きっかけは、文次郎のいない夜に部屋へ押し掛け、机で書き物をしていた仙蔵の背へ抱きついたことだった。十五歳の生理現象を押しつけるには、後輩でも同室の留三郎でもなく、仙蔵が一番であると思ったのだ。手軽で身近で綺麗で、男であるから頑丈だろう、ちょっと乱暴にしても大丈夫だろう、とのことで、決めた。
「そうだな、後腐れなく付き合えると言うなら、くれてやっても良いだろう」
 意外にもその伊作の要求はすんなり受け入れられた。そして慣れた様子で仙蔵は戸棚の奥から油を取出し伊作へ手渡した。
「慣れてるようだけど、どうして?」
「前作法委員長に、ちょっとな。作法委員会はそういうことがよくある。まあ、それはそれ、と割り切れている」
「仙蔵も、喜八郎にやってあげてるってわけ?」
「それには答えんがな」
 ふっと口の隅で笑った。体を回転させ、あぐらをかいた伊作の上に乗ると伊作の指を油に浸させてから、ほら、と言い、自分の腕は伊作の背中へ回して身を委ねた。伊作はまとわり着く油の感触を何度か確かめて、おずおずと仙蔵の方へ指を伸ばした。

 何度かそうして夜を重ねていたあるとき、唐突に仙蔵が「もう仕舞だ」と言った。理由を問えば、らしくない様子でどもる。
 伊作は気付いていた。自分の中で、最初は割り切れていたはずのものが、今では境界線があやふやになり始めていた。だからきっと、仙蔵が仕舞だと言った理由もそういうことなのだろう、と。
「そっかあ……もし、今、ぼくが仙蔵のことが好きだって言ったら、どうする?」
「……今までしてきたことを後悔するだろうな、わたしが」
 囲った腕の中から、猫が逃げるように仙蔵が抜け出た。ひた、と裸の足が戸へと迎い、開いた隙間から月の光が差し込んで、また暗やみに戻る。
 敷いた布団に転がり込んで、骨格標本を抱き寄せ、伊作はその晩、虚しく泣きながら眠った。

 次の日、委員会の活動でいつものように菜園へ出向いた。途中、会った仙蔵と喜八郎に挨拶され、仙蔵の手中に収められた油の小鉢を視界の隅に捕らえながらも返事をする。
(……ああ、ぼくは、馬鹿か?)
 薬草をぶちりとちぎり取ると、染みだしてきた臭い汁が指の隙間につく。指を動かすたびにそれはまとわりついて、より一層強い匂いで伊作の鼻を刺激した。



110718/退いた猫をもう捕まえられない

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