a friend like you

「はあ〜今日は疲れた……」
 任務終了後の簡単なミーティングを終え、キヨタカが解散を告げたのは21時前のことだった。席を立ち、大きく伸びをしながらタマキは欠伸混じりに呟く。
「お腹も空いたけど、いまから家に帰って料理すんのは面倒臭いなあ……」
「じゃあタマキ君、これから一緒にファミレスでご飯食べて帰らない?」
 いつのまにか隣に立っていたカナエの提案に、タマキはにっこり笑って頷く。
「おっ、いいな!」
「カナエ君とタマキちゃん、ファミレスに行くの? 僕も一緒に行きたい!!」
「あっ、タマキが行くなら俺も……!!」
「え……アラタはともかく、カゲミツ君まで一緒に来るの?」
「カナエ、テメェなんだその嫌そうな顔は!?」
「えっ? べつに嫌そうな顔なんてしてないよ。ただ、カゲミツ君がワゴン車から出てくるなんて珍しいなあって思っただけで……」
「ちっ……どうだかな!!」
「まあまあ……。せっかくだからみんなで一緒に行こうぜ! 大勢で食べたほうが美味しいしさ」
 取りなすようなタマキの言葉と笑顔に、カナエとカゲミツは言い争うのをやめる。タマキはよし、というように大きく頷くと、デスクで残務処理をしているキヨタカの方を向いて頭を下げた。
「隊長、お疲れさまです。お先に失礼します」
「ああ……お疲れ、タマキ」
 眼鏡の奥の瞳を優しく細めながら、キヨタカが労いの言葉を掛ける。タマキはもう一度キヨタカに向かって勢い良くペコリと頭を下げたあと、
「ヒカルもお疲れさま」
 そう言って、今度はソファーでパソコンをいじっているヒカルへと笑顔を向けた。ヒカルはヒラヒラと手を振ってみせる。
「ああ、また明日な」
「タマキちゃん、早く行こうよ〜!!」
「わわっ、引っ張るなって……」
 腕に絡みついてきたアラタに引き摺られるようにして部屋を後にしたタマキの姿をなんとなく見送ってから、ヒカルはやれやれとひとつ溜め息をついた。
 ドアの向こうからは、まだアラタとカゲミツの騒がしい声が聞こえてきている。たまにカナエとタマキの声もするが、どうせまたカゲミツがあんまりタマキにベタベタして迷惑を掛けるなとアラタに注意をし、逆にアラタから単に羨ましいだけだろうとからかわれているに違いない。その光景が目に見えるようだ。というか、実際に今まで何度もそんな光景を目にしてきた。
「なんでみんなそんなにタマキがいいかねえ……」
 ヒカルは呆れたようにぼそりと呟く。キヨタカはチラリとからかうような視線を向けた。
「なんだヒカル、嫉妬か?」
「はああ〜? なんでそうなるんだよ?」
 ヒカルは心外だというように盛大に眉を顰めてみせる。キヨタカは唇の端を持ち上げて余裕げな笑みを作った。
「そうか? てっきり俺がタマキを可愛がっているのを見てヒカルが嫉妬してるのかと思ったんだがな」
「バーカ、そんなんじゃねえし……」
 言いながら、ヒカルはノートパソコンの蓋をパタンと閉じる。
 たしかにキヨタカは他のメンバーに比べてタマキには甘いし、しょっちゅうタマキのことを可愛いと言っている。それに対してまったく嫉妬しないとは言わないが、けれどこれは、決してそんな理由からの発言ではない。
 膝に置いたノートパソコンの上に頬杖をつきながら、ヒカルは自身の考えをまとめるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「いや、たしかにタマキは可愛い顔してるとは思うんだけどさ……にしても、みんなちょっとタマキのことが好きすぎるんじゃないかって思ったんだよ」
「やっぱり嫉妬か?」
「だから違うって! そうじゃなくて、俺は個人的にはタマキよりもカゲミツの顔のほうが断然好きだから、ちょっと不思議に思っただけっつーか……」
「ほう……そうだったのか?」 
 キヨタカは意外そうに片眉を上げる。ヒカルはこくりと頷いた。
「基本的に俺、可愛い系よりも綺麗系のほうが好きなんだよ」
「ふむ……」
 キヨタカは顎に手を当て、少し考え込むようなポーズをしたあと、
「まあ、その好みは理解できなくもないが……だが、べつに例に挙げるのはカゲミツじゃなくてもいいんじゃないか? ナオユキのほうが美形だろう?」
 と、至極もっともな疑問を口にした。たしかにカゲミツは口を開きさえしなければ西洋の王子様然とした品のある顔立ちをしてはいるが、単純にJ部隊で一番美形なのはナオユキだ。ヒカルは、キヨタカに指摘されて初めてそのことに思い当たったというような顔をした。
