隣のクラスの佐藤くんと三上さんが付き合い始めたらしい。思春期盛りの中学生からすると、そういった他人の恋愛事情というものは話のタネになりやすい。興味がある人間が多いからだ。だから噂はすぐにクラスを超えて広まっていくし、当人たちをよく知らない、単なる同学年という自分のところにもそういう話は転がってくるものだった。
「なあ、お前って恋とかそういうことに興味あんの?」
二人しかいない教室で一つの机に向かいあって、わたしはその人と談笑していた。いや、正確に言えば日直の仕事で残っていただけだけど。
少し遠い噂話から急激にこちらへと話を向けられて、わたしは反射的に質問を返した。
「ないように見える?」
「んー。まあ、どっちかっていうと」
「あるよ」
「……まじ?」
それほど目を丸くするようなことだっただろうか。
確かにわたしは同年代の女子に比べれば積極性とか意欲には欠けて見えるだろう。けれども自分も一端の女子なのだ、そういったことを考えはするのだ。
「彼氏ほしいとか、いちゃいちゃしたいとか、そういう?」
「なんかそういう言い方するとめちゃくちゃ俗物的だね」
否定はしないけど、と続けると、その人は意外そうな感情を隠そうともしない表情でふうんと喉を鳴らす。
この人の中で自分が一体どんなイメージを持たれているのか、想像もつかないけれど、そこまで印象がないものかと首を傾げる。まあ、確かに明け透けに見せるようなことはなかったけれど。
「多少は気にしているよ。というかそういうのって意識してなくても考えたりするんじゃないの」
弁明をしてみる、が、疑わしそうな丸井くんは納得していない様子で具体例を求めてくる。例えば、か。そうだなあ。
「笑いかけられると嬉しいし、一緒にいると離れがたくなるし」
「ん?」
「一人でいるとなんとなく会いたくなったりもする」
「ちょ、ちょっと待て」
何? と訊ねて言葉を止める。それまで頬杖をついていた手を机に叩きつけるようにして立ち上がるほどの何かがあっただろうか。見上げながらじっと言葉を待っていると、その人は少しだけ迷うように言葉を濁して、けれどもゆっくりと内緒話をするような声量で言葉を紡ぎ出す。
「それって、恋に興味があるっつーか、もう特定の個人が好きってこと?」
「そうだね」
「そうだね、ってお前……」
丸井くんが口を開く。けれどもその先が声として出てくることはなくて、何かを言いかけてやめたことが見て取れた。
代わりに風船ガムがぷくりと膨らんでいって、それが弾けるのを合図にするかのように丸井くんは椅子に座り直す。一連の流れを眺めるだけだったわたしは何を察することもできなくて、ただ瞬きを繰り返すことしかできない。
「何かおかしなことを言った?」
「いや……思ったよりも衝撃的だっただけ」
「柄じゃないかな」
「そんなことはない。……と思う。少なくとも俺は」
さっきまで意外そうにしていたくせに。そんな、細やかな意地悪でつついてやると、露骨に言葉を詰まらせて困った顔をされてしまった。これ以上を困らせるわけにはいかないので、ちょっとかわいいと思ったことは内緒にしておこう。
しかし、実際恋というものを実感するまでは興味が薄かったのは確かだ。だから、優しく否定してくれてはいたが、柄じゃないというのは結構本心でもある。少女漫画の世界にしか存在しないと思っていたのだ、こんな風に、誰かを思って浮ついたり落ち着かなくなったり幸せになったりするような気持ちなんて。
「……まじかぁ」
「思った以上に毎日たのしくてびっくりしているところだよ」
「俺は思ってた以上の答えが返ってきてびっくりしてるとこだぜぃ」
「そうかな」
両腕を抱えるようにして重なったそこに顎を乗せ、前のめりに机にのしかかる丸井くんを見て、ふふ、と笑う。少し眉間に皺を寄せている表情は少しだけ珍しい彼の顔だった。
「丸井くんはこうやって思われることなんて慣れてると思ってた。びっくりさせてごめんね」
何やら唸っている様子を眺めているだけだけれど、それもまた楽しいのだから恋というのは不思議なものだ。少女漫画では山があれば谷もあって、幸せも辛さも同じくらいに描写されるものだけれど、わたしにとってのそれは大半が穏やかで幸せなものだから余計と不思議だ。
多分、好きでいる自分のことすら好きだから。だから毎日がこんなに楽しいって思える。
「……って、待て待て。今なんつった?」
額を腕に押し付けるように突っ伏していた頭が勢いよく起き上がった。ついでに再び椅子からも立ち上がった。忙しない人だなあ、と視線で追いかける。
「一緒にいて嬉しかったり? 会いたくなったり?」
「うん」
「そういうことを思われるのに俺が慣れてる? いやそれは別にこの際どうでもいいんだけど」
確認するようにいくつかの言葉をなぞって、そのたびに強い視線がこちらを見下ろしてきて、それに頷いて答えた。
そうして次第に神妙な面持ちになったかと思うと、恐る恐るといった様子で丸井くんは核心を突く。
「なに、おまえ、もしかして、俺のこと好きなの?」
愕然とした様子で問われ、先ほどまでそうしていたのと全く同じ動作でそうだね、と返す。すると、間髪入れずに丸井くんの右手が伸びてきて、その指がわたしの頬を無遠慮に摘まみ上げた。
「いひゃい」
「だったら最初に! そう! 言えよ!」
もっとわかりやすく! と付け足しながらぐにぐにと頬を弄られる。捏ねられても特別伸びはしないので引っ張られたら引っ張られただけ痛い。すぐに離されたものの、少しだけじんと熱を帯びるそこを撫でつけた。
「ほんとお前はそういうとこだぞ!」
先ほどまで頬に触れられていた手にびし、と指を向けられながら、わたしは目の前を見上げる。丸井くんは真っ赤な顔をしていた。
「そういうとこ、が、好きだけど!」
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