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パンの焼ける香ばしい香り。次々と焼き上がる様々な種類のパン。朝はあんまり食べないタイプだけどなかなか食欲をそそられる。日曜日の朝早くから僕を起こしてパン屋へ連れてきた張本人はご機嫌でパンを物色している。


「うへへ、どれにしよう」
「食べたいの全部食べれば」
「いっぱいありすぎて食べられない」
「とりあえず買ってみたら?」
「うーん…」
「残ったら僕が食べるし」


なまえの顔がぱあっと明るくなる。本人には言わないけど、こういう単純なところは可愛い。ありがとう!と跳ねそうな勢いで喜ぶ姿はうさぎを彷彿とさせる。ストッパーの外れたなまえは「それじゃあ…」と、どんどんトレイにパンを乗せていく。予想以上の量にストップをかけたいが、食べると言った手前引くに引けない。結局大量のパンを載せたトレイを満面の笑みでレジのおばあさんに差し出した。おばあさんは素早くレジに金額を打ち込んでいく。


「あんだだちアベック?」
「はい、そうです」
「アベックってどういう意味?」
「まあもうすぐ夫婦になりますけど」


なまえはぐるんと勢いよく振り向いて、目を真ん丸にして僕を見た。「蛍、それって」「うん、そういうこと」僕が微笑めばなまえは照れ隠しにパンを凝視する。ちらりと覗く耳は真っ赤だ。そうしている間にもおばあさんは慣れた手つきでパンを一つ一つビニール袋に詰めて、一袋に纏めていく。


「いぎなりあづいなやあ」
「あっ、す、すみません」
「へへへ、これ前祝いだっちゃ」


そう言っておばあさんはレジカウンターに置いてあるラスクを一袋、パンパンになった袋に入れてくれた。ラスクなら日保ちするしありがたくいただいておこう。きっとなまえはそんなこと何も考えずに喜んでいるんだろうけど。

お金を払ってパン屋を後にした。パンは右手に、左手にはなまえの手を。なまえはよっぽどご機嫌なのか鼻歌を歌いながら繋いだ手をぶんぶん振っている。


「手、痛いんだけど」
「んふふ、ごめん」
「さっきからテンション高すぎじゃない?」
「だって蛍が結婚のこと考えてくれてると思わなかったから」
「まあ、前家に行ったときに結婚情報誌あったし」
「えっ見たのあれ?!」
「普通に置いてあったけど」
「あれは友達が読んだのを無理矢理押し付けてきただけだからね!」
「ふーん」
「……まあ、読んだけど」
「じゃあ後で新しいの買いに行く?」
「うん!」


やっぱり単純。そこが可愛い。渡すタイミングを見失っていた指輪もきっと今頃棚の中で慌てているだろう。僕と結婚してください、なんてストレートなプロポーズは僕にはできないから、僕の想いを代わりに伝えてほしい。食べきれないくらいのパンを食べてる間に準備しておいてよ。


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