「あー……まあ言われてみればたしかにそうなんだけどさ。でもなんか、俺にとってカゲミツはやっぱりちょっと特別なんだよなあ……」
 あさっての方向を見て頬を掻きながら言ったヒカルに、キヨタカは訝しげな視線を向ける。
「どういう意味だ?」
「キヨタカも知ってるだろ? カゲミツの西洋人形様時代」
「ああ、まあな」
「俺さ……実は昔、ちょっとカゲミツに憧れてたんだよな」
 そう言うと、ヒカルは普段の彼らしくない、少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。
 金髪に琥珀色の瞳、色白の肌という日本人離れした容姿のカゲミツは、子供の頃に嫌々連れられて行ってずっと両親や二人の兄の影に隠れていた社交界のパーティー会場でも、彼の一学年下で通っていた師範学校でもひどく目立っていた。
「綺麗だなって、そう思ってた」
 いまでこそ短髪で年中ツナギ姿のカゲミツだが、昔のカゲミツは金髪の長い髪を後ろでひとつに結い、社交界のパーティーでは高級な夜会服に身を包んでいた。パーティー会場でひとり壁際に立ち、下世話な話題に花を咲かせる貴族連中を冷めた目で見つめていたカゲミツの不機嫌そうな美しい横顔を、ヒカルは今でもよく覚えている。
「ほら、俺の容姿って地味じゃん? べつにブサイクってわけじゃないけど、人目を引くほどの美形ってわけでもタマキみたいな可愛らしい顔立ちでもないからさ……出来れば俺もカゲミツみたいな容姿になりたかったなって」
 なるべく自虐的に聞こえないようにと、つとめて軽い、明るい口調でヒカルは言う。自分の情けないコンプレックスを、できればキヨタカには知られたくなかった。
「あと、学生時代のカゲミツは周りに取り巻き連中なんかもいなくて、なんかそういうのも格好良いなって思ってた。その頃の俺にはまだ、宮家の人間ってだけで近づいてくる人間を拒否する勇気はなかったからさ……」
 ヒカルが自分の意志をハッキリ表示できるようになってきたのは、ここ数年のことだ。事件を起こしてキヨタカの元に逃げてくるまで、ヒカルはずっと籠の中の鳥だった。二人の兄の影に隠れてばかりの、引っ込み思案の宮家の末っ子。キヨタカのそばで暮らすようになり少しずつしっかりしてきた気もするけれど、それでもきっと、根本的な部分では自分は甘ったれの宮家の末っ子のままなのだと思う。
「……まあ、この部隊に入って実際に親しくなってみて、べつにカゲミツが孤高の人でもなんでもなんでもなく、ただ単に人付き合いが下手なだけの不器用な人間だったんだってことが分かったんだけどな」
 言いながら、ヒカルは思わずクスリと笑みを漏らした。
 今のカゲミツは、頭は良いのにどこか残念なところもある、いつも不機嫌そうな顔をしていた昔の彼からは想像できないくらいに喜怒哀楽が豊かな、不器用で人間くさい愛すべき男だ。こと恋愛に関しては呆れるくらい奥手で、いまどき小学生でももっと積極的だぞと、はたで見ているこっちがじれったくなるほどだ。
「……まあでも、俺はそんなカゲミツのことをすげえ良いヤツだって思ってるし、大事な親友だって思ってる。他人をまったく寄せ付けないようなピリピリした雰囲気だったあの頃のカゲミツよりも、今のヘタレなカゲミツのほうがよっぽど感じが良いし好きだなって思うんだけど……」
 そこで一旦言葉を切ると、ヒカルは続きを言うかどうか少しだけ迷うような素振りを見せたあと、唇を舌で湿らせてから、ゆっくりと言葉を継いだ。
「それでもさ……それでも、なんかたまに、無性にあの頃の自分に自慢したくなるんだよな。俺はあの西洋人形様と――イチジョウカゲミツと親友なんだぞって。凄いだろって」
 自分でもバカみたいだと思うけどさ、と呟いて、ヒカルは再びあまり普段の彼らしくない、少し照れ臭そうな幼い笑みを浮かべた。
「……もしかして、おまえが髪の毛をオレンジに染めたのはカゲミツの影響か?」
 いつの間にか隣に来ていたキヨタカが、ヒカルのオレンジの髪の毛の先をつまみ上げながら訊ねる。
「あ〜……もしかしたらそれもちょっとあるかも」
 自分の髪の毛の先にくるくると絡ませてくるキヨタカの指を見つめながら、ヒカルは答えた。元はキヨタカとおなじ漆黒だった自分の髪の毛。
「さすがに金髪は似合わないかなって思ってやめたんだけどな。俺の顔はカゲミツみたいな西洋人っぽい造りじゃないからさ……」
 苦笑しながらヒカルは言う。視界の端に映る、自分のオレンジ色の髪の毛を愉しそうに巻きつかせているキヨタカの指を、ヒカルはとても綺麗だと思った。
「……ていうかキヨタカ、いまのはなしカゲミツには絶対言うなよな!?」
