立花仙蔵や鉢屋三郎といった先輩は本当にうまく女に化けるものだった。遠くに見ても近くに見ても、彼らは彼女らというのが相応しいほどだった、と孫兵は手鏡の中に映る自分の姿を眺めながら思う。赤くした唇、薄く色をつけた目蓋、自分の最善は尽くしたけれどもやはりどう見ても鏡に映る自分は男だった。
 女装の授業は初めてではなかったし、その内容は毎回女装で町へ出かけて何でも買い物をしてくる、とそれだけだった。けれども日頃と違うことをするのはなんとなく心が落ち着かない。孫兵は「七松先輩は女装の際にはこれくらい胸に詰め物をしていらっしゃった!」と大量の詰め物を着物の胸元に入れていた三之助を見て、ばれないだろうと胸元にジュンコを忍ばせた。が、「孫兵、今日はジュンコと一緒は駄目だよ」と藤内に尾を掴まれて引きずりだされ、ため息を吐く。
 そうこうしている間に先生たちから「町へ行くように」との指示が出て、切り株の上でとぐろを巻き、頭だけをもたげているジュンコに手を振りつつ孫兵は先を行く藤内についていった。
 孫兵は女装の授業の度に藤内を流石だと思う。彼の先輩はあの立花仙蔵であるし、そうして彼自身が勉強熱心というのもあるだろう。姿形や所作、先輩ほどまでとはいかなくとも、藤内は女に見えた。
「孫兵は町で何を買うのか、もう決めてある?」
「紅を買うよ」
 藤内は指先を揃えた手を口元へ持ってきた。そうして「紅!」と驚いたような声をだす。女らしい、と感心した。
「今使ってるのがまだあるじゃないか。色も孫兵に合っていると思うし、新しいのを買わなくても良いんじゃないのか」
「ぼくのじゃない」
「じゃ、誰の」
「ジュンコのだよ」
 一緒に見てくれよ。そう頼むと彼は呆れたようなため息を吐きながらも了承してくれた。

 作法委員会御用達だという店で買ってきた紅は、女装の授業で孫兵が使っているものより少し高めのものだった。それだけに発色も鮮やかで、けれども下品になりすぎないと店主が勧めたものだった。店主はもちろん、その紅が蛇の口に使われるだなんて考えてもいなく、孫兵は「じゃあこれにしよう」と即買いし、藤内だけが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 学園に着くなり、自分の化粧を落としたり女物の着物を脱ぐこともしないで孫兵はジュンコの捜索を始めた。昨晩降った雨でぬかるんだところや葉にいくつもの水滴を乗せた草原へも平気で入っていく。同室が保健委員というのもあって、世話焼き気質な(に、なってしまった)藤内は、彼と自分の着物の裾を摘みながらその捜索に同行した。
「ジュンコ、ご覧、君のための紅だよ」
 孫兵は池の近くの岩の上で居眠りしていたジュンコを見つけ、揺り起こして手のひらに乗せた紅を見せた。小さな花の柄を彫った入れ物に手を掛けてあけてみせると、一度舌をちろりと出してから彼女は孫兵の腕へと乗り移る。そうしてまじまじと紅を眺めた。
「ジュンコも女性だから、興味あるよね。綺麗にしてあげるよ」
 そう言って小指の先に紅を乗せ、彼女の口へ触れた。



120102/口紅

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