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「参りました」
さすが高也さん、と臣は降参を示すように両手を上げて、眉尻を下げた情けない顔をする。
「でも、これはオレと部長の問題だから。理由も経緯(いきさつ)も何も聞かないでください」
「わかった」
「ありがとうございます」
それじゃあ、帰りましょうか。と女性をエスコートするように自然な動作で高也の手を取り、背を押す臣に、高也は「待った」と制止した。
「それと、もう一つ話があるんだ」
その前に、その体勢に言うことはないのかと、空気に徹していた役員たちが心の中で突っ込む。
薄々感じてはいたが、会長鈍い! と呆れを通り越した表現できない感情が彼らには渦巻いていた。
「なんですか?」
おおかた予想はついているのか、臣は面白くなさそうな顔をして訊き返す。
高也は意を決し、口を開いた。
「いつも気遣って差し入れを持ってきてくれるのはありがたいが、もう部活中に生徒会室には来るな」
「なぜですか?」
「毎回言っていることだ。臣だけを特別扱いするわけにはいかない。それに……いつまたこんなことが起こるかわからないだろう?」
前半だけなら、なぜそこまで冷めたことが言えるのかと臣は責めるように言っていたかもしれない。けれど、憂えた表情で心にかけることを言われてしまえば、返す言葉もない。
悲しげに、諦めた顔をする臣には可哀想だが、副会長がフォローに入る。
「あー……それに関しては、俺も反省している」
「副会長。俺も、じゃなくて、役員一同、です」
書記の訂正に、「だねぇ」「ですねぇ」と会計・庶務からも同意の声が上がった。
自分たちが安易に、一生徒の生徒会室への入室を許可したばかりに今回のようなことが起きたのだと、自責の念を抱かざるを得ない。
しかし。
やっかみの原因が来訪なら、正規の手順を踏めばいいだけだ。
高也がここまで口にしていたら、副会長たちのフォローは入らなかっただろう。
「……わかりました」
「ごめんな、臣」
納得して頷く臣に、高也は心底申し訳なさそうに謝り、優しい手つきで彼の頭をそっと撫でた。
「思ったのですが」
また人目を憚らず戯れようとする高也と臣を白い目で見ながら、書記が提案する。
「いっそのこと、交際宣言でもされてはどうですか」
そうすれば、やっかむ声は無くならなくても、下手なことはできなくなります。
淡々と告げるその口振りはやはり他人事のようだ。
森ノ中高校は全寮制の男子校なので、不純な同性交遊も異性交遊も校則で禁じてはいるが、交際に関しては緩い風潮がある。
今さらだが、この場には、彼らが男同士であることに疑問を持つものは誰もいない。
「え?」
書記の提案に高也が不思議そうな顔をする。
「そうだね。だからって生徒会室への入室許可が下りるわけじゃないけど」
「ああ、それがいいかもしれないな」
「ていうか、お二人、交際宣言されていなかったんですか?」
口々に賛同する役員たち。
「ちょ……っと、待て! お前ら」
高也は真顔で確認した。
「俺たち、別に付き合ってないぞ」
「え?」
「そうですね。高也さんの言う通り、オレたち付き合っていません」
「……え?」
「まあ、オレは何度も高也さんに告白してますが……」
「えっ?」
最後の吃驚は高也のものだが、いちいち一驚を喫する声は役員たちのものだ。
「……はぁ」
「何言ってんですかね、この人たち」
「人前でいちゃいちゃいちゃいちゃしときながら付き合ってないとか!」
「傍目から見ても明らかなただのバカップルだったじゃねーか!」
溜息を吐く書記。乾いた笑いをこぼす庶務。いらいらと髪を掻き毟りながら愚痴る会計。拍子抜けして嘆く副会長。
静観者一名の混乱の最中(さなか)、どさくさに紛れて臣が高也の頬に軽く口付けた。
「好きです、高也さん」
そして、にっこり愛嬌のある笑顔でさらりと告白する。
「オレが作ったものを美味しそうに食べてくれる高也さんが好きです。すぐ甘い顔してくれる高也さんが好きです。決してオレを邪険にしない高也さんが好きです。それから──」
「し、臣?」
「まさか、今までの全部、告白と思ってなかったですか?」
「う……」
「でも、返事は聞かなくてもわかります」
「え?」
高也を見つめる臣の瞳は、まるでホットケーキにかけるメープルシロップみたいに、甘くとろけた琥珀色をしており、きらきらと澄んでいた。
あまりに真摯なその目を直視できなくて、思わず高也は目を瞑ってしまう。
「ここに駆け付けたとき、高也さん、オレを見て激昂したでしょう?」
「──!」
思い返せば、高也の言動は臣中心に回っていた。
なぜ臣に甘いのか、なぜ臣を上手くあしらえないのか、なぜ臣が傷付いていることがあんなにも許せなかったのか。
自覚した途端、高也は声にならない声を上げ、耳まで真っ赤にして俯いた。
(今気付くとか鈍い! 会長鈍すぎる!)
もはや役員たちの心は一つである。
どうせなら、さっさと食われてしまえと投げ遣りに思う心まで同じだった。
「あーあ、もうこんな時間かぁ」
「さ、戸締りして帰るかー」
「そうですね」
「そうしましょう」
わざとらしいまでの棒読みで言うと、役員たちは二人を調理室から追い出して、自分たちも帰り支度を整える。
「あとは寮でよろしくやってください」
それでは失礼します。
一人、顛末に興味のない書記はそう言って、帰っていった。
他の役員たちも後に続く。
居た堪れなさに顔を上げ辛かった高也も、ほっと小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。
「オレたちも帰りましょう?」
普段のかわいい後輩の顔をして言う臣に、そうだな、と高也は頷く。
まだ顔の火照りは冷めそうになかったが、しばらくこのままでも心地好いと思えるほどに、高也の心は満ち足りていた。
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