 よく考えてみると、なんだか随分と恥ずかしいことを告白してしまったような気がする。ふと我に返ったヒカルは、キヨタカを上目遣いでじっとりと睨み上げた。
「言いやしないが……なんだか妬けるな」
「え?」
「いや……」
 キヨタカはふとヒカルの髪の毛を弄るのをやめると、そのまま右手を移動させ、ヒカルの頬を包み込む。親指の腹で頬を優しく撫でてやりながら、
「俺はカゲミツよりもおまえの容姿のほうが好きだぞ、ヒカル」
 と、わざと甘く低い声で囁いた。途端、ヒカルの頬にサッと朱が差した。
「ああ……顔というか身体かもしれないが。あんなカゲミツみたいな薄っぺらい身体ではまったく興奮しないからな」
「……変態」
 目許を赤く染めながら上目遣いで睨んでくるヒカルを見つめながら、キヨタカはふっと、どこか懐かしそうに瞳を細めた。
「たしかに子供時代のカゲミツはそれこそ口さえ開かなければ西洋人形みたいで可愛かったがな……でも、おまえの子供時代も可愛かったよ、ヒカル」
「……キヨタカ?」
 たしかに決して人目を引くような美形ではないかもしれないが、ヒカルは宮家の人間らしい和風のスッキリした端正な顔立ちをしているとキヨタカは思っている。本人は自信がないようだが、もっと自信を持てばいいのにと思う。とはいえ、自分がヒカルを好きな一番の理由は、おそらく彼の容姿ではない。

 ――ここからだして。

 あの頃のヒカルは、それが口癖だった。
 カゲミツとは違って恥ずかしがりやで引っ込み思案だったヒカルの、けれどもそんな彼がハッキリと口にした強い願いを、キヨタカはいつか自分が叶えてやりたいと強く思っていた。年上の自分に対して「だしてください」ではなく「だして」と言い、いつか必ず出してもらえると信じていた、あまりにも育ちが良い人間特有の無垢な傲慢さに、キヨタカは幼い頃からずっと惹かれていたのだ。
「俺は昔からおまえのことが好きだよ、ヒカル」
「キヨタカ……」
 ヒカルはそっと瞳を閉じる。と、優しいキスが目蓋に降ってきた。
 J部隊はキヨタカが自ら選んだだけあって、みんな能力だけじゃなく見た目の偏差値も高い。キヨタカはタマキに対してはあからさまに甘いし、べつに好みではないのかもしれないけれど、カゲミツもナオユキもユウトもカナエもアラタも、みんな自分よりも容姿が良い。決してキヨタカのことを信じていないわけではないが、それでもどうしても不安になることはあった。
 カゲミツの容姿に憧れていたから――それも嘘じゃないけれど、だけどきっと自分が髪の毛をオレンジ色に染めた理由は、周囲のみんなに埋没してしまわないようにだ。少しでも派手にして、キヨタカの目に留まっていたかったからだ。
「なあ、キヨタカは俺が黒髪のままのほうが良かった?」
 ヒカルは上目遣いで訊ねる。優しくヒカルの髪の毛を撫でながら、キヨタカはサラリと答えた。
「どちらでもいいさ。昔の黒髪のヒカルも今のオレンジの髪のヒカルも、どっちのヒカルも可愛いよ」
「うん……」
「で、おまえはどうなんだ、ヒカル?」
「なにが?」
「おまえはカゲミツの容姿が好きだと言ったが、俺の容姿のほうが好きだろう?」
「……バーカ」
 ヒカルは上目遣いのまま、目許を赤く染めながら軽く睨む。キヨタカの容姿なんて大好きに決まっているが、そんな恥ずかしいことを改めて訊かれても困る。
「……可愛いな」
 キヨタカはふっと満足気に口許を緩めると、恭しい動作でヒカルの左手を取り、そっと薬指の根元にキスを落とした。
「……っ」
 触れられた瞬間、ぞくりとした快感にも似た刺激がヒカルの背中を走った。
 ギリシャ神話や古代エジプトでは、左手の薬指にだけ心臓に直接つながる血管があると考えられていたと聞いたことがある。婚約指輪や結婚指輪をする指だ。わざとそこに口付けをしてくるところが、キヨタカのいやらしいところだとヒカルは思う。いやらしくて格好良くて、ああ、やっぱり自分はどうしようもないくらいキヨタカのことが大好きだと思う。
「……そこだけじゃ、やだ」
 ヒカルはポツリと呟く。わざとぶっきらぼうな口調で言ったけれど、どこか甘えるような響きになってしまった。キヨタカは今度は手の甲に口付けてから、
「――仰せのままに」
 と、少しだけ笑いを含んだ、ひどく愛おしげな声で囁いた。ヒカルはキヨタカの首に両腕を絡ませるようにしてぎゅっと抱きつくと、そっと瞳を閉じ、優しい温もりが唇におりてくるのを待った。
← →
list top

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -