家畜のまりさ

まりさを飼い始めたのは、つい最近のことだった。まりさは依存的な性格だから、俺に従うだけの生活が楽で仕方が無いのだ。まりさはいつも俺の言うことを喜んで聞き入れるし、常に満ち足りた表情をしていた。

銀色の餌箱の中に、今日もどろどろに溶かしたお粥を入れると、まりさは嬉しそうに餌箱に顔を突っ込んだ。口のまわりをベタベタにさせながら、まりさは幸せそうにお粥をかきこむ。俺は満足しながらその光景を見つめ、たばこに火を付けた。人間を飼うのはとても愉快だ。なぜならまりさの世話をすることによって俺の自尊心が高まるからだ。まりさに出会う前の俺は、自殺を考えるくらいに傷心していた。世間を恨んでいたし、いつも誰かのせいにしながら酒をあおっていた。だけどまりさに出会ってからは、世の中がキラキラと輝いて見えた。まりさのために生きることは、俺のために生きるのと同じくらいの価値があった。だからまりさは俺の命を救ってくれた、いわば恩人なのだ。

まりさは餌箱の中を殻にすると、手で口を拭った。青白い手首に白濁のおかゆが付着したので、俺がそれを手で拭うと彼女がにっこりと微笑んだ。目の下にはくっきりとクマがあり、細い首筋は血管がくっきりとみえるほど痩せ細っていた。にもかかわらず、まりさは満ち足りた表情をしていた。

「俺に飼われるのが、そんなに嬉しいか」

俺がまりさにそう問いかけると、まりさはこくんと頷いた。俺はまりさの応答に気を良くして、たばこを灰皿にぎゅっと押し付けた。

「じゃあ、仕事に行ってくるから」

俺がそう言うと、まりさの表情がとたんに曇った。

「行かないで。一人にしないで」

まりさはそう哀願すると、しゃがんで顔を覆った。どうやら泣いているらしい。まりさは一人になるのを実に恐れた。なぜならまりさにとって、一人の時間は自分と向き合わなくてはならない過酷な時間だったからだ。一人のときは俺に頼ることもできないし、まりさは生まれたての赤子のように無力になった。俺が大丈夫だよと、まりさの頭をなでるとまりさは少しだけ表情を明るくさせた。まりさの感情は思い通りにコントロールすることができるので、俺は更に気を良くした。

「帰ってきたら、一緒に風呂に入ろう。それから一緒に寝て、朝までともに過ごそう。それでいいだろう?」

まりさは少し考えるそぶりを見せると、それから小さく頷いた。その表情は成人してるのにもかかわらず、童女のように幼く見えた。俺に出会う前のまりさは、ここまで子供っぽくはなかった。俺がまりさを駄目にしたのだ。だけど俺は、この生活をやめるつもりはない。死ぬまで、まりさとままごとのような生活を続けるだろう。なんたってそれが、俺の唯一の生きがいなのだから。まりさもきっと、俺に飼われることを望んでいるだろう。

「じゃあな。まりさ、いい子に待ってろよ」

まりさは相変わらず、顔を恍惚とさせながら手を振っていた。

***

仕事から帰ってくると、まりさが居なくなっていた。はじめはコンビニにでも行ったのかなと思ったけど、夜になっても帰ってこなかった。俺はおおいに落胆し、大きく取り乱した。だけどこれがまりさが出した「決断」なのなら、仕方のないことだと思った。まりさはきっと、辛かったのだろう。俺に飼われ、自立性が奪われることに恐怖を抱いたのだろう。そしてついに、自分の足で歩くことを決断して、玄関のドアを恐る恐る一人で開けたのだ。

俺はまりさの銀色の餌箱を手に取ると、それにお粥を入れて玄関の外に出した。いつでも帰って来ていいんだよという、メッセージを込めて。


20140923





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