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暑い。プリクラってのはなんでこんな狭苦しい空間で写真を撮らなくちゃならないんだ。あいにく俺は陽気な掛け声にあわせて笑顔を作ることもできず、仏頂面を決め込んでいる。数枚写真を撮り終わってクソ暑いところから脱出すると、次は落書きだと腕を引っ張られた。


「はじめくん、はい座って!」
「え、おお…」
「何か書いてね」
「何かって…」


なまえの勢いに押されてここまできたが、プリクラなんてバレー部の奴らと何度か撮ったことしかない(もちろん無理矢理)。特に落書きなんて他の奴らが勝手にしていたことだし、こんなときに何を書けばいいのかわからない。ましてや今日は野郎とではなく、彼女とのデートだ。何か書いてね、なんて言われても一字一句思い浮かばない。


「俺こういうの苦手だしなまえが全部書けよ」
「だめ!ほんとになんでもいいの、スタンプとかでもいいよ」
「つってもなあ…」


スタンプと言われても、ハートのスタンプを押すなんて寒気がするし、適当に訳のわからないスタンプを押すのもなんだか違うような気がする。ペンを片手に固まっていると、見かねたなまえが名前書いて、と言ってきた。それなら俺でもできそうだ。

とりあえず自分の名前を顔の下に書いてみる。確か及川がこうしていたはずだ。さして綺麗ではない字ではあるが、とりあえず書いた。続いてゆるゆると手を動かすもペン先は画面にはつかない。俺は再び固まってしまった。ここになまえの名前を書く、と思ったら急に緊張してきたのだ。暑い。


「どうしたのはじめくん」
「別になんもねえよ」
「もしかしてわたしの名前忘れた?」
「んなわけあるか」


そんなわけない。いつも呼んでるし。ただ何が緊張するかっていうと、名前を書くってことだ。そういえば俺、一度もなまえの名前を書いたことがない。

みょうじなまえ。俺にとって特別な名前。部誌に部員の名前を書くのとは訳が違う。手汗が尋常じゃない。ちらっと隣のなまえを見ると、何やら長い息を吐きながら精神統一していた。どうした。


「は〜〜緊張する」
「なにが」
「名前書くの。わたしはじめくんの名前書くの初めてだし」
「俺の名前なんて横線一本引くだけだろ」
「違うよ!はじめくんの名前は真っ直ぐでかっこよくて、はじめくんそのものっていうか…とにかく大事だからそんな簡単に書けないし…」


陽気なBGMがやけに耳に入る。なまえの言葉は照れくさいけど嬉しくて、胸の奥がぐわっと熱くなった。ここで恥ずかしがるのは違うと思って、とりあえず礼を言うとなまえは一瞬ハッとしたあと、俺の顔の前で小さな手を広げた。


「う、わ、忘れて!今のナシ!」
「忘れてってお前が言ったんだろうが」
「とにかく恥ずかしいから忘れて!」
「そんなすぐ忘れられるかよ」
「恥ずかしくて死にそう」
「恥ずかしいぐらいで死なねえよ」
「はじめくん、お願いします…っ」
「……お前な、人のこと喜ばせといて忘れろとか無理言うな」


俺が笑うと、なまえもじゃあ忘れなくていいかもしれない、なんて言って笑った。さっきまで忘れろってうるさかったのはどこのどいつなんだか。にやけた顔が隠せない俺たちはどちらからともなくキスをした。


「んふふ、恥ずかしついで」
「なんだそれ」


残り30秒!という妙に神経を逆撫でするような音声が耳に入る。そうか、ここはプリクラ機の中だった。なまえは全然落書きしてない!と慌てだし、すごい早さでペンを走らせている。俺はその様子をただ見ているだけで、終了の音声が鳴った。

そこで俺はふと思い出す。あ、結局なまえの名前を書かずじまいだ。見つけたらなまえは怒るだろうな。そうなる前に事情を説明するか。名前を書くのに緊張して書けませんでしたって?まったく、こんなことなら俺もあのとき恥ずかしついでに書けなかった理由を言ってしまえばよかった。

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