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目の前の悩める男子高校生、照島遊児は青春真っ只中だ。世間一般から見ればわたしとは幼なじみという関係で、本人曰く何でも言い合える唯一の女子であるらしい。わたしにとってその関係がどれだけ大きな壁になっているとも知らず、今日も今日とて大きなお弁当を持ってわたしの席までやってきては、頼んでもいないのに恋の進捗を報告してくるのである。


「なまえなまえ!今日の朝靴箱で華さんに話しかけられた!」
「へー、よかったね。何話したの?」
「部活のことだな。最近どう?みたいな」


遊児は持ってきた弁当を流れ作業のように口に運びながら、そのときの華さんが可愛いかっただの今度部活に顔を出してくれるだのとそりゃあもう嬉しそうに話している。対するわたしは持ってきたお弁当を広げたものの食べる気にもなれず、適当に相槌を打っている。

華さんに恋をしてからというもの、日に日に格好よくなっていく遊児を見ては胸を締め付けられるような思いに駆られる。物憂げな色っぽい顔をしたかと思えば、顔を真っ赤にして照れたりとか、今まで見たことのないような表情はわたしに遊児の新たな魅力を教えてくれる。だけど、それがわたしにとっては辛い。遊児がどんどんわたしの知らない遠いところへ行ってしまうような気がする。わたしはずっと前から遊児のことを想っているのに、遊児はそんな想いなんて全く気付いていない。髪を染めたのもピアスを開けたのも遊児がそうしたから。遊児に近付きたくて、気付いて褒めてくれるのが嬉しくて、一生懸命可愛くなろうと頑張ってきたのに。華さんのことを好きになってからはわたしが化粧を変えたり、ピアスホールを増やしたりしてもなんにも気付いてくれない。ねえ、こっちを見てよ。話に出てくる華さんじゃなくて今話してるわたしを見てよ。今日だって前髪切ってきたのにさ、


「……おい、聞いてるか?」
「聞いてるって。で、なんだっけ?」
「聞いてねえじゃん!だからさあ、」


ほら、なあんにも気付いてくれない。わたしの嫉妬をよそに、華さんの話を嬉々として続ける遊児の顔はキラキラしていて眩しいくらいだ。なんだか悔しくてお弁当のプチトマトに箸を突き刺した。

華さんに恋するまでの遊児はいわゆるチャラ男で、可愛いと思った子には片っ端から声を掛けた。泣かせた女も数知れず。それが華さんに恋してからはそれがぴたりと止んで、びっくりするぐらい一途になった。わたしは今まで遊児の気を引きたくて、重い女だって思われたくなくて、いろんな男と付き合ってきた。ひどい男ばかりだった。それでも遊児が心配してくれることが嬉しかった。遊児が女遊びしなくなっても、わたしの男遊びが続いている理由はそれだけだ。


「華さん可愛いからいつ他の男が手出すかわかんねえよな…」
「だからって今ガツガツいったら華さん引くよ?」


遊児はわたしに絶対の信頼を置いている。それは昔からのことで、今日だってなまえが言うならそうだな、と容易く納得してしまった。全く疑う素振りすら見せないのだから相当なものだ。そんな遊児にチクリと心が痛む。わたしは嘘つきだ。本当はきっと今告白したって成功するに決まってる。だってこの前二人が話しているのを見て、これでデキてないなんて嘘だって思ったもん。本当に楽しそうで、そのくせ二人ともなんかぎこちなくって、赤くなっちゃって。せっかく割って入ってやろうかなんて思ってたのに、わたしが蚊帳の外だってまざまざと思い知らされただけだった。時間の問題ってこのことを言うんだろう。


「もうちょっと待ちなよ、そしたらきっとうまくいくから」
「はあ…我慢なあ…」
「前に華さんに楽しくなるまで我慢しろって言われたんでしょ?自分で言ってたじゃん」
「…あー…ったく、わかったよ!」


わたしの言葉に素直に従ってくれる遊児に安堵する。だけど同時にこみ上げてくる罪悪感。ごめん、ごめんね遊児。華さんは今年卒業だからもう高校で一緒にいられる時間なんてごく限られた時間なのに、それを自分のエゴで奪っているわたしは本当に最低な人間だ。だけど、それでも、遊児がわたしの言葉を信じてくれるなら、どうかこの言葉が届かなくなるまではわたしのワガママに付き合って。遊児の幸せがわたしの幸せなんて言えるような大人じゃないから。遊児が全てに気付いたときには罵ってくれていい、嫌いになってくれていいから。だから今だけはわたしから離れていかないで。

口に入れたプチトマトは変な味がした。


「腐ってる」


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