Fragments of……
二人の男が雑踏ですれ違った。
日曜の夜の、都市の繁華街である。
雑踏の人いきれは、到底互いを判別できる有り様では無かった。人を個体として認識することさえ困難な状況である。
一人は、目深帽の着物。羽織といい、まるで大正文士のような出で立ちだ。
もう一方は、黒い着流しの長髪だ。右眼には奇妙な眼帯を施している。
厳密に言えば、すれ違う、という距離間でさえ無かった。進行方向の塊は互いに逆を向いていて、二者はその巨大な塊に隔てられていた。まして彼らはいずれも長身というわけではない。雑踏に埋もれては、即座に見失ってしまうだろう。
だが、彼らは互いを見た。
横断歩道の水平線上に踏み入った瞬間、二人は互いの瞳を見た。吹雪のような桜の花びらが、飆のように舞い上がった瞬間だった。風に何かを葬るような、そんな一瞬があった。
──そして、それきりだった。
言葉も交わす素振りも無く、ただ二人は真逆にすれ違った。互いの表情からは何もうかがい知れなかったが、その後七歩をとったのち、二人は煙草に火を点けた。
そして、同時に、苦々しげに顔をしかめた。
月に叢雲、花に風。
欠片のような、一瞬だった。
Fragments of……
【了】