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ボールをつく音と、選手たちの野太い声が体育館に響く。そういえば今日は真夏日になるって今朝テレビで言ってたなあ、道理で暑いわけだ。風通しのいい日陰で涼みながら誰もいないのをいいことに大きなため息を吐く。はあ、情けない。選手たちが懸命に汗を流しているのに、マネージャーであるわたしが熱中症で倒れるなんて。昨日夜更かしして、寝坊して朝ごはんを食べ損ねて、この一連の流れが全部悪かったな。自業自得としかいえない。

早くみんなの所に戻って仕事をしなくちゃと思うのに、まだ少しぼーっとする頭ではここから立ち上がろうにも、どうも力が入らない。さわさわと髪を揺らす風は汗のにじむ首筋から熱を奪っていく。体育館の裏口にあたるこの場所は風通しがよく、熱中症の選手はここに運ぶのが通例になっている。まさかわたしが運ばれることになるとは思ってなかったけど。

休憩!と凛とした声が耳に届く。笠松の声だ。ここにいてもこんなに聞こえるなんて、すごく通る声だなあ、かっこいいなあ。好きだなあ。……ああ、だめだめ!マネージャーが公私混同しちゃいけない。それじゃあ黄瀬くん目当てに入部希望した子と同じじゃないか。ひとり悶々としていると、背後で足音とドアが開く音が聞こえて、振り向くとそこには今まさにわたしの頭の中にいた笠松がドリンクボトル片手に近づいていた。


「みょうじ、大丈夫か」
「う、うん、もうだいぶよくなったよ」
「まあさっきよりは元気そうか。でもまだちょっとだるそうだな」
「ううん、もう大丈夫。ごめんねすぐ戻る」
「馬鹿何言ってんだ。大人しくしてろ」


口調はきついけど、言わんとする言葉の意味は優しいものだ。もっと俺たちを頼れよ、ということなのだろう。照れ屋な笠松ははっきりそうとは言わないし、むしろぶっきらぼうな言い方のせいで隠れてしまっているけど、誰よりもチームを見て、一人ひとりをよく見ている。本当に主将に相応しい人物だなあ、と感心する。きっとそんな主将に反抗しようものならお説教が返ってくることが目に見えているので、ここは素直にお言葉に甘えておくことにする。

さっきまでそよいでいた風がぴたりと止んで、汗がじんわり滲んできたころ、笠松がふとわたしのドリンクボトルに手をかけた。そしてそれを持ち上げると、途端に曇る表情。


「……おい、ドリンクねえじゃねえか」
「あと一口分ぐらいあるよ?」
「じゃあその一口分はいつ飲むんだ」
「ええっと…喉が乾いたら」
「馬鹿か!乾いてからじゃ遅いだろ」


ううむ、怒らせてしまった。自分のドリンクがあと少ししかないことはわかっていたけど、こんな状況で選手にわたしのドリンクを入れてもらうのは気が引けたし、実際体育館に行く気力もなかったのだ。もう少し飲みたいという気持ちを抑えて少しずつ大切に飲んでいたのは確かだけど、まさか笠松に見つかってしまうとは。お説教が身にしみる。ごめんごめんと平謝りを繰り返すわたしの目の前に突如差し出されたのは海常カラーの青いボトル。


「ん、これ飲め」


眉間に皺をよせる顔から、半ば強制的にそれを受け取る。これは間接キスになるんじゃ?なんて無粋なことは言ってはいけない気がした。折角笠松が厚意でくれたんだ。ここは邪心なんてドリンクと一緒に飲み込むべきだ。キャップを開いて一思いに喉に流し込む。スポーツドリンクの味はいつもと変わらないはずなのに、なんだか味がしない。一息で飲んで、口を離した。気休め程度にしかならないけど、口をつけたところは拭いておく。


「ありがとう」
「おう、じゃあ俺戻るから。それやるから、こまめに水分とれよ」
「うん、ありがとう」


できる限りいつも通り話したはず。本当は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、ドキドキしてる。笠松が体育館に戻ったのを確認して、大きく息を吐きながら膝に顔を埋める。

わたし、笠松と間接キスしちゃった。笠松はいつも通りに見えたけど、気づいていなかったのだろうか、それともわたしを女子として認識していないのか……そうだったら、わたしひとりこんなにドキドキして、なんだかそれも違った意味で恥ずかしい。

残されたのは、笠松のドリンクボトルとわたし。今まさに、間接キスしてしまったそれが目の前にあるわけで。いやいや、高校3年生にもなって間接キスくらいで騒ぐってどうなんだろう。直接キスしたわけじゃないし、これくらい友達なら誰だってするよね、普通。うん、する……する?笠松は……しない、か。でもしちゃったんだよね。うああ、だめだ。考えれば考えるほど頭がぐちゃぐちゃになって、ふわふわした頭じゃ考えがまとまらない。頭を冷やすつもりが余計に熱くなってしまった。とてもじゃないけどこんな顔で練習には戻れないから、笠松の言葉に甘えてもうちょっと休んでいよう。

さわさわとまた吹き始めた風に身を預けるわたしは、後日笠松にあからさまに避けられることになるのだが、それはまた別の話。


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