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しあわせを抱いて窒息死


これの続き。


いつもより部活が長引いたせいで乗るはずだった電車に乗れなかった。辺鄙なところに住んでいるわたしにとってバスを1本逃すと言うことは、約1時間の待ちぼうけを意味する。この時間の苦痛なことといったら。そんなわけでバス停までダッシュしたわけだが、遥か前方でバス停を出発したバスを見て、その努力が無駄になったことを悟った。こんなことならゆっくりみんなと話しながら校門を出ればよかった。息を整えながらとぼとぼとバス停まで歩き、バス停に申し訳程度に置いてあるベンチに腰かけた。

バスに乗り遅れたから帰るの遅くなるよ…っと。心配するといけないのでお母さんにLINEを送っておく。お母さんからOK!と謎のキャラクターのスタンプが送られてきたのを見て苦笑していると、「みょうじ」と名前を呼ばれた。声のする方へ目を向けると、スポーツバックを肩にかけた岩泉くんが歩いてきた。突然の登場に一気に心臓が慌ただしくなる。えっ、なんで岩泉くんがここに?!それにわたしに声かけてくれて……嬉しいけど心の準備が!髪だって走ってきたからぐちゃぐちゃだし汗かいてるしとにかく今は最悪のコンディション。穴があったら入りたいとはこのことだ。それでも穴なんてどこにもないので必死に平然を装う。


「なんで岩泉くん、ここに?」
「家帰るから。まあいつもは歩きなんだけどな」


そうなんだ、と相槌をうつ。本当は知っていた。前にバスを待っているときに及川くんと二人で歩いていくのを見たことがある。それにバスで見かけたこともない。


「なんで今日はバスなの?」
「あー…今日はちょっと足やっちまったから一応大事とった」
「っだ、大丈夫?!」
「だから大事とっただけだって言っただろ。大丈夫だ」


よかった…と安堵のため息をつく。バレー部は試合が近いらしいから、エースの岩泉くんが怪我でもして出られなかったら大変だ。何より、岩泉くんが今まで頑張ってきたことが報われないなんてあってはならないことだ。


「なんだみょうじ、心配してくれんのか」
「当たり前だよ!岩泉くんいつもすごく頑張ってるし!」
「っはは、そんなマジに返されると思ってなかった」
「え、あ、ごめん…!」
「いや、普通に嬉しい」


ありがとな、と目を細める顔は本当に心臓に悪い。岩泉くんとこうして話しているだけでもドキドキして胸が痛いのに、目を見てそんな顔をされたら心臓が止まっちゃうんじゃないか。たまらず目線を靴へ逸らした。


「そういえば次のバスいつ来んだ?」
「1時間後ぐらいだよ」
「マジか。普通に歩いて帰った方が早いべ」
「それはだめ!」


びっくりした。岩泉くんもわたしも。2人して鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。岩泉くんもわたしがいきなり大きな声を出したのに驚いただろうけど、わたしだってそんなつもりはなかった。気づいた頃はもう言葉が出た後だったのだ。わたしは慌ててその場を取り繕う。足に影響が出たら大変だとか、いつも頑張ってるからたまには休んだほうがいいとか、足りない頭で必死に言葉を続ける。もちろんこれも本心だけど、そのずっと奥にある気持ちは決して言えない。一緒にいたいとか、話したいとか、そんなこと本人にそんなことが言えるはずもない。気持ちがばれないように必死に説明するなか、岩泉くんは突然吹き出した。


「そんなに言われちゃバスで帰るしかねえな。まあみょうじいるし退屈しねえだろ」


ニッと笑うその顔にわたしは体の奥からぶわあっと嬉しさがこみ上げる。直視できなくて、再び視線を靴に移す。


「もっと早く話してりゃよかったな」
「え?」
「前からみょうじって面白そうなやつだなーって思ってたからな」
「おもっ…?!どういうこと?」
「いつも朝挨拶すんのすげえ気合い入ってんだろ?」
「っ、それは……!」
「っはは、俺結構好きだぞ」


他意はないことはわかっていても、期待してしまうのが乙女心というものだろう。「好き」という言葉がわたしの頭の中で脳をびりびり刺激して、心臓だって浮き足立っている。息が、苦しい。バスが来るまでもつだろうか。もうしんじゃってもいいな。




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