四年の終わり、雪は溶けはじめた。初めての実習から帰ってぼろぼろの姿で立花先輩のもとへ顔を出すと、火鉢に当たっていたのかなんなのか、異様に熱い手でぼくの前髪を掻き上げた。「この有様です」と言うと額に唇が触れて「無事でなにより」と。
 卒業を控えた先輩はあと何回かの実習をこなすだけだと言っていた。優秀な先輩は卒業後の行方も早々に決まったらしかった。答えなどもらえないなんてことはわかっていたけれど、だめもとで、「どこへいくのですか」と問うと、やっぱり返ってきた言葉は「言えない」だった。
――まあ、言えることがあるとするなら、戦場か。
 火縄の音や大砲の音、それから騎馬と歩兵の大声と、言いだしたらきりがないけれど、実習へいってわかったのが戦場というものが本の中とは全く別物だということだ。本は匂いも音も教えてくれないし、その場に漂う恐ろしさ、忌々しさなんてもってのほかだ。
 そう、ぼくは恐ろしかったのだ。抱擁する先輩の腕からずるりと抜け出て、正座したまま額を床へと押しつける。立花先輩が「どうした」と後頭部を撫でてくるけれど、顔を上げられないまま、そのまま。目頭が熱くなって、ぽたぽたと床へ涙が落ちた。
 立花先輩の卒業後の居場所があんなにも恐ろしいだなんて。年齢が違うしそもそも元の質も違う、ぼくと立花先輩は違うけれど、到底ぼくではあの戦場で生き残れる自信がない。
「喜八郎、どこか痛むのか」
「立花先輩が卒業されたあとの居場所をこの目で確認してぼくは恐ろしくなりました。先輩が優秀なのは知っています、でも死んでしまわれないかと不安です。先輩が卒業してひとり残されたぼくは先輩が死んでしまっていないかという不安と恐怖にひとり震えねばなりません」
 一息に言って、またぼくは床を見つめた。
 卒業したらきっとぼくと先輩は出会わないだろう。立花先輩自身の生首フィギュアの残骸のひとつをぼくは先輩の部屋の前で拾った。学園でのものすべてを先輩はここへ捨てていく。漏れず、ぼくとのあれそれも。でもさみしいのはそれじゃない。
 あんなところに行かないでなんてぼくには言えない、資格がない。だからせめて知ってしまったぼくを慰めてはくれませんか。手の甲で顔と床、濡れたところを拭って先輩を見た。
「……痛いのはわたしのこころかな」
 先輩は苦笑してぼくを掻き抱いた。「先輩が痛くなる必要はありません」と言い切るより前に唇で言葉を遮られた。



120110/正しいさよならの仕方

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