闇夜の灯6

大麻を吸った。特に理由はなかった。しいていえば、和馬と喧嘩したから。ただ、それだけ。



「大麻使用の疑いで連行する」


いきなり部屋に乗り込んで来た四、五人の警察官。
友香の「フダ(令状)はあんの?」と言う問いも、何の意味も持たなかった。
仕事にも行かないで寝ていたベットの片隅に、大麻の吸引具である茶色のパイプが転がっていたからだ。
言い逃れは皆無。昨晩、最後の大麻を吸ってから片付けないで寝てしまった己を恨む。
友香は和馬との喧嘩をきっかけに、和馬に内緒で毎日のように大麻を吸っていた。
とはいえ、一度ばれてしまったが。

警察を目の前にすると、現実に引き戻された気分になった。
警察に出頭する準備をしながら問いかける。


「誰がチンコロ(告げ口)した?」


「そういう話は署に戻ってからだ」


刑事の一人は友香にそう告げた。
大方、知り合いの一人が逆恨みか何かで警察にチクったというのが友香の予想だった。


(別に誰だっていい。それよりも、和馬が仕事でいなくて良かった)


良く言えば冷静。悪く言えば自暴自棄。
何であれ一度覚悟を決めた友香は、抵抗する事もなく刑事と共にパトカーで警察署に向った。


***


「大麻の反応が出るか調べる為に、尿を採りに行って貰う」


少年課。そう記された部屋に連行された友香は、担当の刑事に取調べを受ける。
その刑事は調書を書く際にパソコンではなく、筆記で取り組んでいた。どうやら新人らしい。
素直に取り調べを受け、否認をせずに受け答えする友香に、刑事は安堵しているようだった。
何せ、身柄を拘束してから四十八時間以内に検察に事件内容を届けなくてはいけない決まりがある。
下手に否認されて長引かされては、たまったもんじゃないだろう。尿検査に関しては最後まで悪あがきする被疑者が殆どのところ、
友香は素直に応じた。


「随分素直なんだな。警察に令状を要求する奴とは思えないぜ。あの時実は俺、スゲームカついてたんだぜ?お前はヤクザかよって」


「たまたま興味本位で得た事を言ってみただけだよ」


「そうか。興味本位といえば、事件の動機も興味本位だったな。調書には一応そう書いとくつもりだが、俺にはそうは思えない」


「どういう事?」


「興味本位で大麻吸ったりするか?興味本位の裏に、何か本当の目的があるような気がしてならねぇんだ」


「本当の目的ねぇ」


「ああ。俺は新人だから個人的に聞きたいんだ」


「本当の目的は、弱者になる事」


「弱者?」


「弱者になればなる程社会から迫害されて、自分がピンチになる機会が多くなるでしょ?警察にパクられたら尚更ね。
逆境に置かれる事で、本当の自分と目的が見えてくる」


「つまり、逆境から生まれた本当の自分によって、本当の目的を見つけたい。そういう事か?」


「そういう事。ま、ぶっちゃけこれは冗談ね。今考えただけだから本気にしないでよ?単にマゾっていうか馬鹿なだけ」


「マゾじゃなくてサドだろ」


「え?」


「大切な人を傷つけている」


「大切な人なんかいないよ。いたとしても私にとっては大切でも、そいつにとって私は別に大切でも何でもない。ただの」


ただの元生徒。そう言いかけて友香は言葉を飲み込む。


『友香、お前にはがっかりだ』


大麻がバレた時に言われた和馬の言葉と悲しげな顔が、ふいに友香の脳内にフラッシュバックした。


「とにかく。私に大切な人なんかいない。帰る場所なんかないんだよ」



***



刑事の取調べが一段落した夕方六時前、友香は留置場に向った。
薄暗い牢屋に追いやられた瞬間、先ほどまで感じていなかった「逮捕された実感」が襲う。
寝ていた所をいきなり起こされてからずっと質問攻めにあっていた為か、友香は思った以上に疲労しきっていた。


「ねぇ、ちょっと。何してここに来たの?」


友香が体育座りでうずくまって身体を休めていると、綺麗な顔をした子が大きな口から白い歯を覗かせて話しかけてきた。
十人中十人が間違いなく美人と答えるだろう。留置場にいるのは友香とその子だけだった。


「はっぱ(大麻)だけど」


「ふーん。はっぱって、やっぱイイの?」


「それなりに」


「へぇ。あ、そろそろゴハンの時間だ」


「時計も無いのに何で分かるの?」


「お腹鳴ったから」


クールな見た目に似つかぬ可愛い発言に、友香は思わず笑顔になった。


「私お腹空いてないからあげようか?」


「マジで?でも看守がうるさいから気持ちだけ受け取るよ。ありがとう」


それから、二人は色々な話をした。
その子の名前はユマと言い、友香より三つ年下の十五才だった。とても十五才には見えなくて、友香ははじめ驚いた。
しかし、自分の事についてや友達の話、学校の話、偏差値の話にまで及んでくると、ユマも普通の十五才なんだと思えた。
友香の出身校を教えると、ユマが驚いていたのが印象的だった。しかし学校自体が優秀でも、通っている生徒全員が優秀とは限らない。
他愛の無い事を話し、やがて二人は恋愛について話し始めた。


「友香は彼氏いる?」


「あー・・・どうかな」


「私はいるよ」


「へぇ。じゃあこんな所さっさと出て彼氏に会いたいでしょう?」


「勿論。でも私と一緒に彼氏も警察にパクられたから私だけがココを出ても、どうせ会えないんだ」


「相手はいくつ?」


「成人してる。だから私みたいにちょっと留置場入って鑑別所入って、ハイ終わりって訳に行かないんだよね。
下手すれば刑務所に落ちるかもしれない。ぶっちゃけ少年は気楽だよね」


