わたしは所謂意地っ張りなのだろう。別に虚勢を張って自分を強く大きく見せたいだとか、大口を叩いて自分を鼓舞するだとか、そういった意図はないのだけれど、何かあると大抵口をついて出てくる言葉は「大丈夫」「なんでもない」「放っておいて」……そんな感じ。
そこだけ言うとどうしようもなく不器用な人間なのだけど、それがわたしの場合、"特定の人間に" "特定の条件下で"発生するのだ。ある意味もっと余計にどうしようもない人間と化しているのではないかとは薄々自分でも感じている。
ただ本当にそれが自分でもどうにもならないのだ。だってその条件というのが――
「……」
「ん、そないにむくれてどないしたん。ま、真乃は膨れっ面も十分かわいいけどな」
これである。とにもかくにもこの男である。すべての元凶、諸悪の根源というやつ。
あああ、もう、よくもまあそんなにぺらぺらとむず痒いセリフを並べられるものだ。ここは教室、学校だぞ。公然とこんなことを言われ続ければそりゃあもう恥ずかしくて恥ずかしくて、ちょっと突っぱねたくもなっちゃうでしょう。少なくともわたしはそうだ。褒められて嬉しい気持ちを、恥ずかしくてどうにかなってしまう気持ちが飛び越えて行ってしまう。それはもうびゅんびゅんと。
「膨れてるわけじゃないし。というか誰のせいだと思っているの、アンタよアンタ」
「ほう、そら光栄やな」
悪態づいたつもりがにこやかに返されてしまって思わず頭を抱えた。
「ほんま、ええ反応するなあ」
「もうやだこんな彼氏……身が持たないもん……」
「俺としては真乃にはもうちょい耐性つけてもらいたいねんけどな」
本音が言えへんのはさすがに辛いわあ、などとのたまいながらこの男、頭など撫でてくる。もちろんされるがままでなどいられるわけがない。今は人目がないが、万が一にも誰か来ようものなら恥ずかしさのあまりついに爆発などしてしまうかもしれない。すかさずその手を軽く叩いて抗議をする。
「人前ではしないでって言ってるでしょ」
「せやから人がおらんなるまで待ったやろ?」
「ここ教室! 公共の場! OK?」
「しゃあないな……ほな、お楽しみは次の休日まで取っとくことにするわ」
その言葉で思わず、火が付いたように顔が熱くなる。次の休日は遊ぶ約束をしているのだけれど、一体今度は何をされてしまうのだろうかと想像してしまったから。
「う、うるさ、うるさい。ばか。ばか侑士。ほんとばか」
「ハハ、なんや。何考えたん? かわええなあ」
「ばーか!」
本当にどうかしてる。どうにかなってる。どうにかされてる。
教室を飛び出して速足で下駄箱に向かうも、ゆったりとした足音が一定の距離を開けて後ろをついてくるのがわかる。速く歩いているつもりなのに一向に引き離せないのは、無駄に長い足から繰り出される歩幅の違いだろうか。コンパスの違いを思い知らされている。
そうして、わたしが靴を取り出した頃に追いついてきた侑士は言う。
「帰ろか」
「……ん」
並んで歩きだすと、さっきとは速度が変わっているはずなのにやっぱり距離は変わらない。合わせてくれていることは想像に容易い。先ほどはあんな風に甘ったるい言葉を吐いていたけれど、帰り道では当たり障りない会話になる。今日の宿題の話とか、テニス部の話とか。多分それも、前にわたしが「恥ずかしいからあんまりそういうこと人前で言わないで」って言ったからだ。――本当に、そういうとこ。そういうことするから、ただからかって遊んでるわけじゃないんだなって思ってしまう。
「……狡い人」
「それは、褒め言葉として受け取ってもええか?」
「お好きにどーぞ」
「ほな、喜んどこ」
喉を鳴らすように笑う音がして、つい、こんなかわいげのない言葉でよかったのだろうかと疑ってしまう。けれどそうやって疑いの目を向けるたびに、侑士はいつも微笑んで返してくる。どんな感情で見られているとも知らず、目が合ったことを心底嬉しがるように。こんな感情でいることを知っているかのように、己の感情を思い知らせるように。
からかってくる時の楽しくて仕方ない顔とはまた違った、それはそう、まるでどうしようもなく恋をしているような。
ああ、本当にままならないものだ。
けれどこの人が、わたしのこのどうしようもない感情をそれでいいと言ってくれるのならば、まあ、ちょっとくらいならその"本音"とやらにどうにかされたっていい。そう思う。
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