※死表現


 すぐ帰ってくると言って実習へ行った立花先輩が帰って来ないんです、とわたしに嘆いた綾部喜八郎に、真実を伝えるべきか考えてあぐねてもう半刻だ。もう日も落ちてしまった。自分でもこんなにひとつのことを考え続けているなんてありえないと思っている。普段なら長次が答えの近道に導いてくれるのだが、そんな長次も今日は出払っていていないのだ。
 喜八郎に出くわしたことが間違いだっただろうか。しかしずっとこのことが隠され日々が続くことはあり得なく、いつかその事実は学園中に伝わるのだ。
 ならば、と縁側から腰を上げ、土を吐き出す地面の穴を覗き込んで、わたしは喜八郎を呼んだ。
「仙蔵は死んだぞ」
 絶え間なく吐き出されていた土が止まる。目を凝らすと穴の底で喜八郎は鋤を土に突き刺したまま固まっている。が、数秒後にはまた穴を深めにかかった。
 意外にも、というか、綾部喜八郎は仙蔵に懐いていると思っていたからこの反応は予想外である。薄情だ、とも感じた。しかしわたしの口だけのことで、それが本当のこととは信じられないのかもしれない。
 確かにわたしの手元に、仙蔵の骨や腕や「泥だらけの手で触るな」とよく言われた髪の毛の束があるのかと言えば、それはない。けれどわたしのこの目は、仙蔵の命が消える瞬間を確かに見届けたのだ。
「わたしも一緒に掘っていいか?」
 返事を聞くより先に穴に飛び込んで、暗い地の底でひしと喜八郎の腕を捕らえた。すこし力を加えてやると、手からぽろりと鋤が落ちた。
「……駄目です。七松先輩は、向こうで、ひとりで……」
「なんだァ、薄情な奴って思ったけど、しっかり泣いてるじゃないか」
 喜八郎の顔を覗き込んでいたわたしの目蓋に涙の雨が降ってくる。土だらけの空いた手で目を拭おうとする素振りを見せたので、わたしはその手も掴んだ。胸に引き寄せてやる。涙を存分わたしの服に染み込ませていい、まだわたしは泥だらけじゃない。
「秘密にしてくれって言ってたけどそんなこと不可能に決まってるのに」
 実習自体は難しくもなく、だからこそ仙蔵は喜八郎にすぐ帰ると言ったのだ。確かに実習は難しくなかった、ただ、不運に不運が重なり、その上にまた不運が重なったのだ。
 背の丈の低い草の上に仰向けになった仙蔵は血塗れで息絶え絶えながら美しかった。そうやって胸元にいる喜八郎に言ってやると、頷くように頭が動いた。
「人は死んだらどこに行くんだと思う?」
「土の中……」
 美しい仙蔵が土の中で誰にも見られずに眠るのはあまりにももったいない。そこでふと、わたしは長次に教わったある話を一つしてやった。人は死んだら星になるという話だ。
「仙蔵は綺麗だから、あの一番綺麗な星だ」
 地より低い場所から見上げる丸く切り取られたその空は狭いが、一等明るく輝く星が一つ。胸元から喜八郎を引き剥がして、顔を上へと向けさせる。「違いないです」と喜八郎は言って、頬に一筋溢した涙は落下星のごとく、その日は二度と光らなかった。



111023/千年の星

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