額にはじわりと汗が染み出て、言わずもがな下着も汗で重たくなっている。その暑さに、まだ夏がここに居残っているのだなと思う。が、秋が近づいていることを知っていた。
 毎年、この、夏の終わりの時期になると三年い組の伊賀崎孫兵が医務室へ足繁く通うようになる。大事そうに柔らかく、手のひらに包み込んで急患だと言って(それはさながら瀕死の赤子を抱えた母のようで)やってくるのだ。
 そうして今年も、その時期が来た。孫兵の軽い足音が廊下をこちらへ駈けてくる。開け放ったままだった入り口へ、孫兵が立つ。白昼の太陽はじりじりと焦がして、短い影が彼の足元に一つ。
「今度こそ、救ってください」
 正座する自分の前へ孫兵もまた正座して、柔らかく握っていた拳を開いた。もう今日だけで三度目。その中に何が入っているのかということは予想はついていて、そしてそれは違いないだろう。
 突然光を浴びて驚いたかのように、孫兵の手のひらの上で急患が羽を震わせた。夏の盛りに聞くその音よりも、随分弱々しくじいじいと鳴いた。
「はやく、命が消えてしまいそう」
「……残念だけど、救えないよ。蝉だなんて、無理だよ」
「そんな」
 孫兵の目の淵から涙が滲み、ぽつりぽつりと蝉のからだへ乗る。勢い良くじいじいと蝉は震えた。しかしその勇ましさは段々に無くなっていき、仕舞いには「じいい、い、い、」と命の余韻を残して息絶えた。
 じきに夏が終わるのだと思う。嗚咽を漏らしながら医務室を出ていく孫兵の細い背中を見つめた。



110913/晩夏

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -