春の陽気は眠気を誘う。特に窓際なんてお日様の光もあって、おやすみって言われているようなものだ。授業は古典。おじいちゃん先生の声は説明というより子守唄に近い。お昼ご飯をお腹いっぱい食べたのが悪かったなあ、瞼が重い。お母さんのお弁当がおいしいのが悪いんだ。古典が今日あるのが悪いんだ。言い訳を考えながら机に突っ伏した。
ガサガサと物を片付ける音で目が覚めた。ぼんやりと意識が戻ってくる。ふああ、よく寝た。号令に従って適当に立ち上がって礼をして着席。ようやく視界がはっきりしてきた。クラスメイトは帰る準備を始めている。わたしも準備しようと鞄を机に置くと隣の席のスガくんがおはよう、と声をかけてきた。
「みょうじよく寝てたなあ」 「寝てないよ?」 「こっちには証拠があるけど?」 「え、なに?」 「ほっぺた、跡くっきり」 「うそっ?!」
慌ててカバンに手を突っ込み、ポーチからミラーを取り出す。二つ折りのそれを開くと制服によってついたと思われる赤い跡が写し出される。
「うわ〜最悪」 「寝てた罰だ」 「だって眠いんだもん」 「それはわかる」
跡を隠すために頬を手で押さえる。最悪なのは跡がついたことよりも、それをスガくんに見られてしまったことだ。しかもこともあろうにガン見。穴があったら入りたい。
「スガくん、乙女の醜態をガン見しないでくれるかな」 「乙女…?」 「ちょっと、わたしも歴とした乙女だから」 「あれ、聞き間違いじゃなかった」 「……スガくんたまに辛辣だよね」
ごめんごめん、と笑うスガくん。スガくんのこの笑い方は結構好きだったりする。子どもっぽいというか、なんだか可愛い。ちらりと黒板に目を移すと、さっきの古典の板書がびっちり書いてある。ここでようやく古典のノートを全然とっていないことに気付いてスガくんにノートを貸してほしいとお願いをする。見返りに自販機のジュースを要求されたが、ジュース1つで成績優秀なスガくんのノートを借りられるのだから安いものである。できる友達を持っていると心強い。
クラスメイトは支度を済ませて、どんどん教室を去っていく。わたしも部活行かなくちゃなあ。鞄にペンケースとさっきスガくんに借りた古典のノートをしまった。それから重い教科書たちを机にしまい込んでいると、なんかさあ、とスガくんが口を開いた。
「俺最近気づいたらみょうじのこと見ちゃうんだよな」 「……ん?」
スガくんは結構な爆弾発言をしていることに気付いているのだろうか。気づいたら見ちゃうって、気になってるってことじゃないの?スガくんって意外と天然なの?まあ席が近いこともあってスガくんとは仲いいけどそういう恋愛的な関係では…あれか、お母さん的な、母性か。
「みょうじ顔赤い?」 「そうかな、そんなことないよ」 「そうか?ほっぺたとか…」 「それはほら、さっきの寝てた跡」 「ああ、そっかそっか」
うまい具合に誤魔化せたらしく、スガくんは帰る準備を再開させた。一足先に支度を終えたスガくんが鞄を肩にかけて、また明日な、と教室をあとにした。
ここでわたしはようやく大きく息を吐いた。頑張った、えらいぞわたし。よく耐えた。実は顔すごく熱いし、心臓もバックバクでした畜生。不覚にもグラッと来たよ。さっきまでただの友達だったのに急に…って、過去形?
この日からわたしはスガくんを意識しまくって逃げまわった。そして数日後、スガくんは不敵な笑みを浮かべてそりゃあ見事な壁ドンをお見舞いしてくれたのだった。
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