スウィート・リフレイン
 そろそろ休もうかと、すでに照明の落とされた真っ暗な寝室にカナエが入ると、
「……カナエ?」
 起こしてしまわないように殺していたはずの気配に気付いたのか、先にベッドに入っていたタマキが、小さくカナエの名前を呼んだ。
「タマキ君、まだ起きてたんだ……」
 てっきりすでにタマキが眠っているものだとばかり思っていたカナエは、ベッドサイドの間接照明を点けながら、申し訳なさそうな声で言う。
「ごめんね、もしかして俺が起こしちゃった?」
「いや、違う」
 上半身を起こしたタマキは、そう言って小さく首を横に振った。
「そう? でも、最近タマキ君忙しかったし疲れてるでしょ。もう寝ないとね」
 カナエはタマキの前髪をかきあげると、そっと形の良い額にキスを落とす。自分をじっと見上げてくる黒い瞳を見つめ返しながら、カナエは優しい茶色の瞳を細めて笑った。
「おやすみ、タマキ君」
「うん……おやすみ……」
 そう答えはしたものの、タマキはなかなか再び横になろうとはしない。布団の端を持ち上げてタマキの隣に身体を滑り込ませながら、カナエは不思議そうに首を傾げる。
「タマキ君? どうしたの?」
「あのさ、カナエ……」
「うん?」
「あのさ……その……したいんだけど……」
「え? なにを?」
「な、なにって……」
 困ったように視線を泳がせるタマキを見て、カナエは更に不思議そうに首を傾げる。
「タマキ君?」
「いや、あの、だからさ……」
 タマキはもごもごと口ごもったあと、恥ずかしそうに耳を真っ赤に染めて俯く。やがて、意を決したように顔を上げると、いきなり勢い良くカナエに抱き着いた。
「えっ、タマキ君?」
「だ……抱いてほしいんだけど……」
 顔を見られないように背けながら、タマキは聞こえるか聞こえないかの小声でぼそぼそと言う。思いがけない言葉に、カナエの心臓がドキリと跳ねた。
「え……っと……」
 見ると、タマキの耳は先程よりも更に赤く染まっている。カナエはふっと幸せそうな笑みを浮かべると、タマキの身体をぎゅっと抱きしめた。柔らかな黒髪を撫でてやりながら、そっとタマキの耳許へと唇を寄せる。
「ごめんね……よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれる?」
 わざと低く甘い声で、カナエが囁く。耳朶に熱い吐息が掛かって、タマキはぞくりと身体を震わせた。ばっとカナエから身を離すと、タマキは真っ赤な顔で叫ぶ。
「バカ、言うかっ!! ていうかおまえ、本当はちゃんと聞こえてたんだろ!?」
「……えへへ?」
「えへへ、じゃないっ」
「ごめんね、タマキ君」
「おまえそれ、全然悪いと思ってる顔じゃない」
「ひどいなぁ……」
 ヘラヘラ笑っているカナエの顔を上目遣いで軽く睨んでから、タマキは溜め息をついた。
「ったくおまえ、なんでいつも恥ずかしい台詞に限って二回言わせようとすんだよ……」
「ごめんね。嬉しかったから、もう一回言ってほしいなって思ったんだ」
「……バカっ!!」
「ね、だからもう一回言ってくれない?」
「嫌だ!! 絶対言わないっ!!」
「えー」
 情けなさそうな、けれどどこか楽しそうな表情でヘラヘラ笑っているカナエを見ながら、タマキはもう一度ふうっと大きく溜め息をつく。それから、少し気弱な声で続けた。
「あのさ、カナエ……したくないなら、もうべつにいいから」
 タマキの言葉に、カナエはキョトンとした表情でパチパチと数度まばたきをする。ふと手を伸ばしてタマキの頬に触れると、親指の腹で柔らかな輪郭をなぞりながら、ゆっくりと口を開いた。
「……俺がタマキ君としたくないなんて言うと思う?」
 やけに艶っぽい表情で囁かれて、さっとタマキの頬に熱が集まった。恥ずかしさを隠すために、タマキはわざとぶっきらぼうな口調で言い返す。
「……じゃ、じゃあさっさとしろよ、バカ」
「うん」
 カナエはクスリと笑うと、タマキの唇にちゅっと音を立ててキスをした。
「……愛してるよ、タマキ君」
 唇を少し離しただけの距離で囁いて、カナエはまた啄むようなキスをする。柔らかくて少し湿ったカナエの唇の感触が好きだ、とタマキは思った。何度も繰り返されるキスに、嬉しいような困ったような表情になりながら、タマキはカナエの背中にゆっくりと腕を回した。
「うん……。俺もおまえを愛してる」
 タマキが言うと、カナエはひどく幸せそうな表情でへにゃりと笑う。もう一度ちゅっと音を立てて唇にキスをしたあと、カナエはタマキの身体を愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。
「ね、タマキ君……もう一回言って?」
「……だからおまえ、その二回言わせようとすんのいい加減やめろって」
「えー」

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