天国に一番近い島【後編】


 最深部への直線距離ならば、実のところ長くはない。飛び降りて着地するなら、命と引き換えだが一瞬だ。

 足場は入り乱れてきわめて悪く、サポートが見込める状況であっても──例え人外の急襲が無くとも、容易い道程ではない。寧ろエネミーラインがシステマティックでないことがいっそ有り難いくらいだ。的場静司という男、こんな場所で満身殺気の人間相手に立ち回れるほどには肝が据わっているのかと思うと、多少頭が下がる思いではある。
 実際には直線距離など計算上のシミュレートに過ぎず、容赦無い傾斜や断崖に散々背筋を冷やしながら、どうにか転落を免れる過酷な道程を踏破する。やがて、さらに濃くなる妖気に全身の毛が逆立つ。
 体幹を駆け抜ける警報信号──それもイエローではない。深紅のデッド・アラートである。
「………」
 喉がつかえる。まるで、野太い編み縄でじりじりと絞められているような異様な感覚。
 中途半端に構えた呪符に、額から伝う何かがポトリと落ちた。冷や汗であった。

 待ちに待った最深部である。
 まず目につくのは、どん詰まりの巨大な鍾乳洞の岩面に、樹木の枝のようにびっしりと同化した隆起ある葉脈のごときもの。その面積たるやまさにおびただしく、まるで巨大な映画のスクリーンの前に立たされているかのようだ。
 暗黒の中で仄かに発光するそれらは、折り重なり絡まり合う無数の腕の形をしている。その先にある五つの側枝は──間違いなく、人の手であった。
 その全てが集束する中央部には、背を鍾乳洞と同化させた真っ白な経帷子の女が居る。これが先遣の笹後の言った女妖であるのは間違いない。
「……死者を取り込むことで異形化したのか」
 妖は何らかの理由によってその姿、原型を変ずることがあるが、その原因の多くは、自らのキャパシティを越える妖力の消耗、或いは増強であることが多い。この場合は後者だ。死者を操る──則ち屍体に魑を吹き込み、起屍鬼を生むことが、かの妖の本来の能力であったのだとすれば。
「ならばこの妖が、全ての発端だったというわけだな……」
 静司の口から事の全貌は聞いていない。だが、関係者の背後を洗えば、あらましの想像はつくというものだ。
 かつての沖縄県知事選。関係者の相次ぐ変死。疑惑の弁護士。ある一人の代議士──衆議院議員の暗躍。
 この事件の関係者は、静司を除く全員が命を落としている。各々の死に静司がどう関わったかという仔細こそ知らねど、目の前に居る妖の禍々しい妖力は、かつてこの地で微かに感じた邪気そのものであった。

 屍体操作術。

 妖力によって自らの「亜種」を造り出す──それらを使役し、またそれを取り込むことで己の力を増すことを覚えた死穢を源とする自己複製子のような妖。尽きせぬ欲望を自ら御すことさえできず、今も同化を繰り返しているばかり。
 後悔の念など無かれど、仰ぎ見るほどに巨大な、死の塊となって──。
「主様──あれはもはや」
「判っている」
 もはや言葉など、解する筈もない。
 現時点では契約の痕跡は無い。これが的場の式ではないとすれば、静司を責めることもできまい。尤も、どのように関わったのかさえ知らず、言えることなど何もないのだが。
「行け、瓜姫」
 合図と共に、漆黒の髪を振り、女妖が跳躍する。火力を抑え、まずは相手の出方を見るのが先決だ。
 刹那、相対する経帷子の足元の周辺が大きくひび割れて、鍾乳洞の亀裂からどす黒い瘴気が噴き出した。亀裂──いや、その規模ならば地割れというべきか。
 振動と共に、足場が揺れる。
「護法!」
 瞬時に地に貼った護法の呪符が、周囲に散った瘴気を跳ね返す。『祟りもの』の異名を戴く瓜姫の髪が焼け焦げるように朽ちて、瘴気に当てられたその身が周一の足元に崩れ落ちた。
「済まない、瓜姫。大丈夫か」
「申し訳ありません」
 屈み込んでその身を支え、手負いの式を慮る──その周一の口許は、何故か僅かに微笑んでいた。
 ボコボコと音をたて、黒い地割れから全体像を現したのは、節のある芋虫のような形をした巨大にして醜悪な怪物であった。鍾乳洞と同化した部分はそのまま動く気配は見せず、そう──上部を樹に喩えるなら、下部は根の主幹というべきであろうか。動かぬ上部と対比して、その巨大な根の部分だけがとてつもなく俊敏な鞭のようにしなるのである。
「龍脈だ」
 周一の護法に守られた陣は、僅かな粉塵の侵入さえも許さない。本来これほど強力な瘴気を遮断すれば、瞬時に相殺されてもおかしくない事態であるにも拘わらず、暗がりに鈍く輝く周一の陣は僅かにも翳りを見せることはない。
「……龍脈、ですか」
「いわば無限の妖力源──此処がたまたま力の通り道だったということさ。奴は恐らく地下を通る龍脈の力に引き寄せられて此処へ辿り着き、そいつを丸ごと得ることに成功したわけだ」
「では、あの部位は龍脈の力を得るために……?」
「そうだ。本来なら瘴気によって、自らが同じ瘴気の塵と化すほどの強大なエネルギーだが」
 周一はポケットから取り出したマジックで、自らの手の甲に方形の陣を描き、その中心に円陣を描く。略式の天盤と地盤であった。
「例えば水の流れや地層の動き、それこそ海流や海溝の影響、メタンハイドレートや海底火山の在処、その様々な力の流れの中には諸要素が形成する大きな道筋がある。風水、と言うこともあるが──胡散臭い気一元論というものも、蓋を外せばシステマティックなものなのさ」
 誰にともなく周一は語る。
「そういう複数の異なる要素の影響を、古代の大陸人は自分たちの知りうるとされるものに振り分けてどうにか理解しようとした。天に軌道があるように、地にも軌道があるのだと──その地中の流れを龍に例えて龍脈、それが地上に抜けるポイントを龍穴などと呼んだわけだ」
 つと、陣の中から、周一はまるで何でもないことのように敵に向かって手を延ばす。声も無くおののく式を尻目に、周一の口許は不敵に笑む。天盤と地盤の描かれたその手は、淡い白色に光り輝いている──。
 すると、やにわに翳したその手が、鞭のように周囲を暴打する醜悪な『根』をぞんざいに捕えたのだ。素手である。背後に控える柊、瓜姫、笹後は、三者三様、驚愕と共に己が主を見る。
「だが、一時的にでも人為的に力の流れを変えてやれば……どうなるかな?なあ──静司」

 悪意満面。

 振り返ることもなく底意地の悪い笑みを浮かべた周一の数メートル後方に、何処か所在なさげな影がまごついた。何かしら気配を消す細工をしていたようだが、動揺がそれを上回ったというのは、これが人間らしいというか何というか。
「……術の技術的な精度には自信がなくて、選択肢の考慮にさえ入りませんでしたね…」
「だから放置した、と」
「いいえ」
 影は音も立てず、密やかに周一の傍らへと間を詰めた。

 紅き弓眼。
 携えた和弓。
 漆黒の色無地に、的の家紋を染め抜いて。

 ──諸悪の元凶、的場静司である。
 周一はなおも、一瞥ともせず笑った。
「……依頼案件のデータの整頓云々が、呼び水だったわけか」
「もう、違いますったら」
 式の間をすり抜けて、静司はおもむろに周一の背中を抱いた。
「……そんな、乗るか反るかさっぱり判らないあやふやな仕掛けに賭けるなら、最初からお金出して頼んでますよ」
 周一は鼻で嗤った。
「どうだか。そのはした金をケチるためなら何でもやるのが的場じゃないのか」
「的場は関係ない──名取に助力を請うなら、おれが個人的に動く以外に方法が無いでしょう」
「買い被られたもんだ」
 静司も苦笑する。
「買い被り?実際に結果を出していますからね、そりゃあ名取の株は上がっていますとも。名より実を取るのが的場です」
「しかも色仕掛けで?」
 無駄口の最中にも、天盤と地盤の描かれたその手が淡く輝き、威勢の良い『根』の力を逆流させていく。龍脈の力の流れが術式によって一時的に変化し、力の供給を失ったそれは、見る間もなく枯れ木の枝のように痩せ細ってゆく。
「黙せ──裁かれぬなら」
 周一が掴んだ手に力を込める。
「直ちに 放て」
 その五指から放たれた不可視の鋼糸がいつの間にか根の全体に絡みつき、周一の指がそれを引いた次の瞬間には、いよいよ堪えかねたかのように、パァン!と音を立ててバラバラと崩れ落ちたのだった。
「──パイプカット完了」
「えっ、周一さんパイプカットしたんですか」
「いい加減くだらんネタだな」
「芸能人のクセに面白味の無い男ですね……何なら帰りしにマスコミにネタの端でもひっ掴ませて、もっかい週刊誌の引っ張りダコになります?」
「──バカ野郎。今回の件は一切口外無用だ」
 苦々しく肩越しに振り返ると、式の姿はない。各々が、次々と入口から帰還する起屍鬼どもの迎撃に当たっているというのに。此方のつまらぬ痴話喧嘩よ。
「事情は後々聞かせて貰うさ。──静司」
「は」
 振り向き様に、口づける。戯れにするそれではなく、貪るような。
 切れ上がった眼を見開いた静司は、まさかそんなことは考えていなかったのだろう。一度は身を捩るも、流れ込むのが情愛の熱ではなく、それが力の──龍脈の流れであることを悟る。眼を閉じないのが、そのままにアイコンタクトになる。
「名取に尻拭いをさせる汚名だけは勘弁してやる。どうせ同業者内には遅かれ早かれ広まることだろうしな。始末だけはつけさせてやるさ」
「……」
 不意の拍子に、前触れも気配も無く上空から降りてくる起屍鬼を紙人形が捕える。その紙の上を伝うようにして周一が迦楼羅炎文言を吹き込むと、一瞬にしてその腐敗した体躯が燃え上がった。
「グズグズするな。私は取りこぼした起屍鬼どもが降りてくるのを食い止める」
 何しろ二年近くの間、延々と繰り返されてきたものであるから、百人隊くらい結成されていたくらいではもう吃驚しない。
「周一さ……」
「いいから黙れ」
 もう一度、口づけをする。
 うるさい奴は黙らせるのが鉄則だ。こんな時ばっかり、的外れな罪悪感に駆られやがって。

 馬鹿な奴。
 ──愛しい奴。

「わざわざその弓を引きに来たんだろうが。龍脈の流れが元に戻れば厄介だ、いつまでも引き付けてはいられない」
 静司の体を強引に引き離し、再び昏い虚空を仰ぎ見る。柊らも数に苦戦しているのだろう、取りこぼした不死者の影が、不気味に闇を舞う。
 さて、迎え撃つは焔か雷か。

「始末をつけろ、静司」

 自尊心をくすぐったつもりだったのだが──静司の潤んだ目が此方を見据えているところを見るに、目論見通りにいった様子はまるでなかった。

 まるで陳腐な恋愛小説だ。









 静司の放った破魔の一射によって、龍脈を断たれた無力な妖は、もはやなすすべもなく、その姿さえ見事に砂塵と化した。

 取り込まれたすべての屍は妖の本体から解放され、瞬く間に白骨化、または腐乱した遺体が山積みとなって、肉の塊がぐにゃりと融け合う瞬間を目の当たりにした時は、ヤモリの痣のことなどもう胸に仕舞って、俳優業に専心したい強い欲望に駆られたのは正真正銘の事実である。
 とはいえ、この稼業で本当に厄介なのは、たとえ此方に一切の落ち度はなくとも、人死に──つまり、公権力によって検分されるべき事態に陥った場合である。
 今回にしても、もし周辺地域でバラバラに起きた行方不明事件と、この現場の惨状との関連性を指摘されたなら──いや、そうなれば先ずは、自分たちの身の潔白を証明しなければならなくなるのだが、妖だの呪詛だのという常識を無視せざるを得ない説明が罷り通る筈も無い。じゃあ自分たちは一体何をやって、どう関わっていたのか、という話になるのであり、そこには社会通念として認知されるような──つまり、矛盾するようだが「虚偽の」理由が必要になってくるわけだ。
 よくて精神鑑定、最悪犯人扱いということもありうるし、実際のところ、知りうる限りにおいても冤罪というものが無いわけではないのだから、決して笑い事では済まないのが祓い屋の現実である。
 ──尤も、今回に関しては的場がきっちりと手を回してくれるのは間違いないと周一は確信している。何しろ、自衛のためなら国家権力を力ずくで動かすような恐ろしい連中だ。ましてや頭主の失態を隠蔽するためなら、あらゆる手であらゆる場所に圧力を掛けるだろう。

 何にせよ、こうしてようやっと忌まわしい戦地をあとにして、すっかり宵闇に包まれた孤島の上、二人は無数の星々の下に、身一つで放り出されることとなった。地下深くの忌まわしい塊はそのままに。焼き払って証拠を隠滅することもできるが、今はその判断の是非にまで頭が回らない。一つの判断が引き起こすのちの余波にまで、考えが及ばないのだ。
 ただ、此処を訪れた折の異常なまでの寒さはもはやまったく無く、南国であることを考慮しても到底冬とは思えない気温に、最初に周一がやったのはジャンプスーツを脱ぎ捨てることだった。

 ──疲労困憊とは、まさにこのことである。









 夜鳴き鳥が、ふと鳴いて。
 沈黙が、静かに割れる。

「空を──」
「うん?」
「あの日もこうして空を眺めていたんですよ」
「ああ──」
 かつて七瀬女史から依頼を承けた、件の沖縄知事選の一件のことか。
 確かに発見当初は、下半身の半分が海水に浸かった格好で仰向けに意識を失っていたから、きっと、ずっと空を見つめていたのだろう。事前に通話で生存を確認していたのだが、死んでいるのではないかと焦ったくらいに、穏やかな貌をしていたのを憶えている。
「……あの時も、綺麗な夜空でした。満天星の下で、ああ、死ぬのかなと思ったら、何だかひどく惜しい気がしましてね」
「君が──命を?」
 仰向けになったまま、静司はちょっと笑った。綺麗な顔だ、と周一は率直に思った。
 静司はゆっくりと、頷くようにまばたきをした。
「そう、命が。きっと惜しくなったんでしょうね。返すものを返したなら、いつ死んでも後悔すまいと豪語していたのに」
「……」
「でも、何もない場所で空を見てると、何だか元気が湧いてくるんです。……だから今は、もうちょっとだけ長生きして、幸せになりたいなって思う」
「………そうか」
 周一には、それがあくまで今ひとときの気の迷いであろうが──死に急ぐ的場静司という男の、今この瞬間の違わぬ本音であるように思われた。
 そしてその刹那的な感慨を、恒久的に持続させるための方法について思いを廻らせては、最後には溜め息になってその卑小な謀が虚空に溶ける。言葉にならない想いだけが胸につかえて。
 けれどそれは、いつものことなのだ。些細な言葉に希望を見いだしては、最後に残るのはニヒリズム──という殻を被せた思考の放棄。他人のことなど所詮、判るはずが無いのだと。それは多分、一番最初に静司と出逢い、一番最初に諦めた時から、何も変わっていないのだ。
「……なあ静司」
 でも、今は。
「はい」
「疲れたな」
「……はい」
 実際、呼び水など存在しなかったのだろう。静司のことだから判ったものではないけれど、いわくある怪しげな場所に、前情報もなしに飛び込むような無謀はすまい。静司はこの一件に対し、事件性の確信をもって、自分の不始末をつけに来ただけだったのではないか。敢えて独りで来たということは、それなりの覚悟をもって──ただ、そこには自意識過剰な先客が居たというだけで。
 ただそれだけの、偶然だったのではないだろうか。偶然が重なるにせよ、所詮は同じ穴の狢。認めたくはないが、結局は似た者同士ではないか。それだけでも運命がすれ違い、時に交差する確率はぐんと上がることだろう。
「……本当に星が、近く見えるんだな。ほかに光源が──遮るものが無ければ、丸のままの星の光しか見えなくなるわけだ」
「ふふ。いいでしょう」
「悪くはない」
 周一は藍色の空を見詰めたまま、心此処にあらずと呟いた。

 満天星の無人島。
 隣には恋人。
 ──さて。
 自分は、明日を望むだろうか。

 それを見透かしたように、静司は呟いた。
「……天に近付いたわけでもないのに、不思議なものですね。生きたくなるかと思えば、死にたくもなる。我々の頭が造り出した天国にも地獄にも、生きようと死のうと永遠に辿り着けないのに」
 蜃気楼のようなものさ、と周一は呟いた。見えたものが本物とは限らないのだ。錯視と同じだ。誰にでも視ることはできるけれども、それは実態とは異なっている。
 ならば、この感覚をどう名づければよいのだろう。
 天に近く、死に近く、生を望みて、なお明日を忌む。
 今は疲労がそうさせるのだと信じていても、選択肢が存在するなら、自分は此処で朽ち果てることを選ぶのではないのか。
「周一さん」
 眼を閉じたままの静司の手が、指先に触れる。その口許は月の盃ようにしなり、波風に溶けるように、その声が甘く囁いた。
「その時は、是非ご一緒しますよ」
「静司」
「……まあ、今じゃないほうが有り難いですが」
 御随意に、と微かに眼を開く。
 それは滅びの星の色。滅びの宿星を背負った瞳。
 己が滅びに魅せられた時に、それは生きよと云うのだ。何たるさかしまであろうか──後込みし、かつて背を向けた己に繋がる縁を辿ってきたのもまた、此の滅びの瞳ではなかったか。
「まあ、ここで心中もいいですねえ。どうです、ヤッパで互いをひと突きで、日本列島を激震させます?」
 部外者が聞いたら冗談に聞こえないのが静司の恐ろしいところである。
「なかなか魅力的な提案だが、万一死に損なって君の家に棲み付いている塗り壁や山姥に命を狙われるのは御免被りたい」
「ははは」
 静司の白い喉がのけ反った。
「同感です。死ぬより酷い目に遭いそうだ!」
「的場と関わるとろくなことが無いな」
 腹を抱えて笑う静司を横目で見遣り、漸く身冷えした体にもう一度ジャンプスーツを纏う。
 帰るのだ、と周一は思った。郷愁心など僅かにも無く、それでも自分は帰るのだ。この魂が大地に結びつくこともなく、帰るべき場所などなく、繋いでゆくものなど何一つありはしなくても。
「帰るんですか?」
「ああ」
「日の出、見ていかないんですか?」
「嫌でも、途中で見られるさ」
 色気の無い物言いが不満だったか、静司はわざとらしく口をつぐんで不細工な顔をつくる。
 ただ、それだけだ。それだけのことなのだ。その顔を見ると、満天星の誘惑さえ、何にもならなくなってしまう。
(──忘れてなどいないさ)



『わかるか?もし今回俺たちが失敗したら』
『──はい』
『またやり直すんだよ。一からな。何年かかっても、どんなことになっても、おれは』

 ──おれは、何度でも、お前を。



 此処はきっと、天国に一番近い島。

 けれど、まだ約束は果たされていない。そのことが、世界と自分との、唯一の楔になる。
 最終列車で、最後の駅まで。
 

 天国など、まだまだお預けだ。





【了】


作品目録へ

トップページへ


- ナノ -