青々しい草原にぼくがひとり立ち尽くして、遥か向こうの丘には竹谷先輩の濃い青と一年生たちの水色。視線を森へと巡らすと真っ赤な着物を着た女性が袂をゆらゆらと揺らしながらぼくへと手を伸ばしていた。
「呼んでいるの?」
 独り言を吐かしてぼくは彼女に駆け寄った。近寄るほどに彼女の顔の美しさや体のしなやかさが目につく。――ああ、なんて素敵なひと! 手を取るとひやりとした体温、生きているとは思えない、彼女の凍えそうな熱にぼくは震える。
 まるで春の花に群がる蝶々、ぼくは彼女へ吸い寄せられるように抱きついた。赤い着物の胸元へ耳を寄せると、わずか向こうで心臓の音がする。どくり、どくり、やがてそれが自分のものと解け合うように重なった。
「かわいいひと、ほんとうに」
 つむじへと彼女の微笑が降ってくる。どこでも聞いたことのない初めて聞く綺麗な声、でもあなたのことがぼくは前から好きだったような気がするのはどうしてだろう。
 胸元から見上げると、薄い唇の隙間で彼女の舌がちらちらと動いている。這い上がるように彼女の肩へ手をかけて、唇同士を寄せる。初めての接吻だった。ぎこちなかったなら申し訳ない、まだおとなになりきれないぼくを許してほしい。
 不作法かもしれない、でもぼくはあなたが好きなんだ……彼女の細い首を撫でながら言うと「ええ、知っています」と穏やかな返事がした。それでぼくは安堵した。彼女は彼女だった。ぼくはたとえどんな風な彼女でも、やはり同じように好きになる。
「いつもあなたはそればかり」
 彼女は笑っていた。
「あなたにはわかるのでしょうが……言葉にならなければ、本当には伝わらないとわたしは思っていました。孫兵、わたしも孫兵が好きなのです」
 今度は彼女から。長い舌で唇をなぞられて、それに従ってゆっくり口を開くとぬるりと中で、まるで蛇のように、ぼくの舌と彼女の舌が絡み合った。目の前がちかちかして、酸欠に喘ぎながら彼女の胸へと縋る。ジュンコ、自然に口をついて出た名前にぼくはまた安堵する。
 しばらくするとまばたきする度に彼女の着物の赤が糸になってぼくの体中に巻き付くようになった。やがてぼくの頭ごと包み込んでしまったそれが誰かの手によって掻き分けられ、首もとへわだかまった赤い糸は見慣れた赤い蛇になる。ぼくは極彩色の夢を見た。



111121/蛹の中で夢を見ていた

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