鳳長太郎は困っていた。
目の前にいるのは部活仲間の同級生、日吉。睨むような表情をこちらに向けているが、その視線は鳳の大きな体躯をすり抜けてその先を見ている。
それもそのはずだろう。鳳は意識を日吉の視線の先――自分の背後に向ける。ここからでは様子はうかがえないが、そこにいるのは同じクラスの古森さん。部内では有名な話だが、二人は恋人だと記憶している。
事の起こりはつい先刻のことだ。廊下を走ってきた彼女に突然「ちょっと匿って!」なんて声をかけられた。何事かと思いながらも、鳳には困っている知人を見捨てられず、背中に張り付く彼女をそのままに様子を窺うことにしたのだ。そうしているうちにやってきたのが、この日吉で。彼と目が合った瞬間どうも何かに気づいたようで、不機嫌そうな顔を隠そうともせずに近づいてきて、そして、現状、だ。
二人の関係と状況を思えば、彼の要件が自分にあるわけではないことは鳳もわかっていた。事情に詳しいわけではないが、片や同じ部活、片や同じクラスである二人の仲がいいことも大体知っている。であるからこそ、理解が追い付いていなかった。
「……ね、何がどうしてこうなってるのかだけ、説明してもらえない?」
「俺は知らないぞ」
即座に返された言葉に小さく「ひぇ……」と声が出る。当然それは鳳のものではないが。
「めちゃくちゃ怒ってるじゃん……」
「誰のせいだと思っているんだ」
「ま、まあまあ日吉、落ち着いて。ほら古森さんも」
本人らに任せていたらきっとこのまま板挟み状態だ、意を決して鳳は古森を前に出るように促す。うあ、とか細い声をあげて、自分の胸よりも低い背丈の少女が縋るような目線を向けてくる。その視線から、自分は何もしていないはずなのに、少しだけ罪悪感のようなものを得た。
「うう……しょうがない……ひとまず、鳳くんを巻き込んだことについては非常に申し訳なく存じております……」
「あ、いやそれはいいんだよ」
「おい鳳、あまりこいつを甘やかすなよ」
「日吉はもう少し優しく接してしてあげなよ」
睨むのはよくない。鳳でさえ一定の迫力を感じるのだから、古森さんから見ればあの表情に見下ろされるのだ。そりゃ怖いだろうと予想できる。
そんな言葉もフン、と鼻先で一蹴されてしまったわけだが。脳裏に一瞬「あ、これ面倒なやつだ」と過るがそんな様子はなるべく見せないようにしたい。損な役回りであるとは考えたが、普段の二人を知り、そんな彼らを級友として好意的に思っているのだから仕方ないと思えた。
「若くんはまず人の話を聞くべきよ!」
「話をする前に逃げ回ったのはどこのどいつだ」
「逃げてないですー最初にイライラしながら追いかけてきたのはそっちですー」
こうして勢いよく繰り出される応酬には、さすがについていけないけれど。
けれども鳳は知っていた。このやり取りの行く末には必ず仲直りがあるのだ。だから二人のことは、厄介だなと思いながらもどこか眩しく見えるのだ。
(それでもまあ……間に挟んで会話するのは勘弁してほしいかな)
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