愛と罪悪感の行方
Dear karu様


 最初に火の手に気付いたのは、少し離れた集合住宅に住む若い女性であったという。

 その日は雨が降っていた。そして風が強かった。風は火を煽るが、湿度が高ければ逆効果だ。少なくとも小火程度ならそうそう大火事に発展するような状態にはなく、この的場別邸をほぼ全焼させた大火は、不幸にも現場に居た当事者たちにとっても奇妙な点を幾つも残している。

 先ず奇妙であるのは、事件当事、屋敷に居るほぼ全員が眠っていたことである。屋敷が炎に包まれ、ようやく周辺で騒ぎになったのは午前二時頃であったようだ。
 的場別邸は近隣の住宅からは少し離れた場所に建っており、そのために近隣住民は事態になかなか気付かなかった。周囲には主に空き地や雑木林があり、これらは公用地であるために誰のものでもなく、勝手に手を着けることはできない。そうした周辺環境が遮蔽した邸内で、ましてや時間が時間である──家人が寝静まっていておかしい話ではない。

 しかし事件当日、邸には一門の頭主である的場静司が滞在していたことが判明している。伝統ある旧家である的場家では、一門の頭主、或いは要人の滞在時には夜回りと夜番が厳しく義務付けられていて、当日も例外なく計三名の人間が別々の場所で独自の任務に就いている。そのうち一名はのちに遺体で発見されるのだが、残りの二名に関しては眠りこけていた──というよりも、個別の事情聴取に対し、揃って記憶が無いと同じ証言しているのだ。記憶が抜け落ちているのだから居眠りをしていたとしか考えられないという当人たちの当て推論でしかないものだが、いずれにせよ発火から屋敷が炎に包まれるまでの時間に関して、警察は事件に関する目撃証言を一切とることができなかった。彼らの供述は考えにくい話ではあったが、何しろ彼ら自身がもっとも困惑しているのである。百戦錬磨の捜査官の目から見ても、素人が口裏をあわせているようようには見えなかったという。

 現場検証においても、幾つか奇妙な点があった。放火の痕跡が一切出なかったことである。検証は主に燃え方や残留物から出火原因や経緯を特定するが、出火原因とおぼしき場所は複数あり、いずれの場所からも残留物や放火の証拠に足るものは出ていない。主に大火に至る原因となった二ヶ所の出火現場のうちの一つは、頭主である的場静司の寝所だった。但し、静司には喫煙の習慣は無く、寝所から発火原因になるようなものは発見されていない。配線関係の調査でも、ショートや漏電などの異常はどこからも見つかっていない。
 もう一ヶ所の大きな出火元は、邸の外周に飛び出た竹製の垣根であったようである。雨の中にして、これも解せない要因の一つだ。雨ざらしの小火が、いかにして大火へと変じたか──なべて火事の原因は些細なものがほとんどだが、この日の雨は相当に強く、最初からかなりの火力をもって引火させない限りは小火を出すことさえ困難であった筈である。

 また、邸は古い書院造りの日本家屋で、元々は血脈の絶えた旧士族の持ち物であったという。だが近年的場家が接収した後は最新の警備を導入しており、屋敷の内外には複数のセキュリティカメラが設置されている。しかしのちに、唯一わずかに焼け残った別棟から回収されたこのカメラのレコーダーには、午後十一時以降人の出入りは一切映っていなかったのだ。にもかかわらず、出火は邸の内外でほぼ同時に起きていた。これらの事情に対しては複数犯及び内部犯行の疑いが強まったが、それにしては動機がはっきりしない。結果的に三人の死者を出した大火となったものの──妙な話だが、痕跡を吟味するに、強い害意があって放火したようには到底思われないのである。まるで目的意識が無く、ひたすらあちこちに撒き散らすように小火を発生させている──あたかも触れたものが意図せず発火しているかのように。

 そして最も奇妙であるのは、三名の死者が、全員心臓麻痺で死亡しているということであった。煙を吸って一酸化炭素中毒で死亡した者も無ければ、炎にまかれて死んだという者も無かった。三遺体のうちの一体は、のちの司法解剖の際に、一切煙を吸っていないことが確認されている。つまり彼は、火事が起こるより前に死んだということにほかならない。
 あとの二名に関しても、死因は心臓麻痺であると断定された。いずれも同様に、驚愕のような、恐怖のような、目を見開いた状態で絶命していた。──とすると、家人が寝静まっていたために被害が大きくなったとされる説とは矛盾するのではないか。或いは彼らは、たまたま眠っていなかったばかりに死んだのか。生き残った他の夜番の二名は眠っていたという。不幸な三名の死者は、たまたま目覚めていたという理不尽な理由で「死なねばならぬ何か」に遭遇したのではないか──「的場」が何者かを知る関係者の中には、そんな世迷い言を宣う者もある。
 だとしたら、死者たちの身には一体何が起きたのか。

 彼らは、何を見たのだろうか。







 的場静司はやや重度の不眠症である。
 彼が主治医から処方される眠剤は、同系統の薬剤の中でも効果が強く持続時間も長い。にも拘わらず、それを服用してもなかなか眠ることができないという日が少なくない。
 睡眠障害の主な原因は、多忙と心理的負荷によるものだと思われているが、元来眠りの浅い静司は、少しでも物音があればすぐに覚醒してしまう。妖力の鋭さ同様五感も極端に鋭敏であることが災いして、彼は幼い頃より眠りに対する親和性が低い。それでいて妖力は折紙付きとくる──それは日常生活や社会生活に際して弊害をもたらす一方で、祓い人としてはきわめて優れた資質である。以前、同業者名取周一の友人である少年に、自分は祓い屋の家系に生まれたがゆえに幸いだと言ったことがあるが、まさしくその通りだ。もしもこうした資質を備えながら逆の世界に──鏡の向こう側に生まれついたならば、間違いなく悲惨な末路を辿ったに違いないのだから。

 その夜も、彼は眠れなかった。一日の仕事を終えて疲れきっている筈の身体に、睡魔だけがどうしても襲ってこない。明日を見越して早目に床に入ったものの、彼はまんじりともせず最初の一時間を過ごした。毎度のことながら、それは如何ともし難い苦痛だった。そしてこれからもまた、同じ状態が一夜にわたって自分の心身を痛め付けるのだと、彼は知っていた。
 ──鬱々とした。
 脳裏には、様々な事柄が渦巻いていた。そのほとんどがとりとめの無い些末事で、思索としてまっとうな体裁がとれているものはほぼ存在しない。感情の断片、脈絡の無い言葉、記憶の欠片──遮断しようとしても、それは次から次へと際限なくわきあがってきては彼を苦しめる。すべてが果てしなく無意味だった。
 眠ろうとする努力を放棄しても、それは同じだった。彼は悶々と時を過ごした。
 ふいに遠くで、くぐもった喘ぎのようなものが聞こえた気がした。だが静司の無意識は、それが自分自身の妄想の産物であると理解した。
 ──ふと、言い知れぬ不安が胸をよぎった。その正体が何かは判らなかった。いわゆる漠然とした不安。誰にも言ったことは無いが、こんなことは度々ある。自分の身体が自分のものとして感じられなくなるような──世界と自分が切り離されたような感覚。離人感とでもいうのだろうか。具体的なリアリティの消失。案外幽体離脱証言なんかの中には、離人症状における身体と精神の不均衡の自覚に起因するものもあるかもしれないと静司は思う。
 身体機能に異常をもたらすことはないが、静司にはこの感覚が厭で厭で堪らない。いつしかは何とかして現実感を取り戻そうと躍起になった挙げ句、小指を切断しそうになったことさえある。何故に小指だったかと言うと、前日にテレビで「仁義なき戦い」を観たせいだと思われるのだが。
「……」
 五感を研ぎ澄ますと、再びいずこかより声が聞こえた。今度は悲鳴というより、咳で息が詰まったような、くぐもった声だった。ゴトン、と物が倒れるような、鈍い音がした。
 何の音だろう。
「……おい」
 静司は床の上に身を起こして言った。
「誰かいないか」
 静司の休む床の間から、襖を隔てた次の間には、常時人が詰めているはずである。しかし返事が無い──誰もいないのか。眠ってでもいるのか。
「誰もいないのか?」
 返事はない。
 ──何かがおかしい。
 返事が無いことに対してではない。何がという明確な根拠はないが、まるで邸内に濃霧でも立ち込めているかのような閉塞感を感じるのだ。妖気は無い。だが何かしらの予兆を感じた身体が、無意識に枕の上に置いてある護身の小刀を手繰り寄せる。
 心臓が、ドクンと鳴った。

 ──その刹那、障子の向こうに人影が映った。誰だ、と言葉を発しそうになるが早いか、パン、と引き戸が勢いよく開かれた。
 ──静司は唖然とした。
 現れたのは、静司がよく知る男だった。
「………名取、周一?」
 静司は、微動だにせずその姿を凝視した。群青色の着物を着て、目深帽をかぶっている。──まるで、大正時代の文士みたいだ、と静司は思う。
「なぜ、あなたが、ここに」
「見つけた」
「……」
 ──見つけた?
 寝所に足を踏み入れようとした周一を、静司は制した。
「近付くな」
 手にした小刀を胸の前に翳す。抜けばそのまま武器になる──名匠の手で鍛え上げられた、静司の守り刀。床の上で膝をたてて、静司は小刀を構えた。
「どうしました、朝から晩まで武器ばかり振り回して」
「何者だ」
「私ですよ静司」
 困惑したように、周一は眉をひそめる。だがどこか空々しい。
 妖だ。
 静司は確信した。
 妖気を察知することだけが、妖の存在を特定する手段ではない。高位の妖の中には妖力を完全に隠匿し、人を欺くものもある。
「静司」
 制止に構わず、周一は寝所に踏み込んだ。静司はぎょっとする──まがりなりにも的場の最強の技術結界を張り巡らせた寝所だ。それを何の苦もなく、あっさりと、踏み越えて見せる。
 彼は妖ではないのか──静司は混乱していた。これは、不眠による強迫意識が生み出した妄想なのか。あるいは、夢か。彼は本物の名取周一なのか。
 裁量を鈍らせ、混乱をもたらすのは、眠れぬ夜に掻き乱された神経の不協和音だ。意思と行動の不均衡が、判断にずれを生む。ひどく危険な兆候だ。
「知りたいかい?」
 周一が穏やかに言った。その顔、声、口調。静司の知る名取周一と、それは寸分違わぬ代物だ。
「……それはね、結界の主たる君が「この姿」を受け入れてしまっているからなんだよ」
「!」
 ──心を読まれた!
 静司は頭に血が昇るのを感じた。やはり妖だ。卑しきものに──何たる屈辱!
 咄嗟に小刀を抜き払った静司を、周一は穏やかな表情で制した。
「……まあまあ、落ち着いて。だけどそういうものなんだ。君だって判っているだろう。術とは使役者の意識を如実に反映するもの」
 周一の唇が、周一の声で語る。
「そして結界はその最たるもの──生物の闘争の根底概念である『我ら』と『彼ら』を区分する祭礼を、より技術面に特化させたものが現在の結界技術だね。だけど根底にあるものは何も変わらない。君の意識は「この姿」を、無条件に受け入れてしまうから、結界など意味は無いんだ」
 そう言って、歩を進める。その背後は奇妙に明るい。そして、忌まわしい臭い──周一の背後で障子が燃えているのが見える。
 そしてその時、初めて静司は妖気を感じた。周一が──否、妖が、もはや隠匿の必要性を失って、剥き出しの邪気を発散し始めたのだ。それはひどく濃厚だった。空気に重みを感じるほどの邪気。煙に混じって実体化するそれが、肺の中から体内を浸食する。
「ほら、こんなになっても、君の結界は私を拒絶しない」
 周一の貌が、ひどく邪悪な笑みを浮かべた。見てはならない──それは人ならざる、おぞましい表情だった。背筋が凍りついた。
「……黙れ、妖」
「君はこの男を愛してやまない」
「黙れ──」
 きれぎれに息を吸いながら、静司は祈るように無力な言葉に縋った。だが妖はその動揺を意に介さず──いや、悦に入ったように笑う。
「それは君の力、技巧、知謀、命さえ、総てを秤にかけても足りないほどだ。だから、君は私を受け入れる以外に選択肢は無い。偽物だとわかっていても──」
 妖は、蝋のように固まった静司を床の上にゆっくりと押し倒した。抵抗はしない。──いや、できない。
 静司は祓い人の中でも、類稀な力を持って生まれた。それでも身一つで、長い年月の間に人間が発展させてきた退魔の技術に依ることなく、妖と戦うことはできない。知謀と策略を抜きには、人間と妖との地力の差はあまりに歴然としている。
「面白いことを教えてあげようか」
 妖は、静司の耳元に囁いた。
「屋敷の人間は皆眠っているよ。けれども力の強い者の中には罠にかからなかった者もいる。流石は的場家──すぐれた術者も少なくないね」
 木と紙が燃え落ちていく臭い。燃えた木が弾けて、パチンと火花が飛ぶ。縁側に降り注ぐ、叩きつけるような雨の音。荒れ狂う風に木々がたわむ。破壊の韻律。
「だから、私の姿を観た者は、みんな殺してやったよ」
「……ほう」
 静司は抑揚無く言った。なるほど──あの時の奇妙な物音がそれか。思い返して目を伏せる。あの時すぐに異常に気付いていれば、それは避けられただろうか。
「君にとっても好都合だろう。君の愛しい男があらぬ嫌疑をかけられるのは本意ではあるまい」
「……そんなことはどうでもいい。奴に嫌疑がかかろうが、偽者は偽者だ。それよりも、お前の目的は何だ」
「君の身体」
 妖の表情がぐにゃりと歪む──笑ったつもりだろうか。
 妖の言葉が静司の鼓膜の奥で何度も反復する。偶発的な遭遇ではないならば、この邂逅は必然だ。逃れようの無かった予定調和。決定権は常に強者にあるという無慈悲な世界法則。
 だが、それに牙を立てたのが、静司の身に流れる血ではなかったか。
 ──静司は唇を噛んだ。

 刹那。
 静司は無駄の無い動きで妖の腕を掻い潜り、素早く身を躍らせると、舞うようにして抜き身の守り刀を躊躇無く妖の胸に突き立てた。
 どす、と厭な音が鳴った。
 血は出なかった。
 動揺を押し隠して間合いを取り、すかさず文言を唱える姿勢に入る。小刀はそれ自体が強い退魔の力を宿す特殊なものだ。数秒の足止めにはなるはず──そう考えた。考えるしか無かった。遠からず崩れ落ちる屋敷の中、孤立無援の静司には、最早それだけが命綱だったから。
 だが、あたかも小刀を穿たれたことにさえ気付かぬようような素振りで、妖は静司の首筋に手を延ばした。冷たい手──死人のような手だ。胸に突き立てられた小刀と相俟って、あからさまに死を彷彿とさせる姿が、却って静司を動揺させた。その外見は確かに、名取周一その人であったから。
「ひどいな、静司」
 妖は嗤う。
 不吉な、厭な笑みだ。「笑う」という行為を学習できない彼らが、無理矢理に造ろうとする奇妙な表情。
 妖は、胸に刺さった小刀を見遣った。だがそれに触れようとはしなかった。触れられない──あるいは、本能的な忌避感がそうさせるのか。
「退魔の小柄だね。痛いなあ、傷になってしまうよ。ほら」
 延ばされた手が、おもむろに静司の手を掴む。時間の流れが停滞しているような感覚。導かれた手は、妖の胸に突き刺さった小刀に辿り着く。
「抜いてよ、静司。抜いてくれないと、死んでしまうよ」
「……」
「いいのかい?この男を、殺しても」
 柄に触れる指先が震える。妖のくだらぬ戯れ言だと理性がたしなめる一方で、生理的な拒絶感が意識を塞ぐ。
 ──何故だ。
 静司は喘ぐ。急き立てられるような鼓動に圧されて、息が上手く出来ない。強い吐き気が静司を襲う。それは──恐怖の副産物だ。
 偽者だとわかっている。相手もそれを隠そうとさえしていない。同じであるのは姿だけ。自分の命さえ危険にさらして、今まさに焼け落ちようとする邸から逃げようともせずに──自分は一体何に葛藤しているのだ。何故、戦おうとも、逃げようともしないのか。
 障子張りの引き戸は焼け落ちて、嘗めるような炎は縁側の床へと食指を伸ばす。幻ではない熱さがピリピリと膚に伝わる。恐怖はない。ただ焦りがある。馬鹿げた焦躁、早く文言を唱えろ、静司。守り刀を触媒に、全ての力を奴の体に叩き込め。
 早く!!
「──静司」
 妖の表情が翳る。もの悲しげな顔。眉を寄せて苦悶するのは、まぎれもなくあの人の──名取周一の顔だ。
 燃え盛る炎の熱さと、妖が撒き散らす障気。圧倒的な状況に立ち向かうには、余りにも矮小な力。そしてよぎる絶望の中に、濃厚な不徳の匂いがただよう。操られるように静司の手が、突き立てられた小刀の柄を掴んだ。
(駄目だ──やめろ!!)
 理性の叫びが、虚しく響いた。
 ──なんという、愚か者。







 消防が現場に到着したのは深夜二時を少し過ぎた頃だったという。
 最初の通報者は、件の近隣の集合住宅に住む若い女性だった。深夜勤務の仕事から帰宅した彼女が、自宅である六階の窓から偶然燃える的場邸を目にしたためだ。
 続いて──ほぼ時間差で入った通報は、七瀬と名乗る女性だった。的場家の関係者であるという彼女は邸の状況を淡々と説明し、現在進行で避難が実施されているが、死者が出ている旨を告げた。
 的場別邸は、午前六時に鎮火した。延べ四時間の消化活動の末のことだった。屋敷はほぼ全焼した。焼け残ったのは、別棟の一部だけだった。
 その後、現場検証や聞き取り、のちには司法解剖も行われたが、ある時期を境に当局の捜査は打ち切られた。捜査現場では上層部からの圧力ではないかという話もあったが、結局のところは分からず終いだった。
 また、あれほどの大火で死者さえ出したにも拘わらず、捜査当局はとうとう的場家頭主と会うことはできなかった。彼が事件当日、現場で寝泊していたことははっきりとしており、その件について的場家が頭主が喚問に応じるという返答を伝えたその矢先に──捜査は打ち切られたのだ。
 そんなごたごたした最中で、騒ぎの見物に来ていた一人の幼い少年の供述はまるで奇異なもので、有力な手懸かりとは見なされなかった。
 少年は言った。

「燃えてるおやしきのうらから、人が出てきたのを見たよ。今ドラマに出てる、名取周一みたいな男の人」
 そう言った少年は、だがすぐに顔を曇らせた。
「……でも、ぼくが見てる前で、顔がとつぜんお花になっちゃったんだ。それで、お空に飛んでいっちゃったんだよ」

 的場別邸のこの凶事に関する顛末を何らかの形で語ったのは、この少年ただ一人であったが、捜査員の手で記録されたその奇妙な供述も、やがて膨大な調書の中に埋もれて忘れられた。

 事件直後、近郊では数件の小火騒ぎが頻発したが、ある日を境にそれもプツリと途絶えた。

 真相はいまもって闇の中である。



【了】


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