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パーフェクトブルー


降水確率90%の天気予報に従って家で一番大きい傘を持ってきたのは正解だった。いつの間にか降り始めた雨はマネージャー室の鍵を返して帰る頃には土砂降りだ。いくら一番大きい傘を持ってきたからといって、いつも靴の中はびしょ濡れになっちゃうんだけど。ああ、あのとき廊下で体育主任の先生にばったり会ってお説教をくらわなければこんなことにはならなかったに違いない。

帰りたいけど帰りたくない。はあ、誰か車で迎えに来てくれないかなあ。……無理か、無理だ。仕方ない、おとなしく帰りますよ。そんなことを一人考えながら下駄箱に到着。ガラガラになった傘立てから特大の傘を取り出して、ため息を吐きながら玄関口へ向かう。


「みょうじ」
「っうわ!?!!」


突然声をかけられて文字通り飛び上がるほどびっくりした。というか飛び上がった。身を固くして振り向くと、同じくびっくりした様子の笠松が立っている。


「笠松じゃん!びっくりさせないでよ!」
「おお、悪いな」
「いいけどさ!それより、なんでここにいるの?忘れ物?」


男子の部室の電気はもう消えているし、わたしが鍵を返しにくるときにちらほら帰っていたから、既にみんな帰ったはずだ。


「忘れ物っつーか、お前俺の傘知らねえか?」
「え、なくしたの?」
「いや……っかしいな、どこいったんだ」
「それさ、もしかして盗られたんじゃない?」
「お前もそう思うか」
「うん。盗られたでほぼ確定だと思う」
「……シバく」
「こうして犠牲者は増えるのであった」
「お前もシバいてやろうか?ああ?」
「滅相もございません」


笠松の握られた拳に青ざめる。あんな痛そうなパンチを食らったらわたしは恐怖で部活に行けなくなるだろう。いつも肩パンやら飛び蹴りやらされている黄瀬くんをある意味尊敬している。御愁傷様です。

さて、盗られたことは確定として、どうするか。がらんどうの傘立てに使えそうな傘はないし、あっても笠松のことだから使わないだろう。うんうんとない頭を必死にひねると、鞄の中の折り畳み傘のことを思い出した。鞄に入れっぱなしの折り畳み傘は結構影が薄いけれど、いざというときに頼りになるやつだ。


「笠松!これ貸してあげる」
「……え?お前傘は?」
「じゃーん、2本持ってる」
「おお、すげえな。いいのか?」
「うん」


はいこれ、と手渡したのは例の大きな傘。すると笠松の眉間にぎゅっと皺が寄る。な、なにかやらかしたかわたし。


「お前そっちの小さい方使うのかよ」
「うん。え、笠松こっちがいいの?」
「ん」
「小さいよ?」
「いいから」


渡したはずの大きな傘はわたしの手に、折り畳み傘は笠松にぱっと取られてしまった。見事なスティール。


「お前のほうが濡れてどうすんだ」
「え、なんの心配してんの?」
「濡れたら風邪ひくだろ」
「それは笠松もでしょ。むしろマネージャーより選手の体調の方が大事!」
「俺はもう汗で濡れてるから一緒だ」


結局わたしが何を言っても頑として受け取らない笠松にわたしが降参。渋々了解すると、遅いからもう帰るぞ!と怒られた。なにゆえ。

傘をさすと、やっぱり体格に対して傘の大きさは小さすぎた。だけどこれが笠松なりの優しさなのだ。優しさの分だけ濡れちゃうなんて、なんともいえないけど。優しいね、なんて言ったらきっと照れてまた怒り出すだろうから内緒にして、ついさっきまで憂鬱だった帰り道を鼻歌混じりに歩いた。




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