「…………あの、お二人さん」

 時間にして僅か数秒。しかし体感としてはたっぷり数十分ほど堪えたような疲労感を覚えながら、仕方ないとばかりにようやく副会長が干渉した。

(ありがとうございます! 副会長!)

 賞賛に満ちた役員たちの心の声と表情が一致する。

「いちゃつくのは後にしてもらっていいかな? そろそろ概要まとめて帰ろうぜ」

 会議前、臣が押しかけてきたときの高也よりも遥かに疲れ切った顔をして言う副会長に、高也が首を傾げた。

「なんかすごく疲れてないか?」
「早見がそれ言う?」
「? 俺のせいなのか?」

 ますます不可解そうな顔をする高也に、副会長はあんぐりと口を開けて助けを求めるように役員たちの方へ振り返る。そして、恐る恐る訊ねた。

「……早見は無自覚なの? 天然なの?」

 返ってきたのは両方を肯定するような肩竦めと、呆れや諦めの色が滲んだ複雑な表情。
 彼にはいちゃついている自覚さえないのか、と俄かに頭痛を覚えてしまい、副会長は蟀谷を押さえた。
 こうなったら、さっさと片付けて帰ろう。そうしよう。そんな思惑を微塵も隠すことなく、高也に向き直る。

「なんの話だ?」
「いや、なんでもない。とにかく、この場は彼──佐倉、だったか? への処分はなし、全員下校時刻違反の罰則のみ、で治まったってことでいいか?」
「──そうだな。ああ、問題ない」

 彼が何に神経をすり減らしているのか、皆目見当がつかない高也は終始疑問符を頭に浮かべたまま、頷いた。
 さっそく副会長があれこれと指示を出し、残っている生徒に帰寮を促す。

「……お、お疲れ様でした。失礼します」

 高也を連れてきた生徒が会釈して言う。
 良心の呵責で未だ青白い顔をしているが、彼は何一つ悪いことをしていない。調理室の出入り口すぐ側に立っていた会計と書記が、同情を寄せて労うように彼の肩を叩いた。

「お疲れ様です」
「おつかれー」

 恐縮したように生徒は何度かお辞儀を繰り返し、教室を出る。

「お疲れ、進藤。それから、報告ご苦労だった」

 彼が一歩外に出たところで、高也から労いの声が掛かった。
 高也を連れてきた生徒──進藤は驚いたように振り返り、しかし小さく「お疲れ様です」と返すだけに留める。もう一度、今度は深く一礼して、彼は帰っていった。
 少し心が軽くなったような面持ちをしていたが、ただの茶番に巻き込まれただけ、ということには恐らく気付いていないのだろう。
 しかし敢えて言う必要もない。会計と書記は同情から憐みに顔色を変えて、彼を見送った。

「君、立てる?」

 副会長が佐倉に手を差し伸べるが、佐倉はそれを断り自力で立ち上がる。
 放心状態から完全に立ち直ったわけではないが、長身の生徒に支えられ、ふらふらと覚束ない足取りながら歩き出す。
 傍を通りすがろうとした佐倉を、高也は咄嗟に引き留めた。

「佐倉、先輩」
「……会長」
「先ほどはあまりにも短絡的で礼を欠く行いをしてしまい、申し訳ありませんでした」

 ここにきて、ようやく庶務の指摘通り自分が我を失っていたことに気付いたらしい。

「相応のお咎めは心得ています。今日はもう下校時刻を過ぎているので後日、生徒会室に──」
「いえ! いいです、何も要望はありません! だから、どうか気に病まないでください、会長」

 丁寧すぎるほどの謝罪に、佐倉は慌てて口上を遮り、言葉を返す。
 臣の方が高也よりほんのわずか背が高いので、彼には高也の肩越しに臣の顔がばっちり見えていた。何を考えているのかまったくわからない、にこにこした笑顔がどうしても空恐ろしい。
 せっかくのチャンスを棒に振ることにはなるが、ここは素早く退散することが得策に思われた。

「こちらこそ、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。失礼します」

 軽く謝辞を述べて、挨拶とともに佐倉は踵を返す。彼を支える長身の生徒も一礼して、後に続いた。

「気を付けて。お疲れ様でした、佐倉先輩。豊島(とよしま)先輩」

 二人を見送った高也は、さて、と臣に振り返る。

「臣も、お疲れ様」
「はい。お疲れ様です」

 目を合わせ、何を言うわけでもないのに帰ろうとしない高也を不審に思い、臣は首を傾げた。

「高也さん?」
「……臣、話がある」
「はい。なんですか?」
「今回のこと、お前の言い分に乗っかって大目に見たが……原因は俺だろう?」

 高也が真剣な顔をして言う。

「臣が料理のことと俺のこと以外で問題を起こすなんて考えられないからな。そして、今回は間違いなく後者が原因だ」
「どうして? 料理のことが原因だとは思わないんですか」
「料理のことが原因なら、進藤がわざわざ俺を呼びにくる必要がない」

 なぜなら、問題が起こったときの仲裁役は教師または生徒会役員または校内風紀に携わる者であれば誰でもよい、と校則にはある。
 進藤が呼びにきたとき、その場には顧問と生徒会役員が勢揃いしていた。その中で、彼はわざわざ「会長を呼びに」来たと言ったのだ。
 それを踏まえて臣の地雷を考えれば、自ずと答えは出る。
 高也は自信ありげに言い切った。
 自惚れでなければ、と臣に気付かれないよう微かに自嘲の笑みを浮かべながら。


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