「まぁ、成人に比べちゃ気楽だね。ネンショー(少年院)に行ったらちょっと厳しいっていうか嫌だね」


「まぁね。でも私はネンショーだろうが何処だろうが喜んで入ってやるよ」


「え、何で?」


「どうせ彼氏がいないんだったら彼氏と同じ境遇を、彼氏と同じ苦しみを味わいたいんだ」


こんな汚い牢屋の中でも尚、真っ直ぐな瞳で熱い望みを話すユマは、友香にとって酷く場違いに思えた。
しかし、友香は自然と嫌な気分にならなかった。それどころか、ユマに感化されたといっても過言ではなかった。


「彼氏はユマにそんなに愛されて幸せだね。私もそこまで人を愛し愛されるようになりたいよ」


「友香なら愛されるよ。愛す事も出来る。私に弁当くれようとしたし」


「そんな弁当あげるのと愛の問題は別でしょ。そんな簡単な事じゃない」


「簡単だよ。なりたいって想い。これが一番大事。意外と自分の想いを自覚している人少ないよね。
自分で気づかない内に行動してて後から、何でこんな事したんだ?みたいな」


「・・・・・・」


「後はやっぱ行動じゃない?些細な行動。それこそ友香が私に弁当くれたみたいに何かきっかけがないと何も始まらないと思う」


「想いに伴う正しい行動・・・ね」


「うん、そんな感じ。全部でたらめな持論だけどね。ところで話変わるけどさ。友香は何ではっぱ吸ったの?」


「・・・・・・」


「友香?」


「愛されたかった・・・から。多分」


お前らうるさいぞ!という看守の怒鳴り声が、留置場という名の寂しい鳥かごに響き渡った。


***


証拠不十分。無罪放免。大麻の尿検査の結果は陰性。奇跡的に尿に反応が無かったのだ。
自白についても情状の余地が認められて三日ぶりに太陽を拝める事となった。
さぞかし浮かれている様子かと思いきや。友香は冴えない顔をしていた。


(自分の本当の想いに気づいたはいいけど、どうやって目的を達成させたらいいのか分からないなんて、笑っちゃうよ)


裁判所から数歩歩いた時。思いがけない人物がこちらに見えた。


「和馬・・・!!」


「よう、シャバの空気は美味しいか?」


「何でここに?面会だって来なかったのに。私に失望したんでしょ?」


「悪い悪い。警察に止められてた上に、お前にあわせる顔がなかったんだ」


「止められてた?あわせる顔?どういう事?」


「落ち着いて聞けよ?警察に通報したのは、この俺だ」


「は?」


「お前に立ち直って欲しかった。救いたかった。これは元担任としてじゃなくて、一人の人間としてだ」


「な・・・」


「自分を苛める事よりも、自分を褒める事の方が難しいという事に気づいて欲しかった。学んで欲しかった。
安全な環境でゆっくり色々考えて欲しかった」


「・・・・・・」


「お前は俺を恨むかもしれないが、それでも行動せずにはいられなかった。恨みたいならいくらでも恨んでくれて構わない」


「・・・・・・」


「これが俺に出来る全てであり、最大限の愛なんだ」


「愛・・・」


友香は暫く黙っていたが、何を思ったのかいきなり走り出して和馬の前からいなくなってしまった。
和馬は、走り出した友香を止めはしなかった。自分が恨まれる事は分かっていたからだ。何度も頭に描いた目に見えていた結果だった。
和馬は煙草を取り出して、火を付けた。思い切り煙を吸い込んで頭を空っぽにして、ため息と同時に煙を口から開放させる。
ものの数十秒で煙草を吸い切り、暫くその場にたたずんでから和馬の口からほろりと本音がこぼれた。


「俺も損な役回りだよな・・・。教師なんか辞めちまおうかな」


「え、教師辞めちゃうの?」


「うおっ!何でお前戻ってきたの!?」


当然和馬はその場に一人だと思っていたから、いきなり聞こえてきた声に驚いた。
しかもその声の主は先程いなくなってしまった友香のものであったから尚更だ。


「いや、何かシャバが懐かしくて。無償に自販機でジュース買いたくなってさ」


「いや、懐かしいってお前、たった三日だろ?三年じゃなくて、三日だろ?」


「うるさいな。行動を制限された私の気持ちが和馬に分かるか。人間出来ないとなると無償にやりたくなるもんなんだよ。だから・・・」


「あ?」


「パクられて無償に和馬に会いたくなった。自由を奪われてから漸くその想いに気がついた」


「友香・・・」


「和馬が言ってた自分の褒め方とやらを私に教えてよ。で、他にも和馬の知ってる事全部私に教えて。後悔だけは絶対にしたくないんだよ」


友香の言葉を聞いて、和馬は嬉しそうに、しかし照れくさそうに頭を掻きながら言った。


「上等だ。責任持って、俺が全部教えてやる。学校で教わんないような事も全てな。覚悟しとけよ」


「何照れてんの?」


「照れてねーよ。このクソガキが。あ、言い忘れてた事があった」


「え?」


「おかえり、友香」


和馬が柄でもない事を言うから今度は友香が照れてしまった。


「・・・帰ろうか」


「おい、ただいまって言えよ!待ちやがれ!」


友香は、和馬と肩を並べて帰るべき場所へ帰って行った。そして和馬の家に着いた時、こっそり「ただいま」と呟いた。
数年後、友香は少年院に足を運んだ。勿論容疑者としてではなく、薬物撲滅にむけてのスピーチをするためだ。

友香の人生の旅路は、始まったばかりだ。





20111203完


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