ディストピア・カレイドスコープ

「なあアマネ、抱いてくれよ」
 ノックもなしにいきなり自室の扉が開いたかと思うと、一言の謝罪もなく出し抜けにそう言われ、机で作業中だったアマネは、わずかに呆れたような視線をタマキに向けた。
「……カナエに抱いてもらうんじゃなかったのか?」
 ほんの数時間前、アマネ達四人は、シンジュクの街のあちこちに爆弾を仕掛け、一斉にそれを爆破させるという大規模なテロ攻撃を行なった。あのとき、タマキはたしかカナエにこれが終わったら抱いてくれと迫っていたはずだ。
「断られた」
 タマキはムッと唇を尖らせる。
「アマネが俺を抱くのは駄目だって言ったって。……アマネ、カナエにそう言った?」
 言いながら、タマキは後ろ手で乱暴に扉を閉めた。バタンと大きな音を立てて閉まるドアに、アマネは少し不快げに眉を寄せる。それから、あまり抑揚のない声で答えた。
「……いいや」
「ちっ、やっぱりな」
 タマキは忌々しげに舌打ちをする。その後、諦めたようにふうっと大きく嘆息すると、
「……ま、わかってはいたけどね」
 そう言って、タマキはドサリとベッドに腰を下ろした。安い寝具がギシッと大きく軋む。アマネは贅沢に興味はないらしく、自分の身の回りのものにお金を掛けることをしない。タマキは身体を揺らしてわざとギシギシと癇に触る音を立てながら、続けた。
「あいつ、全然俺に触ろうとしないし、それどころか目すら合わせようとしないもんな」
「ふっ……随分と嫌われたものだな」
「ちぇっ。誰のせいだと思ってんだよ?」
 身体を揺らすのをやめると、タマキは上目遣いで軽くアマネを睨む。言葉とは裏腹に、どこか甘えたような、誘うような眼差しだ。
「……まあでもべつにいいんだ。カナエが俺のことをどう思ってても、俺はカナエのことが好きだからさ」
 タマキは立ち上がると、座っているアマネの側まで近づき、後ろから抱きついた。
「なあ、アマネ……仕事なんかやめて、早く抱いてくれよ」
 ふっと息を吹きかけると、アマネの耳朶を甘噛みしながら、耳元で囁く。
「……おまえは、カナエのことが好きなんじゃなかったのか?」
「俺はカナエのことが好きだけど、でも、アマネのことも好きだよ」
「ほう……どうしてだ?」
 タマキの好きなようにさせたまま、アマネは無表情な声で訊ねる。
「似たもの同士だから」
 そう言うと、タマキは唇の両端をあげてニッと笑う。意外な答えだったのか、アマネは訝しげにかすかに眉を寄せた。
「似たもの同士だと……?」
「俺たちはふたりともカナエのことが好きなのに、カナエから相手にされてないだろ?」
「……成程な」
 アマネは薄く笑む。おまえと一緒にするなと一蹴することもできたが、それよりも興味深い考察だとアマネは思った。どうやらタマキは完全に狂ってしまったわけではなく、思考を放棄しているわけでもないようだ。けれど、それでも彼がここに自ら望んで留まっているという状況を、アマネはひどく面白いと感じた。
「あーあ……なんでカナエは俺を抱いてくんないのかな……」
 アマネからふと身体を離すと、タマキはつまらなさそうに呟いた。
「カナエは、俺が狂ってるとか思ってんのかな……」
 タマキはベッドに身体を投げ出すと、天井を見つめながらぼんやりと口を開く。
「俺がクスリを打たれてアマネにずっとヤラれてる間さ……あのときは正直、頭のネジが飛んでたっていうか、あんまりいろんなことが理解できなかったんだけどさ……。でも、あとになって正気に戻ったときに、なんかずっとカナエが悲しんでたなってこととか理解できたんだよな……」
「……ほう?」
 アマネは片眉を上げる。なかなか興味深い症例だと思った。アマネは立ち上がると、ベッドの縁に腰を下ろし、ふとタマキの柔らかい黒髪に手を伸ばした。
「アマネ……?」
 タマキは不思議そうにアマネを見上げる。アマネは短く告げた。
「……続けろ」
「うん……。不思議なんだけどさ、あのときはクスリのせいでちょっと頭がおかしくなってて、誰になにをされてもなにを言われてもあんまりわかんなかったんだけど、でも、そんな状態でもちゃんと言われたことってどうやら覚えてるもんみたいでさ、あとになって急にその意味が理解できたりするんだよ……。俺がアマネにヤラれ続けてるあいだ、カナエはずっと悲しんでて、俺がこうなったのは自分のせいだって泣いてたなって……」
