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カレーの歌

 カナエは甘口のカレーが好きだった。

 タマキがトキオとカナエと三人で一緒に暮らしていたとき、ある日トキオから、今晩はカレーにするけどルーの辛さは甘口と辛口と中辛のどれがいいかと訊かれたことがあった。タマキは中辛、カナエは甘口とそれぞれ答えた。
 甘口なんておまえお子様だな、とタマキが呆れたように言うと、辛くても食べられないことはないけどあんまり舌が慣れてないんだ、とカナエが困ったような笑みを浮かべた。レイが甘いのしか食べきれなかったから、いつもアマネが作ってくれるカレーが甘口だったんだよね、と。
 ふたりの折衷案として、結局トキオは甘口と中辛のルーを半分ずつ入れたカレーを作ってくれた。トキオ自身は辛口が好きだということだったが、タマキがいいのかと確認すると、俺はお兄さんだからルーが辛くなくても我慢するよと言って笑っていた。その代わり肉は牛肉にさせてね、とも。
 だから、タマキがトキオとカナエと三人で一緒に暮らしていたときは、カレーといえばいつも、ルーは甘口と中辛の半々の、牛肉が入ったものだった。


「おかえり、タマキ」
 仕事から帰ってきたタマキに、非番だったトキオがキッチンから声を掛ける。
「ただいま」
「お疲れさん。腹減ってるだろ? すぐ飯にするから手洗ってこいよ」
「うん、サンキュウ」
 玄関を開けた瞬間に漂ってきた匂いで、夕飯のメニューは訊かなくてもすでに分かっていた。タマキが洗面所で手を洗い終えてからリビングに行くと、木製のテーブルの上にはすでにトマトサラダとプレーン・ラッシー、そしてカレーライスが用意されていた。
 すでに席についているトキオの正面の椅子に腰を下ろすと、タマキはトキオと一緒にいただきますと合掌する。それから、おもむろにカレーライスを頬張った。
(……あまい)
 カナエとトキオと三人で一緒に暮らしていたときとおなじ、甘口と中辛のルーが半分ずつ入った、牛肉入りのカレーだ。タマキの好みよりは若干甘い。
 スプーンで多めに掬って、もう一度口に運ぶ。
 タマキはふと、いつも食べてたのよりはやっぱりちょっと辛いや、と情けなさそうな笑みを浮かべていたカナエの姿を思い出す。あのときとおなじ味のカレーを食べながら、おかしさと切なさとで、鼻の奥がツンと痛くなった。
(……全然辛くないし)
 自分は中辛が好きでトキオは辛口が好きで、本当はふたりともこんな甘めの味のカレーが好きなわけじゃないし、カナエが死んでしまったいま、続けなきゃいけない理由もどこにもない。
(……やっぱり甘いし)
 それでもきっと、これからもずっと自分はトキオとふたりでこの味のカレーを食べていくのだろうとタマキは思った。そうしていつか、カナエとの想い出ごと、これが自分とトキオの家庭の味として定着するのだろう。カレーはこれじゃなきゃ絶対に嫌だと思うようになるのだろう。
「タマキ、おいし?」
「うん、美味しいよ」
「そ。よかった」
「……トキオ」
「ん?」
「……いつもありがと」
「うん。……愛してるよ、タマキ」

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