくるようだった。
 タマキ君が記憶喪失? 俺のことを覚えていない?――なかなか内容を飲み込めなくて、俺はしばらくの間、なにも言葉を発することができなかった。
「…………そう」
 やがて瞳を伏せてそう答えた俺に、レイが複雑そうな表情で訊ねてくる。
「カナエ……やっぱりショック……?」
 俺はゆるゆると首を横に振ったあと、すこしの間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「……ひとは誰かとさよならすると、生まれ変わるってきいたことがあるんだ」
「え?」
「それって、こういうことなのかな……」
 ポツリと呟いた俺に、レイはかすかに眉をひそめる。
「カナエ……?」
 不安そうに覗き込んでくるレイの大きな緋色の瞳には、ひどく虚ろな表情をした自分の姿が映っていた。焦点の合わない夜の海のような昏い虚無の色の瞳と出会い、俺ははっと我に返る。
「カナエ……」
「大丈夫だよ、レイ……」
 俺は安心させるように、レイに向かって弱々しく微笑んでみせる。
「大丈夫……」
 そう言って、俺はちいさく息を吐く。
 と、その瞬間、ズキリと胸に軋むような鋭い痛みが走り、俺は顔をしかめる。時間差で襲ってきた衝撃に、なんだ、やっぱりショックを受けてるんじゃないかと、半ば自嘲気味に俺は思った。なんにも感じなかったから平気だったのかと思ったけれど、そうじゃなかったんだ。あまりにもショックが大きすぎて麻痺してしまっていただけだったんだ。……その事実に、俺はなんだか唐突に泣きたくなってしまう。
「カナエ、具合悪いのか? やっぱりまだ傷が痛む?」
 胸を押さえて俯いてしまった俺を見て、レイが心配そうに訊ねてくる。
「……ちょっとね」
「待ってろ、すぐに医者を呼んでくるから」
「……ごめんね、レイ」
「いい。カナエは横になって休んでて!」
 そう言い置いて病室の外へと駆けていったレイの後ろ姿を見送ったあと、
「……ごめんね……」
 俺は顔を伏せて、もう一度ちいさく謝罪の言葉をつぶやいた。


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