 タマキはアマネに髪を撫でられながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺はカナエのことが好きだからさ……カナエにこれ以上悲しんでほしくないって思って、それでここでの生活を受け入れようって思った。だからたぶん俺は、カナエが思ってるほど狂ってないし、昔と変わってもいない。それなりにいまの暮らしに満足してるし、べつに不幸なわけでもない……」
 タマキは上半身を起こすと、そっとアマネの唇に自身のそれを近づけた。
「ふ……んぅ……っ」
 タマキはより深くくちづけようと舌先を伸ばすが、アマネはなにも応えようとはせず、唇は固く閉ざされたままだ。やがて不満そうな吐息とともに、アマネの口内への侵入を諦めたタマキの舌が、アマネの唇をペロリと舐めて離れた。
「ちぇっ……アマネの意地悪」
「……淫乱だな。これのどこが昔と変わってないんだ?」
 アマネは少し呆れたように言い放つ。タマキは唇を三日月の形にして笑った。
「べつになにも変わってないだろ? だって俺はたぶん、ずっと前から淫乱だったんだ」
 そう言うと、タマキは自身のシャツのボタンに手を掛けて、ゆっくりと脱ぎ始めた。商売女のような勿体つけた仕草だ。やがて晒されたタマキの白い上半身には、一体どの男から付けられたかもわからないほど数多くの赤い鬱血の跡が散らされていた。
 やけに赤い唇が、にっと蠱惑的な笑みを浮かべる。
 タマキはアマネの膝の上に跨ると、誘うように腰をくねらせながら口を開いた。
「カナエ、俺のことを汚いって思ってんのかな……変だよな、元々俺に男の味を覚え込ませたのはあいつなのにさ」
 タマキはくすくすと笑いながら、アマネの首に自身の腕を絡みつかせる。
「そのカナエを調教したのは俺だがな」
「あ、そっか……。だから俺、アマネに抱かれんの好きなのかも」
 舌先でねっとりとアマネの耳朶を舐めながら、その合間に、タマキはふと無邪気な声で呟く。アマネはクッと喉奥で笑った。戯れに親指で乳首に触れてやると、タマキの唇からは途端にあられもない甘い嬌声が漏れる。男に抱かれることに慣れきった身体は、些細な刺激にも敏感に反応する。アマネは再びクッと喉奥で笑うと、ベッドの上にタマキを押し倒した。
「ふふ……それにしても綺麗だったな、今日のシンジュクの街……」
 蔑んだ冷たい眼差しで見下ろしてくるアマネの瞳を見返しながら、急に思い出したかのように、タマキはうっとりと呟いた。
「あちこちで爆発が起きて、建物やひとが花火みたいに弾けて、どんどん景色が変わってってさ……まるで万華鏡みたいだった……」
 タマキの黒い瞳には、アマネの赤い瞳が映っていた。
 普段他人に冷たい印象を与える自分の瞳の色が、タマキの瞳のなかではなぜか不思議とひどく熱を帯びたものに見えると、アマネは思った。ゆらゆらと揺れる、情欲の炎を宿した瞳。狂気じみた、強い色の瞳。それはまるで、数時間前に高層ビルの展望台から見下ろした、シンジュクの街のあちこちを燃やす真っ赤な炎のようだった。
(狂っている……)
 どんなに本人が狂ってないと言い張ったとしても、それでもやはりタマキはすでにどこか狂ってしまっているのだと、アマネは思った。
「……おまえは嫌じゃないのか?」
「なにが?」
 タマキはキョトンとした表情で首を傾げる。
「元々はおまえは、特殊部隊でシンジュクの街を守っていたんだろう?」
 いままで狂ったように爛々と輝いていたタマキの瞳に、不意に理性の翳りが落ちた。
「……俺はアマネとカナエさえいてくれれば、ほかのことはもうどうでもいいよ……」
 少しの沈黙のあと、タマキは低い声で、ぽつりと呟いた。どこか自嘲するような、自分に言い聞かせているような言葉だった。
「……もう……俺は、なんにも考えたくないんだ……」
 駄々をこねる子どものような仕草で嫌々と首を横に数度振ると、タマキはアマネの首に腕を絡ませ、夢中で唇を求めた。性急に差し入れた舌先は、今度はアマネの口内へ受け入れられる。タマキはくぐもった声を漏らしながら、嬉しそうにアマネの舌に自身のそれを絡めた。
 と、不意に、タマキの瞳に狂ったような光が戻った。
 やがて透明な糸を引きながら唇が離される。タマキはゆっくりと自身の唇を舐めると、誘うように両足を大きく広げながら、淫らな狂った眼差しでアマネに強請った。
「なあ……だから早く、なんにも考えなくてもいいように俺を抱いてくれよ……」
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