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「ただいまー!」


玄関から元気な声が響いた。ちらっとうしろを向いておかえりと言うと突然視界が真っ暗になって、大好きな匂いが鼻孔をくすぐった。


「ちょっ、危ないよ!包丁持ってるんだから!」
「ごめんごめん、なまえがあんまりかわいいから」


全く、和成は恥ずかしげもなくこういうことをさらっと言ってしまうから困る。その度にわたしがどれだけドキドキしているのか知らないだろうに。照れ隠しにご飯抜きにするよと言えば、それは勘弁!と慌てて飛びのいた。俺なまえのご飯めっちゃ好きだからさと付け足して。ああもう、顔が熱いってば。そういう風に言われるのはいつまで経っても慣れないなあ。


「で、今日の晩ご飯なに?」
「キムチ鍋だよ」
「うっそマジ?やった!」


和成は大喜び、つまりわたしも嬉しい。こういうときに幸せを感じる。こんなに喜んでくれるなら毎日キムチ鍋にしたいところだけど、好きな食べ物はたまに食べるから余計においしいのだ。毎日栄養のバランスに気をつけたり違った献立を考えるのは大変だけど、わたしの作ったものが和成の血となり肉となるんだと思うとそれも苦じゃない。それにわたしの作った料理をおいしいと言って食べてくれる和成を見ると、それだけで幸せになれるのだ。


「明日は何作ってくれんの?」
「明日?和成は何がいい?」
「なまえが作ったものならなんでもいいぜ」
「んー、じゃあ肉じゃがにしようか?」
「お、いいね。俺肉じゃがも好き」


明日のご飯まで聞くなんて和成はよっぽどおなかが空いているのだろうか。なら早く作ってあげないと。最後の豆腐を切り終えて、あとは鍋に入れて煮れば完成といったところで伸びてきたのは和成の手だった。


「なに、どしたの?」
「10年後、何作ってくれる?」
「10年後?なんでまた突然…」
「いいから」


有無を言わせない瞳に心臓が大きく跳ねた。


「じゃあ…キムチ炒め、とか?」
「50年後は?」
「んー…おかゆ、かな?」
「おかゆ?」
「ほら、50年後っていったら70代だからそろそろ柔らかいものかなって」


わたしが最後まで言い終わらないうちに和成が吹き出した。わたしがきょとんとすると、おなかを抱えてだからっておかゆはないだろと途切れ途切れに漏らした。真面目に考えたのに、とわたしが不貞腐れると和成の指が伸びてきてわたしの鼻をつついた。子供っぽいことをする和成にふくれていたのも忘れて笑ってしまった。


「じゃあさ、死ぬまでうまい飯作ってな」
「…うん?いいよ、?」
「俺が言ってる意味わかってる?」
「わかってるようなわかってないような…?」


わたしが首をかしげると和成は大きく溜め息を吐いた。それから「そうだよなあ、なまえ鈍いもんなあ」とわたしの目の前で言うってのはどうなんだろう。鈍くて悪かったね。和成を無視して再び鍋の準備に取り掛かるとうしろから咳払いが聞こえて、大事な話があるからこっち向いてと少しうわずった声がした。大事な話という言葉に勝手に心臓が暴れだした。振り返ってみると和成の顔は緊張したような面持ちで、なんだか見たことがある顔だと思ってよく考えてみると、わたしに告白したときと同じ顔だった。


「俺と結婚してください」


もちろん返事は決まってるよ。同棲して二年、幸せな中にもこのまま結婚できずにずるずると年をとっていくんじゃないかという不安を抱えていたところへ突然のプロポーズはわたしの涙腺をいとも容易く崩壊させた。はい、という声が震えてなんとも情けない返事になってしまったけれど、それでも和成は笑って絶対幸せにするからと言ってくれた。だから恥ずかしいってば。そしてまたわたしは照れ隠しに言うのだ。


「ご飯にしよっか」




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adulter様に提出
素敵な企画ありがとうございました!

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