残暑というには暑すぎる八月下旬、ついに壊れた年代物のエアコンのお陰で地球温暖化の影響をもろに受けているみょうじ家は本当に死ぬほど暑かった。アイスも麦茶も底をつき、ぬるい風を送り続ける扇風機だけで耐えられなくなったわたしは涼しさを求めて幼なじみである幸男の家に自転車で爆走してやってきたのだ。うむ、実に暑かった。自転車を車庫に停めて、持ってきていたデオドラントウォーターを塗りたくった。これで幾分か汗のにおいは軽減されるだろう。これはわたしなりの礼儀というものだ。…というのは建前で、本質はクーラーの効いた部屋で扇風機の送り出す冷たい風にあたってスースーしたいだけだ。よし、準備完了。内心うきうきしつつインターホンを押した。
「はい…ってなまえかよ」 「幸男?!部活じゃないの?」 「今日は整備があって早く終わったんだよ。で、なんでここにいんだよ」 「そうだった、おじゃまします!」 「答えになってねぇよ」
はあ、と大きな溜め息をつく幸男の横を通り抜けて玄関へ到着。早速ケロックスを脱いだ。勿論揃えるのも忘れない。へへ、わたし海常キャプテン笠松幸男を抜いたよ。さてさて、お目当てといこう。迷うことなくリビングへ続くドアを開けた。
もわっ。
「…暑い」 「バカ、節電だ節電」 「わたしの苦労は?!…そうか!」 「あ、おま、ちょっ!」
幸男を振り切ってダッシュで階段を上った。リビングがダメだった今、目指すはひとつ。幸男の部屋だ。猪突猛進とはこのことといわんばかりに走り、幸男の部屋のドアをその勢いのまま開けた。ら、勢いを付けすぎておでこに思いっきり当たった。痛い。しかしそれよりも今は部屋から流れ出る冷気に感動している。ドアをそっと閉めればもう完璧だ。扇風機まであるここはオアシス。そしてスースーきたぁあ!
「おいなまえ開けろ」 「疲れのあまり指一本動かせない」 「麦茶いらねーのか」 「今すぐ開けさせていただきます」
本当にいい男だな幸男。女の子が苦手じゃなければ彼女なんてすぐにできるよ。ドアを開ければご丁寧にお盆にコップと麦茶を乗せた幸男が眉間に皺を寄せて立っていた。あ、あとこのこの眉間の皺もやめたほうがいいかもね。「お前変なこと考えてるだろ」滅相もない、幸男の将来について真剣に考えてましたと言えば、見事なチョップをお見舞いされた。曲がりなりにも女子に手を上げるとは何事だ。
「なあ、お前いつ帰るんだよ」 「来てすぐ帰りの話ってあんた鬼か」 「ここまでしてやって俺が鬼ならお前は何だ」 「…言い返す言葉もございません」 「ったく…俺今から外走って来っから帰るとき誰もいなかったら鍵閉めといてくれるか?」 「えー幸男行っちゃうの?」 「体力有り余ってしょうがねーんだよ」
仮にも幼なじみが家に来ているというのにロードワークとは。確かにもはや家族のような仲だけど。鍵の隠し場所も知ってるけど。やっぱり自分の家じゃないのにひとりでクーラーをつけて電気代を上乗せしてしまうというのは気が引ける。わたしですか?ええ、庶民です。
「わたしも行く!それでよく自転車乗ってやってるアレしてあげる」 「はあ?お前暑いからここに来たんじゃねーのかよ」 「いーいーのー」 「じゃあ着替えっから外で待ってろ」 「大丈夫、幸男のお尻のほくろの位置も知ってる仲だから」 「いい加減その決まり文句やめろよ」
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