奴が海常にいるなんて聞いてない。そもそも今日練習試合だってことも昨日聞いたんだ。奴が海常にいるって知ってたらわたしは間違いなく仮病を使って部活を休んだだろう。いや、仮病なんかじゃなくて本当に熱でも出たかもしれない。わたしはどうしてもこの状況を認めたくなくて、目を擦ってみる。……くそ!どんなに擦っても現実を受け止められねぇ!奴はどんどん迫ってくる。奴とはわたしの天敵、黄瀬涼太である。
「なまえっち〜!」 「ぎゃぁあぁああ!」
走ってきた勢いのまま抱きつくなって昔から言ってただろうが!そしてそれ以前に抱きつくな!お前に抱きつかれたところで全然うれしくねーわ!寧ろ不快!
「今すぐ離せ変態!」 「なまえっち最後までどこの高校行くか教えてくれなかったスから、俺寂しくて…けどまさか黒子っちと同じ高校だなんてびっくりしたっス」 「完全無視かよ!そういうところもわたしがお前に高校教えなかった理由のひとつだよ!」 「えー。なまえっち酷いっスよぉ」
酷いのはどっちだ!お前がわたしに抱きついてきたせいで、お前の無駄に多いファンの皆さんからの視線が身体中に突き刺さってくるんですけど!明らか勘違いされてんじゃねーか!女の嫉妬コワイよ!わたしの平和を返せ!
「…あれ、なまえっちちょっと痩せたスか?」 「は?まあ確かに最近…ってそんなことどうでもいいから早く離しやがれこのバカいい加減にしねーとマジ殺すぞ」 「…なまえっちほんとにやりかねないスから、そろそろ離します」
ようやく黄瀬の魔の手から逃れた。初めからそうしろ。ていうかそもそも抱きつくな。はあ、どっと疲れた。
「……ごほん」
日向先輩が気まずそうに咳払いをした。しまった、あまりの出来事に周りを見失っていた。
「えー…取り込み中悪い。そろそろ行かないと試合に遅れるんだが」 「あ、そうだ!俺お出迎えに来たんでした。」
うち広いっスから迷ったら困りますし、ね?と言って黄瀬はへへっと笑った。うん、マジ腹立つ。誠凛ナメんな。ってか一番の目的忘れてどうすんだよこの駄犬め。
「なまえっち!」
黄瀬はにこにことウザいくらいに満面の笑みでわたしを見た。
「今日の試合、"俺だけ"見てて下さいね!」
無邪気で、自分が絶対負けるわけがないと信じきっているその表情。黄瀬にしか出せないその無邪気さと自信は中学生の頃と全然変わってなくて、ただ雰囲気が数ヶ月会ってないだけで随分大人びている。不覚にもちょっと、ほんのちょっとだけ胸の奥がきゅんとしてしまっ…いや、ない!わたしがあの黄瀬にそんな感情を抱くなんてことは断じてない!
「誰が見るかバーカ!いいから早く案内しろっての!」 「みょうじさん、嘘はよくないです」 「うっせえ黒子!黙ってろ!」
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