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岩泉君、おはよう。言うぞ、今日こそ言うんだ。朝から妙に意気込んだわたしは校門前でよし、と気合を入れる。勢いそのままに生徒指導の先生に挨拶をすると、元気いいな!と褒められ、無性に恥ずかしくなって早足でその場を離れた。自分の教室に着き、荷物を降ろしてポーチを片手にそそくさとトイレに向かう。目的地のトイレは少し遠いものの人の利用が少なく、じっくりと鏡と対面したいわたしにとっては都合がいい。今日はわたしにとって記念すべき第一歩である。トイレに着くと、わたし以外には誰もいなかった。ラッキー!今日はなんだかうまくいく気がする。早速鏡に映った自分を隅々までチェック。なんてことだ、唇がかさついてる!慌ててポーチからリップクリームを取り出し、念入りに塗る。しまった、今度は塗りすぎた、テッカテカだ。もう今日はうまくいかない気がする。そうこうしているうちに時間はどんどん過ぎていく。


「もう!もっと可愛く生まれたかった!」


叶いもしない願いを捨て台詞にトイレを後にした。時刻は8時23分。まずい、岩泉君が教室に着いてしまう。さっきセットした髪が崩れないようにしつつ、早足で教室へ向かう。今日は朝から本当に忙しい。教室に着いてドアからちらっと教室の中を覗く。まだ岩泉君が来ていないことを確認してほっと胸をなでおろす。よかった、間に合った。自分の席に着いてポーチを鞄の中にしまって、何度も何度も繰り返してきたイメージトレーニングをする。岩泉君、おはよう。岩泉君、おはよう…


「おっはよー」


ドアが開いて明るい声色と共に及川君が登場。教室中の女子の視線は釘付けだ。猫なで声のおはよう、悲鳴に似たおはよう、などと次々と挨拶が返される中、及川君に続いて不機嫌そうな顔をした岩泉君が登場した。


「早く入れグズ川」
「酷いな!俺はちゃんとみんなに挨拶してるんですー」


わいわいと言いながら二人が教室に入ってきた。及川君はドアのすぐ近くの席に着くなり女子に囲まれてしまった。岩泉君は及川君から離れて一人、わたしの席に近づいてくる。心臓がうるさい。今日こそ言うって決めたんだ。何度も挑戦して失敗してきたが、今日は星座占いも血液型占いも1位で、たぶんもうこんなチャンスは二度と訪れないと思う。小さく咳払いをしてコンディションを整えた。背筋はぴんと伸ばして、手は膝の上で揃えた。さながら面接のようだ。ありったけの勇気を振り絞り、いつもは伏せた顔を上げて、彼の顔を直視する。


「いっ、わいずみくん!」
「、ん?」
「おはよう!」
「…はよ、みょうじ」


岩泉君はそれだけ言うと自分の席へ向かった。わたしはというと、(お)はよ(う)って言ってもらえたこととか、わたしの名前を知っていてくれたこととか、いろんなことがありすぎて混乱している。夢かと思ったけれど、一瞬で体から噴き出した汗や熱くて仕方ない頬が夢ではないと証明している。後で友達に報告しなくちゃ。とにかく今は一人で幸せに浸っていよう。嫌でも上がる口角を隠すように机に突っ伏した。チャイムが鳴って、先生の声が響く。先生、おはようございます。今とても顔を上げられそうにありません。


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