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これの続き


4時間目の授業終了のチャイムが鳴り、今日も地獄の昼休みがやってきた。あの一件以来わたしにとっての地獄は夏休みだけでなく、昼休みにまで拡大してしまったのである。素敵なスクールライフなんて夢のまた夢さ。ああ女子たちの視線が痛いよ。そうだね、今日も懲りずに来るんだろうね、あの空気を読まない野郎がね。次第に騒がしくなる廊下に盛大に溜め息が漏れた。そしてそれと同時に嫌でも目に入る残念なイケメンがやってきたのだった。


「なまえさん、今日もお弁当一緒に食べよーっス!」
「やだ」
「そんなこと言っていつも一緒に食べてくれるじゃないっスか」
「あんたが勝手に隣で食べてるだけでしょ」


わたしのとげとげしい言葉に笑顔で返す黄瀬はある意味怖い。黄瀬ファンたちの鬼のような形相も怖い。それでもその子たちがわたしに直接的な嫌がらせをしてこないのは、わたしが空手やら柔道の有段者だという妙な噂が流れているからである。いやいやわたしは書道の有段者だよ。さすがに筆では攻撃できまい。あ、でも文鎮なら…って、わたしは誰にも危害は加えないよ!そんなこんなで、わたしは女子たち、いや、もはや男子からも怖がられる存在となってしまったのである。


「はあ…」
「なまえさん悩み事っスか?俺でよければ話聞くっスよ?」
「うん、今目の前にいる人についてものすっごく悩んでる」
「偶然っすね。俺もどうしてなまえさんを振り向かせるか毎日悩んでるんスよ」
「内容はずいぶん食い違ってますけどね」


わたしが眉をしかめたが黄瀬はそ知らぬ顔で、素直になればいいのに、と言ってコンビニおにぎりを頬張った。わたしはどんなに壊滅的な通知表でもいつも必ず素直ないい子ですって書いてもらってたくらい素直だよ。ポジティブシンキングも度が過ぎればただの迷惑になり得るんですね、先生。怒りを紛らわせるようにご飯を咀嚼していると、あーんとにこやかに口を開いた黄瀬と目が合った。


「なに」
「卵焼き欲しいっス」
「あげない」
「えー!あーん」
「だからあげないって言ってんでしょうが!」


この卵焼きは死んでもやるものか。好きなものは最後に食べるタイプのわたしが毎日のお弁当で一番楽しみにしているのがこの卵焼きなのだ。この地獄の昼休みを唯一癒してくれるこの卵焼きをわたしは絶対に死守してやる。そう決めたわたしは相変わらず一人で弾丸トークを続ける黄瀬への相槌もそこそこに黙々とお弁当を食べ進めた。そしてやってきた、至福の卵焼きタイム。


「じゃあはい、あーん」
「…は?」
「俺のパンと交換じゃダメっスか?」
「そんな貧相なパンとわたしの卵焼き一緒にしないでくれる?」
「一番美味しいところあげるから!」
「いらないってば」
「まあまあ、そう言わず、にっ」


相変わらず笑顔の黄瀬に強引にパンを口に押し込まれた。そしてわたしが箸でつまんでいた卵焼きを華麗に奪い去って黄瀬はしてやったりと言わんばかりの顔で卵焼きを食べている。わ、わた…わたしの…卵、焼き…


「ん!おいしい。なまえさん家は甘い卵焼きなんスね」
「……許さない」
「え?なまえさん?」
「こんっの泥棒猫があぁああ!!」


こめかみを拳でぐりぐりと痛めつけた。教室中から悲鳴が聞こえたがそんなことはどうでもいい。噂ならいくらでも流してくれ。今度は一体何の有段者にしてくれるんだい?ああん?それよりもなによりも、今はこいつに天誅を下してやることが先決だろう。


「いっ、痛い痛い痛い!ちょっ、間接キスでそんな照れなくても!」
「誰が間接キスごときで照れてるって?」
「いったぁっ!!!違うんスか?!」
「卵焼きに謝れええぇええい!」


右の拳に力を込めて黄瀬の腹部に渾身のグーパンチをお見舞いした。そして全力疾走で逃走。ああ、あの夏がフラッシュバック。

後日、自分で焼いたという綺麗な卵焼きを持参してきた黄瀬に腹が立ってみぞおちにエルボーを食らわせてやった。おいしかったなんて絶対に言ってやるものか。

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