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「試合より緊張したっス…」
「確かにガチガチだったね」


今日は涼太がわたしの両親に結婚の挨拶に来た。わたしも久しぶりの実家でなんとなく緊張してたんだけど、それ以上に涼太はもうほんとのガッチガチで。あんなに緊張した涼太を見るのは付き合って初めてだった。すごい噛むし、お茶でむせるし、まるでわたしに告白したときみたいで、なんていうのかな、初心を思い出したみたいな。バスケとかモデルとか、わたしからどんどん離れて行っちゃうみたいでちょっと不安だったけど、やっぱり涼太は涼太なんだって改めて確認できた。そういうことも含めていい挨拶になったな。お父さんも涼太の人柄が気に入ったみたいで、昔の俺にそっくりだと調子に乗って飲みすぎて途中で寝てしまった。そのお父さんを長年の付き合いでうまく部屋まで誘導したお母さんは、前からいろいろ電話で話してただけあって今回の結婚には始めから大賛成だったんだとか。そろそろ帰ろうかと腰を上げると、お母さんがわたしの好きなお饅頭屋さんの紙袋を持ってきてくれた。あ、そうだ。涼太はまだこれ食べたことないんだよね、絶対気に入ると思うな。


家を出て駅に向かう途中、涼太の突然の提案でわたしのゆかりの地を適当にめぐってみることになった。田んぼのあぜ道を歩いたり、山に入ってきのこを探したり、昔毎日のようにしていたことを思い出して童心に返って遊んだ。涼太は都会っ子だからこんな田舎ならではの遊びはしたことがないみたいで、それなりに楽しんでるみたい。さて次はどこへ行こう。あ、そうそう、わたしを語るに当たって忘れてはならないのが昔よく友達と遊んだ公園だ。ちょうど涼太に見せたいものもあるしそこにしよう、と意気揚々に足を運んだまではよかった。ただそこには小奇麗なマンションが建っていて、公園の面影は全くなかった。あのとき書いた落書きももう見れなくなっていた。ちょっと、いやすごく残念。せっかく書き足そうと思って油性ペンを用意してきたのに。


「時が経ったんだねえ」
「なまえババくさいっスよ」
「うるさい。しみじみ感じてんの」
「ね、何て書いてたんスか?」
「恥ずかしいから内緒」
「ケチー、教えてくれたっていいじゃん!」


ぷくっと頬を膨らませる涼太は女であるわたしが同じことをするよりも数倍かわいい。そんな顔されたら断れるわけないじゃん。1回しか言わないから!と前置きをして、早々に熱くなってきた頬を両手で覆って言った。


「世界一幸せなお嫁さんになれますように……なんちゃって」


ぎゅうっ、と抱擁。ちょっと待って涼太、ここ(ほとんど車通らないけど)道路の真ん中だから!引っぺがそうと両手で懸命に押すけど涼太はびくともしない。もう恥ずかしいから離して!


「涼太!こんなところで…!」
「なまえが可愛すぎんのが悪いんスよ」


抱きしめられた腕にますます力が入る。お、折れる。涼太に痛いと声を振り絞ると、我に返ったようにぱっと離してくれた。それから泣きそうな顔をしてごめん、痛いとこないっスか?の繰り返し。まったく、涼太はわたしに関して心配性すぎる。裏を返せばそれくらいわたしに優しいってことなんだけど。適当に涼太をなだめてまた歩き出した。手は自然に恋人繋ぎになる。日も傾いてきたし、そろそろ帰ろう。明日涼太は仕事だし、今日は一応久しぶりの休みなんだからゆっくりさせてあげなくちゃ。とまあ、その前に新幹線の中でお饅頭を一緒に食べるとしようか。美味しそうな顔をした涼太を想像して不意に笑みがこぼれる。


「涼太、わたし今世界一幸せかも」
「ふふん、甘いっスねなまえ」
「はい?」


すっと顔が近づいてきたかと思うと、柔らかいものが当たる。それが涼太のものだと気付くのに時間なんて必要なかった。そして一気に顔が赤くなるのがわかった。


「俺はなまえを宇宙一幸せにする男なんで、覚悟しといたほうがいいっスよ」

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