log | ナノ



わたしはここ最近気になる人がいる。と言っても会ったことがあるわけではなく、そもそもそれが人なのかどうかもわからないけれど、とにかく気が付いたらその人のことを考えているというか、考えただけで胸がドキドキするというか、これはもはや恋の部類に入ると思う。結局それは何物なんだと呆れ気味に聞いてくる友達にわたしは堂々と答えた。それは足音だと。それを聞くや否や顔色を変えた友達にそれはストーカーか幽霊だと断言されてしまったが、そんなことは気にしない。わたしは「足音さん」に胸をときめかせているのだ。

今日も家に帰るべく一人で歩いていると、いつものように足音さんがやってきた。耳で存在を確認しても決して振り向かないのは、わたしの中で勝手に足音さん像が出来上がってしまっているがために、イメージが崩れてしまうのが怖いからである。わたしの中の足音さんはイケメンで、背が高くて、優しいまるで絵本に出てくる王子様のような存在。これで振り返って中年のおじさんがいたとしたらわたしはもう子供に絵本を読ませるべきではないと思う。

そもそもわたしが足音さんを認識し始めたのは2週間くらい前からで、人通りのほとんどない住宅地を一人で歩いていたところに足音がしたのが初めての出会いだ。初めの数日はそれこそストーカーかと怖かったけど、1週間くらいした頃から見守ってくれているような気がして、以来足音さんが気になって仕方がないのだ。

うしろは絶対に振り向かないと決めているものの、やっぱり気になるものは気になる。王子様じゃないとしたらどんな人だろう。年下?同い年?年上?はたまた女の人かもしれない。そんなことをずっと考えていると、気付けば家まであと少しというところにさしかかっていた。いつもこのあたりで足音さんはいなくなってしまう。そろそろさよならだ。また明日、と心の中で足音さんに別れを告げて歩き続けていると、誰かが走ってくる音がした。足音さん?でも足音さんは今まで走ったりなんかしなかった。足音さんじゃないとしたら、誰?突然恐怖がこみ上げてきて、無意識に家に向かって走り出した。それでも振り返らないのは、まだ心のどこかでこれが足音さんだと信じているからだ。足音はどんどん大きくなって、まだ息もあがらないうちに肩を叩かれた。触れられたそこから鳥肌がぶわっと広がって反射的に振り向くと、そこには、いた。


「……足音さん?」
「足音さん…?あ、そうだ!これ、落としたっスよ」


差し出されたのはわたしの定期で、差し出した本人はわたしが思い描いていた理想の足音さんそのものだった。しばらくぼうっとその人を見つめていたが、わたしがはっと我に返ってお礼を言うと、その人は照れくさそうにはにかんだ。うわあ、格好いい。


「ところで足音さんって…?」
「あ、ごめんなさい、忘れて下さい」


わたしは慌てて定期をもらって家に帰ろうとした。もし足音さんにあらぬ誤解をされたらと思うと、一刻も早くここから立ち去るべきだと思ったのだ。わたしにとってはこんなに格好いい人よりも、見たこともない足音さんのことのほうがうんと大事だ。最後に深くお辞儀をして頭を上げると、目の前に端整な顔が。


「っな、!」
「もしかして足音さんって、俺のこと?」
「いや、人違いで…」
「俺の足音が聞こえてたってこと?」


どういうことだ。この人の話しぶりからするとまるで自分が足音さんだと言っているようなものじゃないか。事態がうまく把握できなくてあいまいにたぶんと答えると、その人はあからさまに慌てだして、ことの次第を話してくれた。

始めは電車で見て可愛いなと思ってたら、たまたま降りる駅が一緒で帰り道も一緒だっただけなんスよ!そしたら次の日に同じ時間の電車で見つけてテンション上がっちゃうし、それからも走ってまで同じ時間の電車に乗ったり、夜に女の子が一人で出歩くのは危ないとか理由つけてわざわざうしろ歩いちゃうし…あ、でも気付いてたなら怖かったっスよね?ごめんね?

息継ぎもそこそこに一気に話した内容をわたしが全部理解することは出来なかったけれど、この人の言っていることから考えると、足音さんはこの人ということになる。こんなことってあるのだろうか。突然どきどきしてきた。と、足音さんは数回咳払いをして今までとはうって変わって真面目な顔をした。


「こんな感じで言うのも格好悪いけど…俺、君が好きっス」


こんなストーカーみたいな奴、嫌っスか?という不安げな問いかけにわたしは慌てて首を振って否定した。勘違いじゃなければ、わたしは今足音さんに告白されているということになる。夢みたいだ。そんなの返事は決まってるじゃないか。


「わたしも足音さんが好きです、すごく」


わたしがそう言ってから数秒、足音さんは固まったままで、やっと動き出したかと思ったらへなへなとその場にへたりこんだ。


「よかったあ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「俺告白したの初めてだからすげえ緊張した…」


なんと、わたしが初めてだというのか。信じられなくて目をぱちぱちしていると、足音さんは一回大きく息を吐いて立ち上がった。やっぱり背が高い。


「ね、名前教えてくれないスか?」
「みょうじなまえです。あなたは?」
「俺は黄瀬涼太っス。…なんか順番おかしいっスよね」
「ふふ、ほんとですね」


ふたりでくすくすと笑っていると、なんともいえない充実感がわたしを包んだ。一歩踏み出した足音は重なっていた。




--------

adulter様に提出
素敵な企画ありがとうございました!

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -