The Nexus


「ねえ周一さん」

 おもむろに静司は言った。
「うん」
 気の抜けた炭酸のような返事だ。明らかに意識が余所に向いている。此方を向くこともない彼の眼下では、文庫本のページがひらりと舞っている。
「……祓い屋って、本当に商売なんでしょうか」
「それで飯を食えば何事も商売だ」
 どっかで聞いたような台詞が返ってきた。周一さん、あなたみたいにチョロけた顔ツラで、時代劇はどうかと思うんですけどね。
「──はあ、飯をね」
 祓い屋など、公的には存在しない職業である。
 なるほど、それで飯を食うなら存在しない職業などというものは無いのかもしれないが、違法ドラッグを捌いて飯を食っている人間が公文書にその筋の売人であると書くはずがなく、たとえば産業スパイで飯を食っているからといって、職業欄に忍者やスパイと記入するわけでもあるまい。せいぜいが、書類には勤め先の雇用形態を記入すれば十分である。そういう意味では、職業とは段階的に考えれば、目的ではなく手段なのだということが判る。
 ──しかし。
 祓い屋を拝み屋と呼べば些か近いニュアンスはあるものの、いわゆる「霊能力者」や「超能力者」といった、具体的に何のためのものであるかが、肩書きだけでは判然としない看板を掲げているケースと比較すると、祓い屋は異色だということが容易く浮き彫りになる。業界を取り巻く人間がどう考えているにせよ、現実のところ、その実務から言えばハンターなりと呼ぶのがもっとも近いものであって、血筋や組織が重要視されるのは、それが実際に機能するからである。
 しばしば依頼者を精神科に通院させるまでに労力を遣うこともあるが、要は神も魔も含め、可視の技をもって「あやかし」を祓うのが祓い屋の仕事の一部始終といってよい。すなわち、祓い屋の扱う案件というのは、一定の条件下において計測可能なのである──具体的な計測、観測の手段については、主題でないのでここでは触れはすまいが。
 それでいて前例と同様、公の書類の職業欄に記入する場合はあくまでサービス業であるからして、職業そのものがアングラだという意味で、薬物の密売人や産業スパイと同じかと言われれば、そこは実はそうでもない。密売や密輸は法に抵触してはいても、確かに公に存在する集金ルートとして認知されているからだ。産業スパイにしても然り──違法性が発生する可能性ははあれど、基本的に何をするかはハッキリしている。
 しかし、これが「祓い屋」となると話は別だ。測定可能であるという性質と、業界内の事情はいざ知らず、社会的な取り扱いの間に大きな飛躍が生じている反面、唯一の目的に対する手段があまりに多彩であり、そこには手段から目的を捉えるのは不可能であるといって差し支えないという不協和が存在する。それでいて、幾ら段階的に考えても、目的に到る手段のどこにも公的に認知されうる落とし処などないのである。
 つまり、的場家がいかに業界内で大きな顔をしていても、業界自体がきわめて狭い以上、メリットや権限が他に比べて比較にならないほど大きいというわけではない。単に情報と資金が集まりやすくなるために、競合者との間に協定を打ち出すときの判子には、ある程度の信用がおけるという程度の話なのである。
「でもね周一さん。たとえばおれはどっちかというと、情報提供からあっちこっちの祓い屋を動かして、マージンとって稼いでいるわけですよ。文言唱えてチチンプイプイ、あなたの憑きものはおちましなんたらたカンマンじゃ、一家を食わせてなんていけない。実際におれひとりが妖祓いで稼ぐ金額じゃ、毎日お粥も食べられないですから」
「うん。で?」
「で、って……だからほら、世間的にまったく得体の知れない職業な割に、おれのやってることってすごく平凡だと思いませんか?会合の下準備をしたり、接待したり、懇意にしてくださる方のところへ挨拶回りをしたり──」
 ゆっくりと、文庫本から此方へと視線が移る。
 バカにしたように細められた眼が静司を射た。ああ、本当に、嫌味なくらい整った顔立ち。
「静司」
「はい?」
「……祓い屋は『祓う』から祓い屋だ。だからって誤解するなよ。わたしは駆け出しの頃、妖祓いだけでは食っていけなかった時分に、芸能界との二足のわらじで飯を食っていた。だからわたしは俳優であって、同時に祓い屋だった。どちらもネタはまるで違えど商売だ。当時は枕営業でも何でもしたもんだが、対価が桁違いに底上げされた今でも結局は芸能界に籍を置いているんだから、相変わらずわたしは俳優で祓い屋なんだよ。つまりは飯を食う金の出処が職だといっているだけだ。きみが祓い屋の元締めとしてどんな雑務をやっていたとしても、結局は祓い屋として飯を食ってるのには間違いないだろう」
「……うーん、そうでしょうか」
「悩む余地があるのか。まあ確かにきみは壊すことにかけては一流だが、それでは祓い屋は務まらんという生きた見本だな」
「……」
 ──実に、嫌味な語調だ。
 周一の場合、窮地に陥るよりも、却って態度や語調に本性が出るのはこういう時なのだということを、静司は知っている。逆境よりも順境なのだ。そしてまた、順境において、そういう状況を意図的に引き出すことができるのが、恐らくは自分だけだということも。
 枕営業とは聞き捨てならなかった──が、要はそこで枕営業で飯を食うようになれば、もはや俳優とは呼べなくなるのだ、という逆説について言及したかったのだということくらいは判る。今さら、いちいち揚げ足取りをするような間柄ではあるまい。
 そうとはいえ──周一が、何をとち狂って、此岸と彼岸を同時に見つめるような生き方を選んだのか、静司には未だ皆目判らない。昔はいざ知らず、今では俳優としても祓い屋としても一流の部類であるのだから、いっそ芸能界などさっさと引退してしまえばよいのに、と思うこともある。
 そうすれば、いちいち互いの立場を気にしながら、ことばを選ぶ必要などなくなるのに。
 静司は、軽く奥歯を噛んだ。
「……実はね、周一さん」
「なんだい」
「……先日、あなたの来歴を詳しく調べて欲しいという依頼があったんですよ」
「へえ」
 驚くというよりは、珍しいことを訊いたという顔だった。なんとなく、懐かしいことを訊いたような──静司には、そんな様子に思われた。
 実際、そういった依頼は同業者間においては珍しいものではない。
 妖の中には、特定の血筋と深い繋がりがあるものもあり、厄介にもそうした妖と関わりを持ってしまった場合は、祓い屋が同業者にこうした調査を依頼するのが常である。とりわけ旧家である的場家などは、他の祓い屋に関しても多様な情報を有しているため、実際に調査依頼を引き受けることもある──但し、同業者間の情報のやり取りには信用が絡むので、売買は慎重に行われるのが普通だ。第一、買い手からしたところで、価格設定を考えれば冗談や酔狂で売買できるようなものではない。
「………でも、ダメでしたね」
 独り言のように、静司は言った。売れなかった、と口の中で呟いた。それは多分、周一には聞こえなかったのだろうが。
「何を知りたかったんだろうね。物好きなひとも居るものだ」
「詳しく、と言っても──主にあなた個人のことを聞きたがっていましたよ。それこそ実年齢だの、生年月日だの初仕事だの、つまらないことに幾ら切り餅を積まれてましても」
「売らなかったの?」
 子どもに訊ねるように問い掛けられると、在処の知れぬ苛立ちが決壊してしまうような気がした。
「だって、そんなことなら正味、興信所に相談したほうが安くつきますからね。駅前のビルにある探偵事務所の名刺を渡しておきました。第一、祓い屋が専業というわけでもなさそうでしたし」
「相手、怒ってたろう」
「そりゃそうですよ。もう今にも口が耳まで裂けるんじゃないかと気が気でなくて」
 互いに吹き出したのは、別に気持ちが通じ合ったからではない。周一もまた、初めに静司が言わんとしたことに気付きつつあったからだ。それは、皮肉な笑みだった。
「ふうん、なるほど。祓い屋としての本来の仕事は見向きもせずに金を回している自分が祓い屋と名乗るのはどうも据わりが悪い、と」
「まあ、実感の問題ですが──ピンでやっている方々のほうが、よほどにかまっとうですよ。いや、自虐ではなくてね」
 組織化しているといえば聞こえはいいが、祓い屋が集まったところで、あくまで仕事は独立しているのである。傘下や一門ということばは、ビジネスではなく、寧ろ単にセーフティとしてのみ機能するのだ。
「でも」
 文庫本がテーブルに置かれる。
 麻のこ洒落たブックカバーで、表紙は判らない。が、彼が小説を読むのは、極端にリラックスしている時だけだというのは経験則で知っている。
「でもきみは、単に売りたくないものを売らなかっただけだろう。釈迦に説法だろうが、財の交換とは価値の交換だからね。売り渡す情報に見合わない、大きすぎる報酬にどんな裏があるかを考えれば、多分、わたしだってこんな取引はしやしないだろうさ」
 売買は、売り手と買い手の利害が一致しなければ成立しない。押し売りでも買い手がつけば商売だし、逆に売らぬものに手をつければそれはただの盗人だ。
「なによりそんなことで揺らぐ自意識をお持ちとは。今までの荒稼ぎは何だったんだ?結局はきみの采配で的場は今でも業界一を独走してるんだろうに」
 一体どの口が、商売云々とぬかす──ことばには棘があるが、口調はとても優しい。
 腫れた喉に蜂蜜を垂らすように、優しくて、とても痛い。
「だって、五千万ですよ」
 吐き捨てるように、静司は言った。
「ほかには学生時代の成績、家庭環境、趣味から性癖や病歴、あなたの車のナンバープレート、資産、逮捕歴、女性の好み……ええ、どれも存じておりますよ。あなたのどうでもいいような個人情報を幾つか提供して五千万。正確には同業者ではありませんが、使役する式に名取家に古い怨恨があるとか何とか」
「……式にねえ」
 これも、決して珍しい話ではない。家に代々受け継がれる式をもつ祓い屋の場合、術者と式の結び付きによって、こうしたことが起きることがある。
 つまり、使役する側が、式に使役されている状態になっているのだが、古い契約は、時間によって縺れが生じることがあり、これを結び直すために、敢えて式の要求をかなえようとする祓い屋も少なくない。
 現に──的場がそうなのだ。
 的場家の強力な式は古い契約によって繋がっていることが多く、契約の縺れはもっとも避けたい事態であるからして、七瀬などはいつも頭を悩ませている。
「まあ、相手が名取家ですからね。うちにとってもいい話のはずだと、捲し立てた術者の様子が尋常ではなくて──あなたを案じたつもりでしたが、正直に言えば、単に自分がかかわり合いになるのが嫌だったんでしょう」
 周一の双眸が、すうと細められた。
 あてどない語り口にもかかわらず、語るに先んじて、その真意を悟られているようで居心地が悪い。何故こんなことを話そうと思ったのか、多分もう、周一には知られているのだろう。

「──殺したな」

 低く囁くような声が、ぼかしてあった急所に触れる。
「──はい」
「……どうやって?」
「──式を封じた途端、術者の精神状態が崩れてしまいまして。急に首に噛みつかれたので致し方無く、小柄で──」
 嘘はない。
 黒い着物の袷の下には、まだくっきりとひとの歯形をした傷痕が残っている。単に噛まれたというには余りに醜い、赤黒く無惨な瑕。
 ひとにはまともな犬歯もなく、その顎はきわめて脆弱で、引き裂くにも噛みちぎるにも不向きだが、その気になれば人間のか弱い皮膚と肉など、たやすく噛み砕かれてしまうものなのだ。
「小柄でね、こう──外側から相手の首を突いたんですが」
 ダメでした、と再び独り言のように、静司は言った。此度は周一の耳にもそれは聞こえたようだった。
「……すっかり体の中まで妖に取り入られて、もう人間ではなくなっていましたよ。血の一滴も、出やしない」
「それはまた。つづらの蓋を開けてみればなんとやら、だな」
「とんだ災難ですよ」
 いや、怪談かな、と静司は虚空を見つめる。そんな静司を見つめたまま、周一は言った。
「契約のこじれ以前に、式に依存し過ぎる術者は時としてそうなる。そうだな──未熟な恋愛に似ているとは思わないか?心に忠実であればあるほど、互いに知らぬ間に、相手を取り込んで同化してしまうのさ」

 ──式もひとも、知らぬ間に。

 周一は淡々として、まるで咎める様子もない。だがそれもその筈、式という名の妖をもって他の妖を調伏するがゆえ、個々が対立しやすいこの祓い屋たちの昏く狭い世界では、人ならざるものたちが相対することで、それを操る術者に影響が及ぶことは決して稀な事態などではない。だからこそ、術者と式との契約が縺れて、手段が目的にすりかわることを、多くの術者が怖れるのだ。
 実のところ祓い屋は、かならずしも妖を「視る」ことができるとは限らない。但し、五感のどこかでその存在を感じ取る能力、或いは、五感の独立性が互いに相関関係となって生じる感覚をもって妖を認識する能力のいずれかをもっていなければならないのは最低限の前提条件である。
 とはいえ、実際に「視えて」しまうのであれば、関わりを避けることは難しい。祓い屋にはならぬと宣言した、かの夏目貴志とて、一般的な祓い屋とは異なった形であっても、人と妖の間に壁を作ろうとしているではないか──だが、その理由は単純だ。
 妖は、ひとの目には映らないのだから。
 だからこそ、視えてしまうことによって災厄を被った者は、その存在の認知に関する専門性を謳う者に助けを求める。それが祓い屋だ。
 だが、その祓い屋もまた、妖を従えて妖を調伏するという奇妙なジレンマを抱えることになる。
 魔をもって魔を祓う──とでもいうべきなのだろうか。式の中には代々の血筋に受け継がれるものもある。そうした血筋は大抵が「視える」血筋であるものだから、先ずは他の妖から身を守る必要が生じるというわけだ。そのために頼る式とは、「視える」者たちにとっては自分の手足であるというだけでなく、不安や恐怖といった根源的な感情さえあずけられる存在──多くの場合は、単なる道具ではないのだろう。
 だが、式を従えている時点で、或いは呪力を有している時点で、そうした者もまた、祓い屋と呼ばれる宿命をもっている。仕事を受けなければ、「仕事を受けない祓い屋」だと。そうでなければ隠居だとでも称されるのが常だ。
 そして、一旦こころを通わせたなら、もはや式はただの妖ではない。我々は知る──妖にも魂というべき自我があり、言語世界があり、感情があるということを。
「式──妖に意識を侵食されていたわけでは決してないのに、やがて感情や願望が共有される……独立した自我を保ちながら、存在が地続きになってしまう。そうすればもう、そうあり続けるしかない。ひとつのからだにふたつの心が別ちがたく存在する……まるでシャムの双子みたいに」
 つまるところ、是非もなくかかずらい続けねばならぬ彼我は、有限の時間のほぼ総てを、その生まれもった特性によって翻弄され続けねばならぬのだ。
 それはあまりに一方的で、選択肢の無い悲劇ではなかろうか。
「──だがきみは、それを望んで頭主となる道を歩んだはずだ。祓い屋大家十一家の取り決めはまだ生きている。その気になれば、的場家から逃れることもできた筈だろう」
 一緒に逃げられた筈だろう──かすかに視線を逸らした周一が、かつての静司の選択を、暗に責めたのは明らかだった。静司は苦笑した。こころの奥、失われた時間の中に閉じられたままの悔恨。
「……たとえ家督から逃れても、力から、妖を映す自らの眼からは逃れられない。選択肢なんて、家督を継ぐか、ピンでやるか、その程度の意味合いでしか無いでしょうに」
 たとえ眼を潰しても同じことだ、と静司は付け加えた。
 リスクとベネフィットの釣り合いから、どういう形で妖と関わっていくか──選択できるのは、結局はその初期設定だけだ。それが思惑通りに機能するかはまた異なる段階の問題であり、此度静司のもとを訪れた依頼人とて、恐らくは、選択可能だと思われた手段が機能しなかったことで悲劇を生んだのではなかったか。
 結局は、静司自身もそうなのだ。
 静司の選択は、ただ単に機能したに過ぎない。そして、結果としての現在が持続可能であるという理由から、生まれの特異性を正当化する結果論の落とし処を、祓い屋と呼んでいる。たとえネコということばが無くても、ネコは存在するのだ。だとすれば、これは些か妙な話ではないか。
 それはまさに、ひとが運命とよぶものそれ自体の似姿ではないのか。不可避の因子が、社会のリソースを通して顕在化する過程と結果。それを『祓うもの』と名付けたばかりに、因果関係に目眩ましが生じた──そういうことではあるまいか。
「卵が先か、鶏が先か。そういう不毛な話だといいたいわけだな、きみは」
「答えも無ければ、解決策も無い、そういうものだといいたいだけですよ。回避策さえないものに名付けられた唯一のことばを、なぜ職業選択の自由などと呼べましょうか」
「……」
「黒か白かを選ぶことではなく、与えられた選択を放棄することが自由であるなら、我々は恐らく未来永劫自由になどなれはしますまい。拓磨さんはただ運が良かった──勿論、これからもそうだとは限らないけれど」
 拓磨洋介。
 呪力の有る無しよりも、きっと誰よりも祓い屋に向いていたひとだったと、静司は回顧する。実存は本質に先立つ──それを地でいく祓い屋であったと思う。それだけに苦労を重ねたのだということも。
 だが、皮肉なことに、解放されることでまたひとつ、辛苦の上塗りがなされようとは。一度でも「視える世界」を識ってしまうということは、つまりはそういうことなのだ。
 異なる世界が一度地続きになってしまえば、もはや元の世界には戻れない。たとえ一切が視えなくなっても、看板を降ろしても、名を棄てても。
「ねえ。周一さんは何故、いまだに祓い屋なんて続けているんです?」
 意地の悪い問いだ。
 周一の答えは判っていた。
 判っていても訊きたかった。
「…………視えるからさ」
 吐き出すように言った苦々しい表情は、いつもの奇妙な自信に満ちたそれではなかった。
 静司も項垂れたように、頷いた。
「おれも、同じですよ」
 誰からも理解を得られず、唯一認知を共有できるものが、ひとならざるものである──自分たちを取り巻く世界では、それこそ笊で盛り上げて往来に棄てるほどにはよくある話だ。よくあるだけに、一層哀しい。
 静司は首に残る生々しい傷に触れた。
 もう事件からは随分になるが、傷痕は生々しく、痛みも消えない。
 あの時に露見した、式と地続きになった異形の意識は、それでも確かに本人のものであったろう。だが、何の理由もなく、唐突に片翼を切り落とされて、冷静で居られるはずがない。
 そこで、ふと、触発されたように、周一は呟いた。
「………祓い屋というのは、本当に商売なんだろうかね」
 静司は少し驚いて目を丸くすると、困ったようにクスリと笑った。

「……それで飯を食えば、何事も商売ですよ、周一さん」

 ──きっと、夏が終わる頃には、少しずつ傷も癒えよう。
 秋虫の音と共に、朝な夕なについぞ太陽の懺悔が聴こえる刻、かすかな薄明の哭を湛えるのは、因業の宿命の狭間に架けられた、不可視の鎖。


【了】


作品目録へ

トップページへ


- ナノ -